欧州に関する記事一覧
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- 2021.08.31
ESGはポストコロナのメインテーマとなるか|欧州M&Aブログ(第31回)
中期計画発表時にSDGsやESGという言葉を見ないことのほうが少ないくらい、環境問題を中心にサステイナビリティは企業の一大テーマとなりました。 欧州は環境や人権関連で世界をリードしています。スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが注目を集めたのも記憶に新しいところです。でも、なぜ欧州が環境や人権関連で世界をリードするに至ったのでしょうか?また、ESGというテーマはM&Aの世界にも影響を及ぼすのでしょうか?コロナ特集も疲れてきたので、今回の欧州ブログでは大きな投資テーマであるESGについて考えてみたいと思います。 1. なぜESGが大きなテーマとなっているのか? ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉です。なかでも気候変動に代表される環境(E)が特に重要な論点として語られることが多いようです。 なぜ環境が大きなテーマとなっているのでしょうか?「温暖化につながる環境破壊は懸念すべき問題だから。つまらない質問をするな」と言われてしまいそうです。でも、環境が“大きな”テーマとなっている背景には、各国政党のポジション争いや地政学上のポジション取りにおいて環境は取り上げやすいテーマという側面もあるように思います。 例えば、米国の大統領選挙において、環境問題は大きな吸引力として機能しました。バイデン大統領は中国を名指ししたうえで温暖化が不十分な国からの輸入に対しては課徴金や輸出制限を課すようにと提案し、その環境問題へのコミットメントが若者の大きな支持につながりました。ポスト・メルケルを占うドイツ連邦議会選挙においても、今年の4月には環境問題にフォーカスするアンナレーア・ボアボック党首が率いる緑の党が、与党のCDUを押さえて支持率トップになりました(一連のスキャンダルで最近は支持率が急落しましたが)。つまり、環境問題への取り組みは支持率獲得のための重要なファクターとなっています。 国レベルではなく、もう少し大きな地政学的なバランスで考えても、ESGはポジション取りにおいて重要になっています。特に欧州は、環境問題や人権問題を抱えるエリアへの投資を控える、制裁を科すなど、「最もESGを強く意識しているエリア」として世界で確固たるポジションを作っています。欧州M&Aブログですからもう少し欧州の例を挙げると、2019年12月には欧州委員会のフォンデアライデン委員長が2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする「欧州グリーンディール」という野心的なプランを発表したり、コロナからの景気回復のため2021年~2027年を対象とする€7,500m(約100兆円)規模の復興基金を立ち上げた際、その一部は環境対策強化に使うことを宣言したりしています。国のみならずEUのような大きなエリアをまとめるうえでも、ESGはとても便利なテーマということかと思います。 出典:https://www.japantimes.co.jp/ 個人的には、支持率UPといった下心があろうがなかろうが、環境問題が政治の大きな論点になることはとても良いことだと思います。なぜならば、環境問題解決のためには莫大な資金が必要になるところ、国ないし地域レベルでの大きな動きなくしては、つまり政治の力なくしては前に進めないからです。 2. ESGは企業にとってどのくらい重要か? ESGが資金調達や株価に影響を与える?そんなことないでしょうと思われるかもしれません。現実はというと、実は既にESGへの意識の低い企業にはお金が集まりにくくなっています。例えば118兆円の運用資産を誇るノルウェー政府年金基金は、環境やガバナンスを理由に既に200社以上から投資引き上げをしました。具体的にはパーム油関連株式をすべて売却したり、石炭関連の売却を進めたりしています。 こういった機関投資家の動きの背景には、制度面からプレッシャーもあります。例えば日本では2020年のスチュワードシップコード改訂の際、スチュワードシップ責任の内容として機関投資家がサステイナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮を行うことが明記されました。これの意味するところは、サステイナビリティへの配慮を欠いた経営を行っている企業については投資対象からの除外や投資引き上げの可能性があるということです。 企業間取引においても、自動車セクターを皮切りにESG対応が遅れている企業はビジネスチャンスを失いつつあります。先日ドイツのボッシュは2022年からCO2削減など環境への負荷軽減を新規調達先選定の基準の一つにすることを明らかにしました。ポルシェも再生可能エネルギー100%での生産を部品供給メーカーに義務化することを発表しています。ダイムラーやBMWも同様の動きです。ESG能力を引き上げることは、もはやプラスアルファを作ることではなく、生き残りのために必要不可欠なことになりつつあります。 3. ESGはポストコロナのM&Aのメインテーマとなるか ESGは地域にとっても、国にとっても、そして企業にとっても既に重要なテーマであり、ポストコロナの世界でその重要さが増すのは間違いないでしょう。それではM&Aの世界において、ESGはどのように扱われていくでしょうか?先行しているのはPEファンド業界です。大手グローバルファンドはESG関連企業の買収に特化したファンドを立ち上げています。理由は明確で、ファンドに資金提供する投資家はESGに対する関心が高く、またESG関連企業はファンドがExitする際に高いValuationが期待されるからです。 事業会社においてもESGアングルの案件が見られるようになってきています。例えば、英BPは2020年12月にカーボンオフセット開発の米ファイナイト・カーボンの過半数を取得しました。このようなESGノウハウを獲得するためのM&Aは今後一層盛んになっていくと思われます それでは、ESGアングルのM&Aをリードするのはどの地域でしょうか?あるアンケート結果によれば、実に98%の人がESG関連M&Aの中心は西欧になると回答しています(複数回答で次点は北米で83%、そして日本の80%と続きます)。やはりESG、特に環境関連では欧州は外せないというのが世界のコンセンサスのようです。 ただ、多くの人が着目するESG関連M&Aでは相応の対価を覚悟する必要がありそうです。コロナによりデジタル関連企業のValuationは大きく上昇しましたが、同様にESG関連企業のValuationも大きく上昇しています。ESG関連だから〇〇パーセント上乗せしなければならないという話ではないですが、多くの人が買収したいということは相対的に価格が上がるということになります。データのとり方次第ではありますが、ESG関連案件のValuationは欧州では15%程度、米国では9%程度割高になっているというスタディ結果も出ています。 良いものは高いというのはある意味仕方のないことではありますが、ESG関連市場はまさに広がりつつある段階ですので、ターゲット企業の取り扱う商品や事業が今後デファクトスタンダードになっていくか分からないという目利きの難しさがあります。GCAではESG関連M&Aにフォーカスするチームを持っています。ESG関連案件の検討の際には、是非ご相談を頂ければと思います!
