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- 2022.02.07
メルケル引退 ~ドイツはどこに向かうか~|欧州M&Aブログ(第32回)
2022年最初のブログとなります(また前回から少し期間が開いてしまいました)。オミクロン株が猛威を振るっていますが、今年こそは世界の状況が落ち着くことを切に願うばかりです。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。 最初にお知らせをさせてください。世の中に膨大な情報が溢れるなか、正しいM&A戦略の立案・実行をするためには、常にハイクオリティのM&A関連情報に触れていることが不可欠です。そういったニーズに対してGCAとして何ができるだろうかと考えたのですが、その一つの答えとして、この度日本最大級のM&Aコンテンツサイト、COMPASS(https://japan.hl.com/compass/ )を立ち上げさせて頂きました。無料会員登録頂くことで、様々なM&A関連コンテンツをお楽しみ頂けます。本ブログも次回以降はこのコンテンツサイトを通して発信させて頂く予定ですので、これを機に是非会員登録頂ければと思います! さて今回のブログは、フランクフルトに駐在経験のある私としては思い入れの深い、ドイツのメルケル首相引退について取り上げます。シャルル・ミシェルEU大統領は、メルケルが抜ける首脳会議を「バチカン(ローマ教皇庁)のないローマ、エッフェル塔のないパリのようなものだ」と例えました。4期16年という長きにわたって首相を務めたメルケルが残したものを振り返り、そしてこれからドイツはどこに向かうのか考えてみましょう。 1. Who is Merkel? メルケルは第8代ドイツ連邦共和国首相です。2005年に最年少(当時51歳)で、初の女性首相として選出されました。いきなり脱線しますが、まずドイツについて少し整理をしましょう。ドイツの人口は約8,300万人(日本の約66%)、面積は日本の約94%、そして16の連邦州から構成される連邦共和国です。各州が独自の憲法、財源を持ち、広範な権限を有しているのが特徴です。ドイツには大統領もいますが、それはあくまで国の象徴であり、儀礼的な目的のため存在しています(ちなみにイタリアも同様です)。大統領に大きな権限が与えられている米国、ロシア、フランスなどとは政治構造が大きく異なります。 メルケルは西ドイツのハンブルクでプロテスタントの牧師の家庭に生まれ、生後数週間後に旧ドイツ民主共和国、つまり東ドイツに移住しました。ある意味東ドイツ出身と言ってもよいかと思います。ソ連軍が東ドイツに駐留していたことからロシア語を学ぶ機会があり、流ちょうにロシア語を操ることができます。そのレベルは東ドイツのロシア語コンテストで3度も全国大会で優勝を飾るくらいに高いようです。必ずしも語学面のみが理由ではないとは思いますが、メルケルはロシアのプーチン大統領が最も敬意を払う指導者です(ちなみにプーチンは旧ソ連諜報機関KGBの中佐時代にドイツのドレスデンに派遣されていたことがあり、流ちょうにドイツ語を話すことができます)。また、メルケルは実は科学者(物理学者)でもあり、そのバックグラウンドがコロナ対策で発揮されたのはよく知られるところです。 第二次世界大戦後に旧連合国との和解に強力な指導力を発揮しドイツを再び西ヨーロッパに仲間入りさせたコンラート・アデナウアー、ドイツ再統一とユーロによる通貨統合を成し遂げたヘルムート・コール、労働改革により「ヨーロッパの病人」と言われるほど停滞していたドイツ経済に復興をもたらしたゲアハルト・シュレーダー。ではメルケルは何か記憶すべきものを残したでしょうか?何らかの大規模な改革を行ったのでしょうか? 何かといえば必ずノーと言うことから「ミセス・ノー」と呼ばれ、常に熟考し、急を要することを理解しない、日和見主義的、後出し的、緊急財政を押し付けるなど、ネガティブな評価があるのも事実です。一方で、強い理念を掲げて人々を引っ張るタイプの指導者ではないものの、状況の変化を慎重に見極め、現実的な判断をする人という評価は良く聞かれます。その冷静さは有名で、権力は彼女の心情や人格に全く影響を及ぼさなかったと言われます。しかし、冷静なだけでは長期政権を維持できません。