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- 2021.06.30
日本はM&A先進国になることができるか?|欧州M&Aブログ(第30回)
毎日M&A関連ニュースを目にすると、日本でもM&Aは事業戦略の打ち手のひとつとして定着したなと感じます。また、ここ数年日本のM&A成熟度はM&A先進国である欧米に近づきつつあるとも感じていました。しかし、詰まりつつあった差は、コロナをきっかけに大きく開いてしまったようです。 数週間前のFinancial Timesに、日本企業の過度のリスク回避行動に関する記事がありました。以前のブログでも取り上げましたが、日本人は「不確実性」に過敏に反応する傾向があり、それがコロナからの出口戦略におけるスタートダッシュを鈍らせているようです。 買収にせよ売却にせよ、好景気であっても不景気であっても、M&Aが日常的に行われるM&A先進国に、日本はなることができるでしょうか?今回のブログでは、経済成長率等のマクロ指標やM&A関連データから日本の世界における立ち位置を確認するとともに、M&A先進国になるために必要なことは何かについて、考えてみたいと思います。 1. 景気回復のきっかけを掴めない日本 コロナがある程度終息していれば、オリンピックはきっと景気回復の起爆剤になったでしょう。しかし、残念ながらそうなることはかなり困難な状況です。コロナ不景気の出口が見えているかどうかを2021年GDP成長率から推し量ってみるに、日本は3.3%と欧米主要先進国よりも低い水準にあり(表1参照)、出口の視界は不良のようです。また、株式市場も盛り上がりに欠けており、年初来の株価騰落率はプラス7.43%で、こちらも景気回復が鮮明になっている他の先進国に見劣りします(表2参照)。 米国の経済回復状況は目を見張るものがあります。2021年GDP成長率は日本のほぼ倍の6.4%を見込んでおり、その差は明確です。インフレは急速に進み、米連邦準備理事会(FRB)は金融緩和政策からの脱却の準備を進めています。具体的には2021年終盤から22年はじめには国債などの金融資産を市場から大量に買い入れる金融緩和政策の縮小が予定されており、更には22年後半に政策金利の値上げも検討されています。手を打たなければ沈静化が難しいくらい、市場が過熱しています。また、好調な経済が後押しするように、米国企業はM&Aでもかなり積極的になっています。 コロナを原因とした死者数という観点からだけみれば、日本におけるコロナのダメージは欧米諸国よりも小さい状況です(それでも甚大な被害ではありますが)。一方で精神的なダメージに関しては、比較の方法はありませんが、ひょっとすると他国よりも大きく受けているかもしれません。先行き不透明なときはじっと耐え忍ぶ、これは日本人が得意とするところです。強制力のないロックダウンにここまで従うことができるのは、世界広しといえど日本人だけだと思います。ただ問題は、いつまで耐え忍ぶかです。コロナが未曽有の災害であり、この不透明感がどのくらい続くは誰も分かりません。我々はもう少し耐え忍ぶこともできるでしょう。しかし、コロナとの戦いは今後何年も続くということを前提にすれば、拙速な動きは慎むべきですが、そろそろ耐え忍ぶ時期から、ウィズコロナの世界を模索する時期に入っているのではと思います。 2. 加熱する欧米のM&Aマーケット 2021年第一四半期は昨年の同時期よりも金額、件数ともに大きく伸び(表3)、特に米国および英国において多額の資金がM&Aマーケットに流れ込みました。金額面から昨年の第一四半期と比較すれば、米国は+278%、英国(含むアイルランド)は+65%という過熱ぶりです。欧州全体で見れば+40%ですが、中身を見ると欧州すべての国で過熱しているわけではなく、ロックダウンが長引いたドイツとフランスはそれぞれ△38%、△26%と低調でした。一方日本ですが、楽天による日本郵政、中国のネット企業テンセント、米ウォルマートなどを引受先とした2,423億円の第三者割当増資などもあって金額こそ+19.2%となりましたが、件数では△16.9%と大きくブレーキがかかりました。2021年に入って勢いを増しているM&A先進国である米国や英国とは大きな差が生じている状況です。 欧州M&Aブログですので、欧州においてどのような分野でM&Aが活発化しているのか掘り下げてみましょう。2021年第一四半期の実績について見てみるに、金額そして案件数ともに、コロナにより加速するデジタル化の波に乗る形でTMT(Technology, Telecom & Media)の分野が最もホットなエリアとなっています(表4参照)。 そして今後の展開について、ヒートチャートと呼ばれる今後どの分野で多くのM&Aが生じるかを示したチャートで見るに(表5参照)、TMTが引き続きホットであるのは変わらないのですが、コンシューマーセクターが活況になるという見方はとても興味深いです。ロックダウンによって路面店は軒並み打撃を受けていますが、コロナが落ち着けば買い物を楽しみにしていた人たちが牽引する形で急速に回復することは間違いないでしょうし、また既にE-commerceは十分すぎるほどに盛り上がっています。日本企業としては外せないドイツについては、さすがモノづくりの中心地であるだけに、DACH(ドイツ語圏のドイツ、オーストリアとスイス)はインダストリアル(製造業)と化学セクターがホットなようです。 そして見逃してはいけないのは、欧州のM&Aマーケットにおける米国の積極性です。欧州において買い手となった企業の国籍ランキングを見てみると、金額では米国が圧倒的な1位となっており、件数でもフランスやドイツを押さえて2位となっています(表6参照)。好調な経済に後押しされる形で、米国がアグレッシブに攻めている様子がデータからも伺えます。 3. M&A先進国になるためには 最近の欧米案件は、かつてないほどにM&Aプロセスが高速化しているように感じます。時間をかけてデューデリジェンスをし、交渉もしっかり時間をかけてという旧来のスタイルから、価格などの譲れない論点が合意に至ったあとは保険を活用しながらリスクをある程度取ってまとめてしまうというスタイルに変わりつつあり、早いものだと一次入札から一か月程度(場合によってはそれより短期間)でサイニングまでいってしまうものもあります。買い手が前のめりなのはもちろんのこと、コロナを契機としたデジタル化に乗る形で、マネジメントインタビューなど、M&Aプロセスの多くの部分がオンラインで進められるようになったことも一因かと思います。 「これから仲間になる会社の経営陣に会うことなく買収を決めることはできない」という声をよく聞きます。それはその通りだと思いますし、必ず一度はFace to Faceでの面談を実施すべきかと思います。一方で、コロナによる「M&Aにおけるニューノーマル」も理解する必要があります。具体的には、各種専門家によるデューデリジェンスや契約交渉がオンラインで進められることが標準となりつつある点です。グローバルM&Aの土俵に上がる以上、グローバルのスタンダードに合わせられなければ勝負になりません。残念ながらこれは好き嫌いの問題ではなく、対応するかしないかの問題です。とはいうものの、我々が意思決定プロセスを大きく変えることは難しく、現実には欧米の高速プロセスに対応するのは極めてチャレンジングです。でも工夫次第で勝負はできます。ウルトラCはありませんが、例えば売却プロセス開始前に積極的にアプローチして可能な限り事前に情報を取得する等、M&Aニューノーマルに対応する工夫を重ねることで勝率を上げることは可能です。 日本がM&A先進国になるためには、進化が必要です。先述の高速プロセスへの対応はもちろんのこと、資本市場自体も、もっとオープンな、アクティビストや機関投資家の厳しい要求が日常茶飯事なものになるべきなのかもしれません(それはそれで辛いものはありますが)。PEファンドへの事業売却も、持続的成長のために必要な新陳代謝だと考え方を変える必要があると思います。でも、どれもそんな難しいことではありません。なぜならば、結局は慣れの問題だからです。言い方を変えれば、日本企業はやろうと思えば今だって欧米流のM&Aはできるのです。 自社のスタンダードを絶対視することなく、グローバルスタンダードを常に意識し、それに慣れ、M&A先進国の仲間入りをしましょう。微力ながらGCAもグローバルM&Aファームとして皆様のお役に立つことができればと思います。
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- 2021.04.30
コロナが増幅させる中国との地政学的リスクのコンロール方法|欧州M&Aブログ(第29回)
日本での生活も約2カ月となりました。日ごろ「日本から見る欧州」を意識して欧州関連情報を集めていますが、目にしやすい情報(つまり日本語の記事)は地理的に近いアジアや米国の情報が多く、欧州関連情報は少ないように感じます。そして、そこから日々感じるのは中国の圧倒的なパワーです。 ここ数年「地政学的リスク」という言葉をよく聞くようになりました。地政学的リスクは「ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係により、その特定地域の経済、もしくは世界経済全体の先行きを不透明にするリスク」と定義づけられるようですが、一帯一路に代表されるような中国の拡大戦略により、中国を起点とした地政学的リスクが世界各地で高まりつつあります。もし世界経済の中国経済への依存度が低ければ、リスクの程度はそこまで高くありません。しかし実際のところ中国経済への依存度は極めて高く、そのリスクは到底無視できません。 コロナにより世界経済は大きな打撃を受けたわけですが、各国の経済回復スピードには大きな差が生じており、それが結果として地政学的リスクを増幅させているように感じます。具体的には、世界は中国の拡大戦略に警戒をしつつも経済回復スピードの早い中国市場への依存度を高めており、中国との関係悪化が甚大な経済損失につながるリスクが相当高まっているように感じるのです。今回のブログでは、欧州がなぜ中国を警戒するのか、そして欧州がいかに中国市場に期待しているのかを整理しつつ、日本企業の中国に関する地政学的リスクのコントロール方法について考えてみたいと思います。 1. 「一帯一路」に見る中国の圧倒的なパワー 15年3月、中国の呼び掛けでアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank “AIIB”)が設立されました。英国が加入を表明すると堰を切ったようにドイツ、フランスをはじめとする欧州諸国やオーストラリア、韓国まで参加を決めました。今では世界100カ国が参加しています(ちなみに日本と米国は参加していません)。 AIIB創設はここ数年で見れば中国が国際経済を引っ張る機関車の役割を果たしていることを最も強く感じさせたイベントでしたが、それとは別にもう一つ中国がぶち上げたものとして「一帯一路」があります。AIIBがリアルな国際金融機関であるのに対し、一帯一路は概念であって実態ではないので分かりにくいところがあります。一帯一路とは一体何なのでしょうか? 出典:https://www.aiib.org/ 一帯一路は欧州まで続く現代版シルクロードと言われたりしますが、アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぐ物流ルートを作って貿易を活性化させ、経済成長につなげましょうというコンセプトです。あまりに壮大なので歴史物語のように聞こえてしまいますが、実態としては「中国企業がアジアの発展途上国や欧州各国のインフラ事業を支えるプロジェクト」と考えると、入り口の理解としてはシンプルかもしれません。 なぜインフラ投資なのかという点についてですが、リーマンショック後の世界経済を立ち直らせたのは、膨大なインフラ投資による中国経済の急回復でした。過剰なインフラ投資余力を持つに至った中国は、インフラ投資が一巡した国内市場のみではそれを使い切れません。そこで「一帯一路」というブランディングのもとインフラ輸出をしつつ、それを梃子に各国に影響力を及ぼしていこうというわけです。米国が世界の警察として影響力を及ぼすのとは対照的です。 アジア各国や欧州(特に東欧・中欧)各国が一帯一路構想について中国と覚書を交わしましたが、特に19年3月にイタリアがG7の国として初めて覚書を交わしたときにはEUに衝撃が走りました。経済回復が思わしくないイタリアは、中国からのインフラ投資に大いに期待したのです。そして習近平国家主席は勢いそのままにフランスを訪問しましたが、フランスの対応は全くことなるものでした。フランスは一帯一路を経済協定というよりは中国による一国支配の戦略と見て、懐疑的な姿勢を崩さなかったのです(疑心暗鬼になった背景として、例えばフランスは植民地時代の遺産としてアフリカの国で権力を維持していますが、アフリカ進出を目論む中国と利害が衝突しているといったことがあります)。 その他の例としては、反EU・極右のオルバン首相が率いるハンガリーは中国に急接近しており、一方でチェコは中国への接近を警戒する動きが出てきており、上院議長が台湾を公式に訪問するなど、中国との距離を広げつつあります。それぞれの国で置かれている状況や政治的な価値観が異なるので対応が異なるのも当然ですが、特にEUという壮大な統合プロジェクトをリードするドイツ・フランスは、EUが一帯一路により分断されるリスクに極めてセンシティブになっています。 2. EU・中国包括投資協定の意味 フランスの一帯一路への対応などからはEUが中国に警戒感を高めているように見えましたが、20年12月にEUと中国の間で市場開放や公正な競争環境の確保など、投資環境の整備を目的とする包括的投資協定が合意されました。なんとも付かず離れずで、外交に長けた欧州各国はツンデレな人たちです。 この投資協定は2013年11月から7年間の交渉を経て合意に至ったものです。2020年内の合意を実現するために中国側が大幅に譲歩したことに加え、コロナ禍で経営難に直面する欧州企業が中国市場でのビジネス機会を強く求めた結果として、合意に至りました。中国市場に頼るドイツのメルケル首相が慎重派を説得して押し込んだとの報道もありました。自動車産業を中心に、EU企業の中国市場へのアクセス改善につながるこの協定の意義は大きいものがあります。 しかし世界のバランスを考えた場合、タイミングはかなり微妙でした。なぜならば、まさにバイデン新政権への移行期間中の合意だったためです。米国では「ドイツとフランスはバイデン政権がトランプ政権のアメリカ・ファースト主義を取り下げることに疑念を持っている」とか「中国の政治的勝利」といった報道もなされ、バイデン政権はトランプ政権時代に亀裂が入った欧州との関係を修復するはずだという市場の期待に影を落としました。 もはやどう絡み合っているか解らないくらいに重層的に利害関係が絡み合っていますが、明らかなこととしては、欧州にとっては世界経済の成長エンジンである中国との関係は重要であり、欧州企業のグローバル戦略は中国抜きでは考えられないということです。 3. 複数チャネルからの中国市場攻略がリスクマネジメントになる ウイグルや香港の問題を中心に、人権問題の観点から国際社会が中国を抑え込もうとしています。EUは1989年の天安門事件以来、約30年ぶりに中国への制裁に踏み切りました。バイデン政権と歩調を合わせ、欧米協調をアピールすることへの狙いがあったことは想像に難くありません。その他としては、ドイツは9月に連邦議会(下院)選挙を控えているのですが、人権の尊重という欧州流の理念を追求するのかそれとも経済に配慮すべきかについて、今のところは人権問題に関心を持つリベラル層にアピールすることのほうが重要と判断したことも理由になったようです。 