メルケルは欧州債務危機(2009~13年)、欧州難民危機(2015~16年)、そしてパンデミック危機(2020~21年現在)に代表される数々の危機をハンドルしてきましたが、その高い調整力こそがメルケルの真骨頂であり、調整力をいかんなく発揮してドイツ国内および欧州を取りまとめ、そしてドイツのグローバルにおけるポジションを確固たるものにしたことこそが、最大の功績だったと思います。 2. グローバル・ムッティ(お母さん) メルケルはドイツ国内では愛着を込めてMutti(ムッティ:お母さん)と呼ばれ、支持率は実に75%にのぼりました。「単純な解決はない」「結末に思いを馳せよ」「力は静寂に宿る」といった発言をし、国際社会でも安定した調整力を発揮したメルケルは、ドイツに留まらない、まさにグローバル・ムッティといえる存在でしょう。 メルケルは「EUの将来のほうがBrexitよりも大事です」と言い切り、欧州を一枚岩にすることに大きなエネルギーを注ぎました。欧州をまとめるうえでは、ドイツは第二次世界大戦の苦い経験から「ドイツ一強」と見られることに極めて慎重です。それもあって、メルケルは隣の大国・フランスとバランスを取ることに腐心し、シラク、サルコジ、オランド、マクロンという4人のフランス大統領と共に、欧州統一、グローバルにおける欧州のポジション確保、ロシアの牽制、米国・中国とのバランス確保に力を注ぎました。蛇足ですが、とある書籍にはメルケルはシラクとマクロンが好きだったと言われています。サルコジは血の気盛んな典型的なラテンですし、片やオランドは静かすぎるフランス人だったのかもしれません。 マクロンはメルケルを、「ドイツの経済力・政治力からはそう見えるかもしれないが、メルケルの念頭にあるのはドイツの覇権の追求ではない。メルケルはバランスにこだわる。彼女が後世に引き継ぐ功績はヨーロッパ統合計画にドイツを根付かせたこと」と評しています。メルケルの調整力の高さがなければ、ヨーロッパはとうに崩壊していたかもしれません。 メルケルは米国との関係にもこだわりました。オバマ元大統領がメルケルを賞賛していたのは有名な話で、“現実的だが信念のためには賭けに出る”メルケルは、まさにオバマが手本とするタイプの指導者だったようです(原発廃止や移民政策などはまさに賭けでしたね)。事実、オバマはホワイトハウスを去る前にベルリンに表敬訪問をするほど、メルケルのことを信頼していました。一方、トランプは貿易をめぐって一貫してドイツを攻撃し、ドイツが予算面でNATOに十分な貢献をしていないと主張。ドイツと米国の関係は一気に冷え込みました。バイデンが大統領になった現在は、その関係は改善に向かっています。バイデンは執務室にメルケルを迎えた際、「米国の友人であると同時に、個人的な友人でもある」と歓迎しました。 3. ポスト・メルケルのドイツの向かう先 「ドイツのお母さん」「世界で最も影響力のある女性」「自由民主主義の最後の守り手」のメルケルが去った後のショルツ首相率いるドイツはどこに向かうのでしょうか? まずドイツ国内について考えてみるに、メルケル政権は「福祉から就労へ」を合言葉にシュレーダー政権が実施した労働改革(特に失業保険給付の削減、短期雇用等の雇用形態の多様化)の果実を享受してきましたが、ショルツ政権についても、その恩恵を受けつつ、目指すところの気候変動対策を重視する政権運営をすることで当面大きな問題は生じなさそうです。 一方で、EU諸国そして米国、中国とのバランスには相当難しいかじ取りが求められそうです。まずEUについて、メルケル時代には①南欧諸国との対立、②東欧諸国との対立、③西欧諸国との対立が生じました。①について、09年10月のギリシャ発欧州債務危機以降、ドイツと南欧諸国の経済格差は広がりました。ドイツが厳しい緊縮財政を要求したことで生じた軋轢は残っています。②について、15年9月のドイツによる無制限難民受入政策に伴う東欧諸国の移民受入負担(ドイツに到着する前に東欧諸国を通過することになるため)や東欧諸国の中国の一帯一路政策に対する姿勢をトリガーに、ドイツと東欧諸国の間には溝ができています。③については、英国離脱に伴い権力がドイツとフランスに集中しそうになったところ、西欧小国8か国(オランダ、アイルランド、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、エストニア、ラトビア、リトアニア)が新ハンザ同盟として対抗軸を打ち出しています(ちなみにEU域内のGDP比率でみればドイツは全体の24.8%、フランスは17.4%、新ハンザ同盟は16.4%となり、フランスに近い規模になります)。 