日本に目を向けてみると、先日菅首相はバイデン政権で初めてホワイトハウスに招かれた国家首脳として、バイデン大統領と会談しました。会談後に発表された共同声明は中国を強く意識するものでしたが、特に台湾について言及されていたことから、中国は猛烈に反発しました。人権問題を軸に国際社会が中国にプレッシャーをかけていることからすれば、また米国との関係は何よりも重要であることからすれば、今回の踏み込んだ共同声明はある程度予想できるものでした。さしずめ中国より欧米を取ったというところでしょうか。 このように世界は安全保障の面で中国の台頭に警戒を解かないわけですが、一方で経済面での世界の中国に対する期待も下がりません。経済面での期待に関しては、下がらないどころかコロナにより一層高まっているといえます。具体的には、コロナ不況からいち早く抜け出した中国の2021年の成長率予想は+8.6%です。コロナにより大きなダメージを受けている米国も+7.4%の急回復を見込んでいます。それに対してドイツは+3.0%、日本は+3.7%と戻りが遅い状況です。自国経済の回復が遅いとなれば、当然好調な中国や米国向けのビジネスを意識せざるを得ません。そうなんです。結局のところ、コロナからの出口を探るこのタイミングでは、世界経済をけん引する中国を意識しないわけにはいかないのです。 米国も日本もEUも人権問題を理由に中国と距離を置いているじゃないか、中国はそんな西側諸国をもはや相手にしてくれないんじゃないかという考え方もあるかと思います。ただ、中国を除けば世界三大市場である米国、EU、日本市場を無視しては中国もビジネスになりません。つまり、中国も米国、EUそして日本とのつながりを切ることはできないのです。そうなると、あとは関係の強弱の問題になります。ときに中国とEUが良い関係、またときには日本が良い関係、予想に反して米国が蜜月関係を築いてとても良い関係になるといった様々なパターンが考えられます。 さて今回のブログの本題である「地政学的リスクのコントロール方法」についてですが、平凡な答えで恐縮ですが、やはり一本足打法はやめましょうということかと思います。中国マーケットの攻略というトピックに当てはめれば、「中国市場に直接・間接的にアプローチできるようにしておくことが日々形を変える地政学的リスクへの備えとなる」ということかと思います。例えばですが、ドイツ企業は中国に対して多額の輸出をしています。ドイツ企業の買収を検討する際にはドイツないし欧州マーケットを取りに行くという観点ばかりがハイライトされがちですが、ドイツ企業経由で中国マーケットにアプローチするという観点からも検討されるべきです。 「欧州は経済の戻りが遅いから欧州企業の買収は無い」と割り切ることなく、ターゲット企業の地域別売上を確認のうえ、欧州企業を起点に間接的に中国市場へアプローチするという視点を持てば、中国市場攻略のためのターゲット選定の幅は大きく広がります。中国市場へのアクセスは日本からのみという一本足打法では、日本と中国の間で地政学的リスクが高まった場合に対応が難しくなります。 渡航制限もあって欧州企業の買収検討は進めにくい状況ではありますが、情報収集のアンテナは下ろすことなく、どんどんGCAメンバーと意見交換を頂ければと思います。ご連絡をお待ち申し上げます。
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- 2021.02.28
Brexitとコロナの試練を乗り越えるか?これからの大英帝国の行方|欧州M&Aブログ(第28回)
私事となりますが、この度8年間のフランクフルト・ロンドン駐在を終えて日本に帰任致しました。今回のブログは日本(隔離施設)よりお届けする最初のブログとなります。 隔離施設に輸送されるバスからぼんやりと外を眺めるに、マスク着用とはいえ街には多くの人が行き交い、英国とは状況の深刻さが全く異なると感じました。先日オフィス整理のため一年ぶりにロンドンオフィスに行ったのですが、昨年11月頭からのロックダウンを受け、時間が止まったかのように多くの店でクリスマス商戦のディスプレイがそのままとなっていました。経済よりもコロナ抑え込みが優先されるとはいえ、「このままでは国がもたないな」と思いました。 英国はコロナで最も大きなダメージを受けた国のひとつですが、重ねてBrexitの影響も見え始め、2020年は過去300年で最も景気の悪い年となりました。昨年の第四四半期(4Q:10月~12月)は1%プラス成長を記録してトンネルを抜け出しつつあるように見えますが、それでもこの4Q実績はパンデミック前の水準と比べて7.8%も低い水準で、この乖離度合いはドイツの2倍、米国の3倍も大きい水準です(あの状況の米国が経済規模の落ち込みを抑えているのはさすがですが)。 英国の惨状はコロナの状況が他国より深刻であり、それに伴ってロックダウンが長期化していることに起因します。 まさに荒波にもまれている状況です。しかし、このような状況にあっても大英帝国(なぜかいつもこの呼称を使いたくなります)の強さを感じる瞬間が多々ありました。個人的には“意外にBrexitした英国はブレイクするんじゃないか?“という期待も持っていますが、今回はBrexit後の英国の行方について、日本との比較も入れながら考えてみたいと思います。 1. 結局のところBrexitは英国の希望通りとなったか? Brexit完了といっても、実際どうなったかを理解するのは容易ではありません。昨年大晦日の日にボリス・ジョンソン首相は「take back control:主権を取り戻した」と 声高らかに宣言しましたが、最終的には結構EUに押し込まれたなと思います。なぜならば、今回の合意は結局のところ「モノに関するは関税ゼロ、サービスについてはNO DEAL」だからです。 出典:https://www.newsweek.com/ Brexitに関する記事を目にした方々のなかには「いや、結局英国はEUと関税フリーで合意できたんだから、当初希望していた“いいとこ取り”ができたんじゃない?」と思われる方もいらっしゃると思います。私も当初は意外にいい形になったなと思いました。英国で仕事をするからにはBrexitを正確に理解したかったのですが、何を読んでもすっきりしません。なんでこんな分かりにくいんだということでそのモヤモヤの根っこを探したのですが、EUが呪文のように言い続けた「離脱したうえでいいとこ取り(=単一市場へのアクセス)は認めない」というこの“単一市場概念”が分かりにくいということに気づきました。私なりに単一市場に関するモヤモヤポイントをまとめてみましたので、皆様の理解整理の一助となれば幸いです。 (Q1)Brexitと英EU通商協定の関係は? Brexitはまさに英国がEUから離脱することであり、2020年1月31日に完了。その後英国とEU間の新たな貿易のルールを決めるための移行期間に突入し、移行期間終了直前の2020年12月31日に英EU通商協定(EU-UK Trade and Cooperation Agreement)が合意に至る。「関税フリー、互いの輸出に数量制限(割り当て制度)はない」といった話はBrexitというより通商協定の内容の話 (Q2)関税フリーということは、結局英国はEUの関税同盟に入ったの? 入っていない。メイ首相の時代にバックストップ案として関税同盟に入るという話が上がったが、今回はあくまで通商協定の内容として関税フリーが決められたわけで、関税同盟に入ったわけではない。ちなみに関税同盟とは、メンバー間の貿易において関税がフリーになるということのみならず、同盟メンバー外との貿易における関税料率も同盟レベルで決められるという、関税面で同盟国グループをひとつの国のように扱うもの。例えば、米国とEUとの関税については、ドイツやフランスが個別に税率設定するのではなく、第三国vs関税同盟として一律に決められる。 また重要な点として、徴収した関税は個別の国に入るわけではなく同盟に帰属する。例えばイタリアが貿易によって徴収した関税はイタリアの国庫に入るわけではなく、EUのものになる。これは大きなEU固有の収入源であり、予算のうち14%を占める (Q3)通商協定で関税フリーを達成したので、単一市場から追い出されても大した影響はないのでは? 単一市場と関税同盟の関係が分かりにくいが、関税同盟は単一市場の概念に内包されるもの。単一市場とはモノ、人、カネ(資本)、サービスにおいてその障壁を取り払う概念。一方関税同盟の対象はモノのみ トランプが関税を用いて貿易戦争を仕掛けたことから殊更関税がハイライトされるが(そして物品の話だから分かりやすいが)、実はビジネスにおいては安全基準、パッケージ基準そして労務基準などの「非関税障壁」のほうが重要であり、関税以上に大きな足枷となる。例えばカネ(資本)について、金融業は欧州単一パスポート制度によってEU各国で事業をする際にいちいち各国で許可を取得する必要がない。 こういったビジネスの障害となる非関税障壁をなくした単一市場概念はとてもユニークであり、世界広しといえこれができているのはEUだけ。今後英国はこの非関税障壁に悩まされることになる (Q4)非関税障壁ってそこまで大きな話なの? 非関税障壁とは要するにお役所手続や輸出入に掛かる関税以外のコスト、許認可の再取得など、「関税がかからなくてもその他コストを考えれば割が合わないよね」と思わせる、時間・コストの面で大きな障壁のこと 例えば時間面について、鮮度が重要な魚の輸出において手続きに時間がかかりすぎて魚が腐っては意味がない(実際今それが問題になっている)。各国で許認可の再取得が求められるようであれば、取得まで多くの時間を要する。コスト面についても、輸出入に関して取扱手数料・保管手数料など関税以外のコストが利益を食いつぶすほど大きい場合には、輸出のメリットはない。更にはいえば、時間・コスト面のダメージが許容範囲であっても、結局は事務能力が乏しい個人・中小企業はリソース的に煩雑な手続きに対応できない (Q5)サービス業がNO DEALだとかなり困るの? 関税ゼロという結果は別にEUが英国に同情してそうしてあげたわけではない。物品の貿易について関税ゼロにすることはEU側に大きなメリットがあったから。例えば英国で生産される自動車の実に54%はEUに輸出され(総数の81%が国外に輸出されている)、英国内市場の90%は輸入車が占める。つまり、英国とEUは相互に数多くの自動車を売りあっている。関税フリーとすることは相互に大きなメリットがある。 ここで、英国はドイツのように「自分の国で作って売る」という産業構造になっていない。サービスが経済の78%を占め、サービス輸出(運送サービス、金融サービス、通信サービス、流通サービスを第三国で提供)の40%がEU向けとなっている。サービス輸出は物品じゃないので関税の範囲外の話であり、特に非関税障壁に直面する傾向が強い。サービス輸出に大きく依存する産業構造を持つ英国にとって、サービス分野がNO DEALとなったことは極めて大きい 2. 大英帝国の意地を見ることができるか? コロナという未曽有の危機への各国の対応に関するニュースは、各国の政治力そして地力を垣間見せてくれます。例えば、メルケル首相の演説やオーストラリア・ニュージーランドの徹底した封じ込め策、ボリス・ジョンソン首相の毎日のコロナブリーフィングからは国のメッセージを強く感じることができます。 出典:https://www.bbc.com/ それに比べると、私が全部フォローしていないからなのかもしれませんが、日本は強力なトップダウンというよりは、個人・企業が独自に考え、声を上げることで国を動かしながら危機を乗り越えようとしているようにみえます。国によるトップダウンがいいのか、個人・企業からのボトムアップがいいのかは一様に決められるものではないですが、危機を乗り越えるとき、また大きな物事を決めるとき(まさにM&Aもそうですね!)にはトップダウンの意思決定は重要かと思います。 このように書くと、日本の政治の特殊性は、欧米のトップダウンに対して根回しに代表されるボトムアップアプローチという日本企業の意思決定スタイルの特殊性に通じるものがあるように思います。殿様がいた時代には日本もきっとトップダウンだったはずで、何を契機に日本が今のようなスタイルになったのかは興味深いテーマです。 さて英国について、英国はまさに国が国民の向くべき方向性をどんどん決めています。初動を間違ったことによりコロナ抑え込みに失敗した英国の政治を殊更に称賛するつもりはないのですが、そのコロナ対応からは大英帝国の底力を感じることができました。 ・エリザベス2世による適時・適切なメッセージ発信 ・世界トップレベルの科学技術をワクチン開発でも発揮 (Oxford-AstraZenecaワクチン) ・国営医療サービス(NHS:National Health Service)をフル活用したワクチン接種のロールアウト作戦 ・自宅待機する学生に対する迅速なリモートラーニング対応 ・雇用維持する企業に対する異例の給与補助策等の大胆な経済対策の数々 ・毎日のように首相が国民に向けてクリアな状況・対策に関する説明を実施 Brexitについても、国のドライブを強く感じます。Brexit直後の今年1月の1日当たり株式売買高について、ロンドンは欧州最大の株式取引拠点としての地位をアムステルダムに明け渡したことがニュースとなりましたが(これについては法の安定性や労働市場の柔軟性、人材の豊富さや流動性、他の金融センターとのコネクティビティなど総合力で見ればロンドンの国際金融センターとしてのポテンシャルはアムステルダム、フランクフルト、パリなどの大陸欧州の都市に比べ圧倒的であり今後もその地位は揺るがないと思いますが)、こういったマイナス面に関するニュースは毎日のように目にします。Brexitは経済へのマイナスを顧みず主権を取り戻すというノスタルジーを重視した結果と言われますが、マイナスを挽回すべく、むしろ大きなプラスを生み出すべく、身軽になった英国が矢継ぎ早に打ち出す戦略には逞しさを感じます。 ・EUとの貿易協定を締結 ・EUが貿易協定を締結している12か国のうち日本を含む主要国8か国とは既に個別に締結済み(残りも交渉中) ・バイデン勝利により米国とは距離ができたものの、CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への参加検討をスタートするなどアジアを中心にその他有力市場に対して積極的にアプローチ ・グリーン、ライフサイエンス、デジタル、フィンテック分野を戦略分野に定め集中投資 ・海外から英国への投資誘致を促進するための新組織の立ち上げ 国がどんどんドライブするといっても、国民がそれを受け入れないことには機能しません。これに関するエピソードを一つ披露させて頂くに、まだBrexit交渉の行方が見えていない頃、英国人の同僚に「なんでもっとBrexitの行方を心配しないの?」と聞いたことがありました。私にはこんな影響の大きい出来事に皆がとても無関心に見えたのです。そのときの同僚は「それをちゃんとまとめてくるのが政府・議員の仕事だ」と答えたのですが、大きな方針は国がドライブするものであり、あとはそれを信頼するのみというマインドセットを国民が持っていることがすごく新鮮でした。うまく表現できないのですが、国、つまりは政治を信じてついていくことができるというのは、なんだか少し羨ましい感じがしました。 身軽になった大英帝国はこれからもチャレンジを続け、新しいビジネスモデルをどんどん生み出していくと思います。ここでのポイントは、生み出されるのが「ビジネスモデル」だという点です。M&Aの目的として技術、顧客、製造拠点、ブランド等の獲得が挙げられますが、ポストコロナでは、ニューノーマルに対応した「ビジネスモデル」を獲得するためのM&Aが主流になる可能性もあります。世界トップレベルのデータ流通量を誇る英国がコロナ・Brexitを契機に魅力的なビジネスモデルを次々と生み出す・・・ これからの英国は要注目です! 最後に、冒頭で申し上げたように、今月から日本勤務となります。皆様との直接会話させて頂く機会も増えるかと思いますので、是非その際に皆様から気になるトピックを教えて頂き、それをブログに盛り込んでいくことができればと思います。何かございましたら、下記連絡先に気楽にご連絡頂戴できればと存じます。