難民受入については既に大きく軌道修正がされていること、ドイツは第二次世界大戦の反省からできる限り目立つことを避け、パートナーの意見を尊重する傾向が強いことを考えれば、②と③についてはそれなりに対応可能でしょう。しかし、①の経済問題については、国内世論を意識しつつ、域内の経済格差を抑えながらEU深化を目指すという難しい舵取りが求められそうです。 経済格差の調整が難しい主な理由は、ドイツにとって永遠の割安通貨であるユーロに原因があります。言ってしまえば、ドイツの国力に比して、ユーロという通貨の価値は低すぎるのです。具体的には、割安通貨のおかげでドイツ製品の価格競争力は高く維持され、製品力も相まってどんどん売れる状況が続いています。事実として、2000年以降の世界における経常収支黒字額のトップ国を振り返るに、2000~2004年は日本の時代、2004年~2009年は中国の時代、そして2010年以降はドイツの時代と言われます(パンデミック特需などで中国のほうが若干上回った年が数年ありましたが)。中国とドイツの経済規模のサイズの違いを考えれば、絶対額としてドイツの経常収支黒字が中国を上回っているということは、相当な規模の黒字を生み出しているということになります。もっとも、割安なユーロの恩恵に預かれるのはフランスなどその他西側諸国も同様じゃないかという話もあります。この点については、もともとの強い製品力に加え、シュレーダー改革で労働コストを下げたドイツの地力が、他の西欧諸国を圧倒しているということに他なりません。ユーロ安の恩恵を特定の国が受けている状況は、国力からしてユーロが割高通貨になっている国からすれば、極端な話、搾取の構図のように映ります。ショルツ政権のチャレンジは、いかにドイツの黒字経常収支をEUに還元する筋道をつけられるかということになります。「人権」や「環境」という欧州共通の価値観で勝負するドイツにとって、EU崩壊は必ず避けなければなりません。従ってショルツ政権は、ドイツユーロ圏共同債発行含め、財政統一の点でかなり踏み込んだ提案をしてくるのではと考えています。 欧州域外の国との関係、米国と中国との関係についても考えてみましょう。まず米国については、トランプのような露骨な攻撃はないにせよ、バイデン政権としてもドイツの対米国貿易黒字が大きすぎることは問題視しています。とはいうものの、先述のように永遠の割安通貨ユーロが存在する以上、この点は解決が容易ではありません。そうなると米国としては、貿易黒字についてある程度目をつむるのならば、ドイツの対中国、対ロシア対応については、自分の利益に資するようなものにしてくれるのかという話になります。 実はメルケルは、就任期間中に中国をかなり贔屓にしてきました(例えば在任期間中、訪日はサミットを除けば3回のみだった一方、訪中は12回も実施)。ドイツ貿易に占める各国割合を見ると、メルケルが就任した2005年に中国は4.4%、当時割合として最大だったフランスは9.4%、続く英国は7.0%でしたが、2020年にはトップ外交の効果あってか中国が9.5%と躍進し、フランスと英国は6.6%と4.6%に大きく減少しています。今では、ドイツ車3台に1台は中国向けと言われます。このようにドイツは経済的に中国に相当依存するに至ったわけですが、米国との関係を考えれば、またショルツ政権が「人権」や「環境」という価値観を軸に据えていることからすれば、経済重視の中国外交は修正がなされる可能性は高いと考えられます。ロシアについても、ロシア‐ドイツ間のガスパイプラインプロジェクトのノルドストリーム2により両国の距離はぐっと縮まっていますが、現在過熱しているウクライナ問題の行方次第では、ドイツは米国やその他西欧諸国との関係を重視し、ロシアとの距離を大きく取ることになると思われます。 国内のみならずEU域内、そして米国と中国・・・ 複雑なパズルを壊さずドイツの成長を実現したメルケルは、やはり偉大な政治家でした。「50年後の歴史書にどのように描かれたいですか?」という質問に対して、メルケルは「彼女は労を厭わなかった」と書かれたいと答えたというエピソードもあります。数年後、メルケル時代を懐かしく振り返る日が来ることでしょう。
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- 2021.08.31
ESGはポストコロナのメインテーマとなるか|欧州M&Aブログ(第31回)