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- 2020.12.31
もういくつ寝るとコロナ明け|欧州M&Aブログ(第27回)
早いもので、2020年も残すところわずかとなりました。「夏には落ち着くといいね」といっていたコロナはその勢いを強め、欧州は年越しカウントダウンならぬ年越しロックダウンが確実な情勢となりました。コロナの話はうんざりな今日この頃ですが、今年最後のブログはコロナに支配された2020年を総括するとともに、2021年の(お願いに近い)展望、そして日本企業が第一四半期に取るべきアクションプランについて考えてみたいと思います。 1. 英国におけるコロナ最新状況 このブログを書いている今、英国は変異種コロナの急拡大というニュースばかりです。世界各国が英国との往来を禁止し、国全体が世界から隔離されている状態となっています。これまではロックダウン下であってもそれなりに多くの人が外に出ていましたが(だから広がっているという話でもありますが)、このニュースが出て以降、街はひっそりし、多くの人が強い不安を感じて過ごしています。英国は大陸欧州各国から毎日ドーバー海峡経由で多くのものを陸上輸入していますが、今ではそれもストップされています。スーパーマーケットでは品切れを恐れた買い占めも始まっているようです。この物流面の麻痺を見るに、万が一ハードブレグジットとなって関税手続きで膨大な時間を要するようになれば、このような混乱は日常茶飯事になるんだろうなと“ハードブレグジット疑似体験”をしている感じがします。一日も早く平穏な、普通の日々が戻ればと祈るばかりです。 出典:https://www.bbc.com/ 2. 2020年総括 さてブログの本題に入ります。今年も様々な出来事がありましたが、欧州に大きな影響を及ぼした重大イベントを3つ挙げるとすれば、以下の3つになることは間違いないかと思います。 1.Brexit - 2020年1月31日 2.新型コロナのパンデミック宣言 - 2020年3月 3.米国大統領選挙 - 2020年11月それぞれのイベントについては、特に詳細な説明は不要かと思います。コロナによるダメージがあまりに大きいためすべてがネガティブに見えてしまいますが、星取表をつけるのであれば、1勝1敗1分けという感じでしょうか。 1.Brexit : 基本ポジティブだが今後の展開ではネガティブ(引き分け) 2.コロナ : ものすごくネガティブ(負け) 3.バイデン大統領 : ポジティブ(勝ち) 3. 不確実性を特に嫌う日本人 前回のブログではテクノロジー関連投資はコロナ禍においても盛況ということを取り上げました。欧米各国が投資スピードを上げている一方、日本企業は未だかなり慎重になっている感じがします。なぜ日本企業が慎重なのかについて、それが国民性によるものかどうかはわかりません。ただ、世界でも突き抜けて高い現金留保額に鑑みるに、日本企業はとにかく慎重に厚く備えるといった傾向があるように思います。とはいうものの、中国、東南アジアやインドなどそれなりに投資リスクが高い地域であっても、あまり躊躇することなく積極的に投資をしています。うーん、こう書くと日本企業は何に対して慎重なんだろうと混乱してきます。 答えを探るべく、先ほどの2020年の重大イベント3つの共通点について考えてみましょう。文字数節約の観点から結論から入ってしまいますが、1.Brexit、2.コロナ、そして3.米国大統領選挙、これらはすべて欧州経済の予見可能性に深く関わっていないでしょうか?Brexitとコロナが将来の予測を難しくした点については言うまでもなく、米国大統領選挙についても、トランプが仕掛けた貿易戦争が欧州を牽引するドイツの経済を著しく不安定なものにしたのは周知のとおりです。 これらの3つが欧州経済に与えている負の影響に疑いの余地はありませんが、日本企業が気にしているのは、「欧州の景気が悪い」という点よりは、「この負のスパイラルがいつまで続くんだろう」という予見可能性のほうだと強く感じます。例えばですが、マイナス成長があと1年継続するとしても、もしそれが1年で決着がつくものという予見可能性があるのであれば、きっと日本企業は積極投資に転じると思います。アジアで積極投資できる理由は、アジアのリスクは対処可能な、不確実性ではない見えているリスクからだからではないでしょうか? 4. 欧州経済の不確実性が消えるのはいつか? また3つの重大イベントの話に戻ります。不確実性が薄まれば欧州景気は回復するという仮定に立つのであれば、「ではいつ不確実性が消えるのか?」は2021年を占う上で重要な質問となります。 Brexitについては、ハードブレグジットになる可能性はそれなりにあるものの、近く決着がつきます。つまり、Brexitにまつわるリスクは、インパクトの大小はさておき近く予見可能なものとなります。貿易戦争については、新EU派のバイデンが米国大統領になったことにより、米国との間での予見不能な貿易戦争のリスクは大きく減少することでしょう。もっとも、バイデンは欧州と共に中国への圧力を継続するとも言われていますので、中国の成長がさらに鈍化するようなことがあれば、中国で多くの車を販売するドイツにとっては不安要素になるかもしれません。 ただ、ドイツ自動車メーカーはコロナ禍にあっても中国売上を伸ばしており、予見不能なリスクではないと思われます。さて不確実性を高めていた3つのイベントのうち、2つは2021年には無くなりそうです。残ったのは・・・そうです、世界が待ちわびるコロナの収束です。コロナの破壊力はあまりに大きく、これが片付かないことには何事にも慎重にならざるを得ません。もしワクチンが大きな効果を示してコロナがコントロール可能となれば(そのようになればいいなと祈るばかりです)、コロナによる不確実性は大きく後退し、欧州域内の投資は急速に回復すると思われます。 いやいや、不確実性が薄れたところで欧州への投資が回復するというのは楽観的過ぎるでしょう、“予見可能な“欧州の不景気はもっと続くでしょうと思われる方もいらっしゃると思います。未来のことは誰にもわかりませんが、歴史に学ぶべく、過去10年ほどの歴史を振り返ってみましょう(下図)。 2010年以降、欧州は欧州ソブリン危機や難民危機、Brexit等大きなイベントが数多くありましたが、GDPの落ち込みが続いた期間は2~3年で、大きな危機であっても比較的短期でしっかりと戻しています。失われた10年という状況にはなっていません。歴史が正しいのであれば、コロナが落ち着けば、欧州は急速に成長に転じるはずです。 急速に回復したあと1年も経てば、良いアセットは既に買収されてしまっている、ないし買収競争が激化してしまっている状況でしょう。「そろそろ回復するな」という回復基調に乗る少し前のタイミングを見逃すことなく、迅速に対応できるよう、2021年の第一四半期は攻めの準備をしっかり実施頂ければと思います。 記憶に残る年となった2020年も残すところあとわずかとなりました。本年度も数多くの買収・売却提案の機会を頂戴しましてありがとうございました。来年も多くのディスカッション機会を頂戴できれば幸甚に存じます。
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- 2020.10.23
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<イタリア編>~