中期計画発表時にSDGsやESGという言葉を見ないことのほうが少ないくらい、環境問題を中心にサステイナビリティは企業の一大テーマとなりました。 欧州は環境や人権関連で世界をリードしています。スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが注目を集めたのも記憶に新しいところです。でも、なぜ欧州が環境や人権関連で世界をリードするに至ったのでしょうか?また、ESGというテーマはM&Aの世界にも影響を及ぼすのでしょうか?コロナ特集も疲れてきたので、今回の欧州ブログでは大きな投資テーマであるESGについて考えてみたいと思います。 1. なぜESGが大きなテーマとなっているのか? ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉です。なかでも気候変動に代表される環境(E)が特に重要な論点として語られることが多いようです。 なぜ環境が大きなテーマとなっているのでしょうか?「温暖化につながる環境破壊は懸念すべき問題だから。つまらない質問をするな」と言われてしまいそうです。でも、環境が“大きな”テーマとなっている背景には、各国政党のポジション争いや地政学上のポジション取りにおいて環境は取り上げやすいテーマという側面もあるように思います。 例えば、米国の大統領選挙において、環境問題は大きな吸引力として機能しました。バイデン大統領は中国を名指ししたうえで温暖化が不十分な国からの輸入に対しては課徴金や輸出制限を課すようにと提案し、その環境問題へのコミットメントが若者の大きな支持につながりました。ポスト・メルケルを占うドイツ連邦議会選挙においても、今年の4月には環境問題にフォーカスするアンナレーア・ボアボック党首が率いる緑の党が、与党のCDUを押さえて支持率トップになりました(一連のスキャンダルで最近は支持率が急落しましたが)。つまり、環境問題への取り組みは支持率獲得のための重要なファクターとなっています。 国レベルではなく、もう少し大きな地政学的なバランスで考えても、ESGはポジション取りにおいて重要になっています。特に欧州は、環境問題や人権問題を抱えるエリアへの投資を控える、制裁を科すなど、「最もESGを強く意識しているエリア」として世界で確固たるポジションを作っています。欧州M&Aブログですからもう少し欧州の例を挙げると、2019年12月には欧州委員会のフォンデアライデン委員長が2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする「欧州グリーンディール」という野心的なプランを発表したり、コロナからの景気回復のため2021年~2027年を対象とする€7,500m(約100兆円)規模の復興基金を立ち上げた際、その一部は環境対策強化に使うことを宣言したりしています。国のみならずEUのような大きなエリアをまとめるうえでも、ESGはとても便利なテーマということかと思います。 出典:https://www.japantimes.co.jp/ 個人的には、支持率UPといった下心があろうがなかろうが、環境問題が政治の大きな論点になることはとても良いことだと思います。なぜならば、環境問題解決のためには莫大な資金が必要になるところ、国ないし地域レベルでの大きな動きなくしては、つまり政治の力なくしては前に進めないからです。 2. ESGは企業にとってどのくらい重要か? ESGが資金調達や株価に影響を与える?そんなことないでしょうと思われるかもしれません。現実はというと、実は既にESGへの意識の低い企業にはお金が集まりにくくなっています。例えば118兆円の運用資産を誇るノルウェー政府年金基金は、環境やガバナンスを理由に既に200社以上から投資引き上げをしました。具体的にはパーム油関連株式をすべて売却したり、石炭関連の売却を進めたりしています。 こういった機関投資家の動きの背景には、制度面からプレッシャーもあります。例えば日本では2020年のスチュワードシップコード改訂の際、スチュワードシップ責任の内容として機関投資家がサステイナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮を行うことが明記されました。これの意味するところは、サステイナビリティへの配慮を欠いた経営を行っている企業については投資対象からの除外や投資引き上げの可能性があるということです。 企業間取引においても、自動車セクターを皮切りにESG対応が遅れている企業はビジネスチャンスを失いつつあります。先日ドイツのボッシュは2022年からCO2削減など環境への負荷軽減を新規調達先選定の基準の一つにすることを明らかにしました。ポルシェも再生可能エネルギー100%での生産を部品供給メーカーに義務化することを発表しています。ダイムラーやBMWも同様の動きです。ESG能力を引き上げることは、もはやプラスアルファを作ることではなく、生き残りのために必要不可欠なことになりつつあります。 3. ESGはポストコロナのM&Aのメインテーマとなるか ESGは地域にとっても、国にとっても、そして企業にとっても既に重要なテーマであり、ポストコロナの世界でその重要さが増すのは間違いないでしょう。それではM&Aの世界において、ESGはどのように扱われていくでしょうか?先行しているのはPEファンド業界です。大手グローバルファンドはESG関連企業の買収に特化したファンドを立ち上げています。理由は明確で、ファンドに資金提供する投資家はESGに対する関心が高く、またESG関連企業はファンドがExitする際に高いValuationが期待されるからです。 事業会社においてもESGアングルの案件が見られるようになってきています。例えば、英BPは2020年12月にカーボンオフセット開発の米ファイナイト・カーボンの過半数を取得しました。このようなESGノウハウを獲得するためのM&Aは今後一層盛んになっていくと思われます それでは、ESGアングルのM&Aをリードするのはどの地域でしょうか?あるアンケート結果によれば、実に98%の人がESG関連M&Aの中心は西欧になると回答しています(複数回答で次点は北米で83%、そして日本の80%と続きます)。やはりESG、特に環境関連では欧州は外せないというのが世界のコンセンサスのようです。 ただ、多くの人が着目するESG関連M&Aでは相応の対価を覚悟する必要がありそうです。コロナによりデジタル関連企業のValuationは大きく上昇しましたが、同様にESG関連企業のValuationも大きく上昇しています。ESG関連だから〇〇パーセント上乗せしなければならないという話ではないですが、多くの人が買収したいということは相対的に価格が上がるということになります。データのとり方次第ではありますが、ESG関連案件のValuationは欧州では15%程度、米国では9%程度割高になっているというスタディ結果も出ています。 良いものは高いというのはある意味仕方のないことではありますが、ESG関連市場はまさに広がりつつある段階ですので、ターゲット企業の取り扱う商品や事業が今後デファクトスタンダードになっていくか分からないという目利きの難しさがあります。GCAではESG関連M&Aにフォーカスするチームを持っています。ESG関連案件の検討の際には、是非ご相談を頂ければと思います!
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- 2021.06.30
日本はM&A先進国になることができるか?|欧州M&Aブログ(第30回)
毎日M&A関連ニュースを目にすると、日本でもM&Aは事業戦略の打ち手のひとつとして定着したなと感じます。また、ここ数年日本のM&A成熟度はM&A先進国である欧米に近づきつつあるとも感じていました。しかし、詰まりつつあった差は、コロナをきっかけに大きく開いてしまったようです。 数週間前のFinancial Timesに、日本企業の過度のリスク回避行動に関する記事がありました。以前のブログでも取り上げましたが、日本人は「不確実性」に過敏に反応する傾向があり、それがコロナからの出口戦略におけるスタートダッシュを鈍らせているようです。 買収にせよ売却にせよ、好景気であっても不景気であっても、M&Aが日常的に行われるM&A先進国に、日本はなることができるでしょうか?今回のブログでは、経済成長率等のマクロ指標やM&A関連データから日本の世界における立ち位置を確認するとともに、M&A先進国になるために必要なことは何かについて、考えてみたいと思います。 1. 景気回復のきっかけを掴めない日本 コロナがある程度終息していれば、オリンピックはきっと景気回復の起爆剤になったでしょう。しかし、残念ながらそうなることはかなり困難な状況です。コロナ不景気の出口が見えているかどうかを2021年GDP成長率から推し量ってみるに、日本は3.3%と欧米主要先進国よりも低い水準にあり(表1参照)、出口の視界は不良のようです。