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- 2020.10.16
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<欧州ファミリーオフィス編>~
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- 2020.10.09
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<北欧編>~
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- 2020.10.02
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<フランス編>~
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- 2020.09.30
コロナが後押しするベンチャー投資|欧州M&Aブログ(第26回)
私事ですが、ついに在宅勤務歴が6カ月を超えました。在宅勤務という非日常が日常となり、それに自分が順応したのか、感覚が麻痺してしまったのか分からなくなっています。世界中の人々が手探りでできることを探す日々ですが、最近ふと人が前例のないことに慣れるにはそれほど時間を要しないんだなということに気づきました。きっとそれはM&Aにも当てはまることであり、これまで検討してこなかったタイプのM&Aが、普通に検討するタイプのM&Aになるケースも増えてくるかと思います。 そうなると「これまで検討してこなかったタイプのM&A」というのは何か?という話になりますが、当然ながらそれは企業ごとに異なります。ただ、一般論で申し上げるのであれば、日本企業にとってはソフトウェアを開発するベンチャー企業への投資または買収というのは、あまり検討されてこなかったタイプのM&Aだと思います。そんなわけで、今回はコロナを契機にベンチャー企業投資・買収検討が日常的なものになるかをお題として、いろいろ考えてみたいと思います。 1. コロナ禍でも盛り上がるベンチャー投資 今年の第二四半期(4月~6月)は、まさに世界中がロックダウンとなった最も厳しい期間でした。多くの企業が「M&Aは凍結」と判断し、とにかく耐え忍ぶ時間だったように思います。しかし、驚くことに2020年第二四半期のベンチャー投資金額は、四半期データ比較でみれば過去3番目に大きい水準でした。 世界におけるベンチャー投資金額は2016年から右肩上がりで増加し、2019年は過去最高を記録しました。2020年は6月末時点で既に2016年を上回る規模となっており(下記グラフ①参照)、もし下半期も同様の規模となれば、コロナにもかかわらず、2019年を上回り過去最高となる可能性もあります。 いやいや、ベンチャーキャピタルと事業会社の投資トレンドは異なるだろうという声もあろうかと思います。そこで、事業会社が関与したベンチャー投資の金額を見てみるに、今年の上半期は過去最高であった2019年レベルで投資がなされており、同様にコロナによる大きな減速は感じられません(下記グラフ②参照)。 そうなんです。コロナ禍でも、もしかするとコロナ禍だからこそ、ベンチャー投資は盛り上がっているのです。 2. Digitalizationを牽引するのはベンチャー企業 前回のブログで触れましたが、コロナはデジタル化の必要性を強く感じさせてくれました。ポストコロナを生き抜くための戦略の柱としてデジタル化の加速を掲げる企業は多いかと思いますが、よくあるのは「うちはデジタル化が遅れている」という認識を持ちつつも、特に抜本的な打ち手は講じていないというケースです。原因としては、特に売上が激減しているわけではない状況で危機感が薄い、またはそもそもデジタル化への対応の仕方が分からないというケースのいずれか、ないしは両方と思います。 危機感が薄いというケースはさておき、「デジタル化への対応の仕方が分からない」というのはある意味当然かと思います。なぜならば、デジタル化がどんどん加速するなかで、今後のスタンダードがどうなっていくかは、誰も分からないからです。では、誰が中心となってスタンダードを作っていくのでしょう?そうなんです。きっとその中心にいるのはベンチャー企業です。 では今ベンチャー投資で最もホットな分野は何でしょうか?実は圧倒的に多いのがソフトウェアベンチャーへの投資です。数字で見れば、2019年は全体の35%がソフトウェア関連の投資でした。今年の上半期でみれば、4割近くがソフトウェアベンチャーへの投資になっています。 ではデジタル化のカギは何でしょうか?そうです、ソフトウェアです。コロナにより加速するデジタル化の流れに乗る形で、ソフトウェアベンチャーへの投資が加速していると見るのが自然かと思います。 ロックダウンの際、「Cash is king」「今は耐え忍ぶ時期」といった言葉が飛び交い、とにかく自粛ムードが続きました。最近でこそ少し緩まってきているように思いますが、日本企業は欧州企業に比べると未だ自粛ムードのように見えます。しかし、世界はこれから本格化するデジタルワールドでの戦いに向けて走り続けています。想像以上の速さで変化するデジタルワールドにおいて、「ワクチンもまだだし、とりあえず今年いっぱいは様子見だな」という具合では、手遅れになってしまうかもしれません。 3. 日本のベンチャー投資は増えている?~イスラエルを例に~ イスラエルに優良なベンチャー企業が多いことは、今では世界で広く知られています。GCAもテルアビブに拠点を有していますが、日々数多くのお問い合わせを頂いています。総合商社や自動車関連企業を中心にテルアビブに拠点を構えている日系企業も多数あり、日本企業のイスラエルに対する関心の高さを感じます。それでは、過去10年間で日本企業によるイスラエル企業買収は何件あったのでしょうか?実はたったの10件です。では、買収でなく、イスラエルに投資した日本企業数は増加しているでしょうか?投資に関しては2016年から2017年に大きく増加をして40社が投資実行をするに至りましたが、そこからは横ばい傾向が続いています(下記チャート③参照)。先ほど見た世界の事業会社によるベンチャー投資件数の伸びからすれば、もう少し伸びていてもいいと思います。 2020年第二四半期には、ロックダウン期間にも関わらず、アメックスを中心とした戦略投資家数社がイスラエルのバイオメトリクスソフトウェア企業のBioCatchに$132.9m(約140億円)の投資を実行しました。コロナによりE-Commerceが急速に伸びていますが、決済関連を中心としたフィンテック関連、そしてサイバーセキュリティ関連は大きな注目を集めています。その他ではデリバリー関連、デジタルヘルス関連、そしてゲーム関連も伸びています。コロナ禍での在宅生活を思えば、伸びて当然と思えるものばかりです。そうなんです。コロナを契機に今後のデジタルワールドの方向性が見えつつあり、その分野に資金が集中しているのです。日本企業は「うちは別にソフトウェア販売会社じゃない」といってソフトウェア投資を敬遠するケースが多いですが、もはや待ったなしかと思います。 ベンチャー投資金額規模でみればUKやフランスはイスラエルを上回りますが、イスラエルはとてもユニークなベンチャーエコシステムを持った国です。欧州ベンチャーを探す際には、是非イスラエルも守備範囲に含めて検討いただくことをお薦めいたします。 ベンチャー企業は有象無象とあり、どこから手を付けてよいか分からないという声もよく聞きます。また、候補を見つけたとしても、当該ベンチャーが保有する技術へのアクセスなど、達成したい目的を達成するためにはどの程度の持分比率を確保すべきか等、投資条件で悩むケースも多いかと思います。そんなときには、是非テクノロジー関連のM&Aを得意とするGCAにご相談を頂ければと思います。是非我々も皆様のブレストにお付き合いさせてください!
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- 2020.09.25
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<インド編>~
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- 2020.09.25
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<ドイツ編>~
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- 2020.09.18
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<スイス編>~
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- 2020.09.18
コロナ禍の世界のM&A市場 ~現地レポート<イギリス編>~
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- 2020.07.31
逆方向から見るグローバル化のススメ|欧州M&Aブログ(第25回)
コロナという言葉が日常を支配しています。夏バテならぬコロナバテしていませんでしょうか?最近「Newノーマル」や「Withコロナ」といった言葉を聞きますが、コロナの勢いは未だ衰える兆しがなく、コロナがある生活が通常の生活になりつつあります(嫌ではありますが)。 前回のブログを書いた5月時点では、未曽有の事態ということもあり、世界全体が経済活動もストップさせて状況を静観するという状態でした。しかし7月に入り、多くの国は経済を持ち上げるべく出口戦略に軸足を移しています。出口戦略といってもコロナがなくなることはないのでまさにWithコロナなわけですが、誰も見たことのないNewノーマルの世の中において、企業はどのように成長戦略を描くべきでしょうか?誰にとっても新しい世界の成長戦略を描くことは容易ではありません。 1. Newノーマルにおけるキーワードは? 成長戦略を描くうえで、キーワードがあるとイメージが膨らみます。先日GCAでは全817社1,133名の経営層の方々に対して、「コロナショック対応戦略に関するアンケート」を実施させて頂いたのですが、多くの経営者の方々がキーワードに挙げたのは「デジタル化の加速」でした。在宅勤務やEcommerceの大幅増加からすれば、デジタル化をNewノーマルのキーワードにするのは自然な流れかと思います。欧州でも同じくデジタル化は最もホットなキーワードなのですが、それに加え、ESG(Environmental, Social & Governance)投資における“Environmental”も注目されているように感じます。これは、ロックダウンによって交通量が減少し空気がきれいになることで電気自動車への注目が高まったり、各国政府が公共交通機関の利用を控え自転車での移動を推奨したりしたことが理由です。 ここでポイントになるのは、デジタル化にせよ環境投資にせよ、Newノーマル下における新しいビジネス形態のなかで成長するものが、すべて日本発となるわけではないという点です。これは、例えばコロナ下で大きく伸びたZoom/Teams/SkypeなどのWeb会議システムやAmazon、Netflixを思い浮かべれば明らかです。 2. 日本売上を伸ばすためのグローバル化 ここで、M&Aの目的としてよく挙げられる「グローバル化」の意味について考えてみましょう。M&Aを実施する目的には、顧客・販路獲得、製品ラインアップの拡充、技術の獲得、製造拠点の獲得・・・などさまざまありますが、自社製品を海外で販売するための販路獲得、ないしは海外企業の製品・サービスを取り込んで海外売上高を拡大するためのM&Aが大半です。海外企業を買収するのは海外売上高を増やすために決まっているじゃないかというのはその通りかと思います。でも、「グローバル化=海外売上高拡大」と捉えるのは、日本から海外を見る一方向のグローバル化のように感じます。 では海外から日本を見る、逆方向のグローバル化というのはあるのでしょうか?言うまでもないことですが、日本は世界第三位の経済大国であり、巨大な市場を持っています。今後縮小するとはいえ、大きな市場であることは変わりありません。先ほど触れたWeb会議システム、Amazon、Netflixだけではなく、iPhoneや外車、ワインなど海外製品・サービスは市場に溢れています。あまりに多いので、もはやどれが海外のモノないしサービスと意識すらしないほどです。 これだけ海外のモノやサービスが市場に溢れているにもかかわらず、言い換えれば海外のものは広く日本市場で受け入れられるということが分かっているにもかかわらず、なぜかM&Aを考えるときには、海外企業買収によってその製品・サービスを日本に持ち込んで日本売上を大きく伸ばそうという、海外から日本を見る逆方向のグローバル化の視点は抜けがちです。 Web会議があっという間にスタンダードになったように、Newノーマル下では世界各国で今後新たなサービス・モノがどんどん出てくると思われます。デジタル化について、イギリスではビジネスサービスの分野、特にフィンテック関連で数多くのユニークな企業が産まれています。ドイツがモノづくりのデジタル化で先行しているのはご案内の通りです。環境関連では、北欧やスイスなどの小国も存在感を発揮しています。 日EU間のEPA(経済連携協定)によってフランス、イタリアそしてスペインの食品は今後どんどん身近になります。今年の下半期は、「欧州のモノ・サービスを日本に持ち込む」という視点でも案件ソーシングをしてみるのはいかがでしょうか?案件ソーシングにおいては情報のアンテナを高く上げ、関心領域の情報がどんどん入ってくる仕組みを作ることが重要です。是非GCAメンバーに「こんなアングルの案件情報を持ってきて欲しい」と伝えて頂き、自然と情報が入ってくるようにして頂ければと思います。 最後に、ロックダウン期間はWebベースのセミナーも一般的になりましたが、GCAでも弊社専門家がM&Aの各種テーマについて解説する10分間動画「GCAワンポイント講座」を全29回、配信させて頂きました。 こちらよりアクセスできますので、是非ご視聴頂ければと存じます。小職も欧州関連トピックで一コマ担当させて頂きました。