また、株式市場も盛り上がりに欠けており、年初来の株価騰落率はプラス7.43%で、こちらも景気回復が鮮明になっている他の先進国に見劣りします(表2参照)。 米国の経済回復状況は目を見張るものがあります。2021年GDP成長率は日本のほぼ倍の6.4%を見込んでおり、その差は明確です。インフレは急速に進み、米連邦準備理事会(FRB)は金融緩和政策からの脱却の準備を進めています。具体的には2021年終盤から22年はじめには国債などの金融資産を市場から大量に買い入れる金融緩和政策の縮小が予定されており、更には22年後半に政策金利の値上げも検討されています。手を打たなければ沈静化が難しいくらい、市場が過熱しています。また、好調な経済が後押しするように、米国企業はM&Aでもかなり積極的になっています。 コロナを原因とした死者数という観点からだけみれば、日本におけるコロナのダメージは欧米諸国よりも小さい状況です(それでも甚大な被害ではありますが)。一方で精神的なダメージに関しては、比較の方法はありませんが、ひょっとすると他国よりも大きく受けているかもしれません。先行き不透明なときはじっと耐え忍ぶ、これは日本人が得意とするところです。強制力のないロックダウンにここまで従うことができるのは、世界広しといえど日本人だけだと思います。ただ問題は、いつまで耐え忍ぶかです。コロナが未曽有の災害であり、この不透明感がどのくらい続くは誰も分かりません。我々はもう少し耐え忍ぶこともできるでしょう。しかし、コロナとの戦いは今後何年も続くということを前提にすれば、拙速な動きは慎むべきですが、そろそろ耐え忍ぶ時期から、ウィズコロナの世界を模索する時期に入っているのではと思います。 2. 加熱する欧米のM&Aマーケット 2021年第一四半期は昨年の同時期よりも金額、件数ともに大きく伸び(表3)、特に米国および英国において多額の資金がM&Aマーケットに流れ込みました。金額面から昨年の第一四半期と比較すれば、米国は+278%、英国(含むアイルランド)は+65%という過熱ぶりです。欧州全体で見れば+40%ですが、中身を見ると欧州すべての国で過熱しているわけではなく、ロックダウンが長引いたドイツとフランスはそれぞれ△38%、△26%と低調でした。一方日本ですが、楽天による日本郵政、中国のネット企業テンセント、米ウォルマートなどを引受先とした2,423億円の第三者割当増資などもあって金額こそ+19.2%となりましたが、件数では△16.9%と大きくブレーキがかかりました。2021年に入って勢いを増しているM&A先進国である米国や英国とは大きな差が生じている状況です。 欧州M&Aブログですので、欧州においてどのような分野でM&Aが活発化しているのか掘り下げてみましょう。2021年第一四半期の実績について見てみるに、金額そして案件数ともに、コロナにより加速するデジタル化の波に乗る形でTMT(Technology, Telecom & Media)の分野が最もホットなエリアとなっています(表4参照)。 そして今後の展開について、ヒートチャートと呼ばれる今後どの分野で多くのM&Aが生じるかを示したチャートで見るに(表5参照)、TMTが引き続きホットであるのは変わらないのですが、コンシューマーセクターが活況になるという見方はとても興味深いです。ロックダウンによって路面店は軒並み打撃を受けていますが、コロナが落ち着けば買い物を楽しみにしていた人たちが牽引する形で急速に回復することは間違いないでしょうし、また既にE-commerceは十分すぎるほどに盛り上がっています。日本企業としては外せないドイツについては、さすがモノづくりの中心地であるだけに、DACH(ドイツ語圏のドイツ、オーストリアとスイス)はインダストリアル(製造業)と化学セクターがホットなようです。 そして見逃してはいけないのは、欧州のM&Aマーケットにおける米国の積極性です。欧州において買い手となった企業の国籍ランキングを見てみると、金額では米国が圧倒的な1位となっており、件数でもフランスやドイツを押さえて2位となっています(表6参照)。好調な経済に後押しされる形で、米国がアグレッシブに攻めている様子がデータからも伺えます。 3. M&A先進国になるためには 最近の欧米案件は、かつてないほどにM&Aプロセスが高速化しているように感じます。時間をかけてデューデリジェンスをし、交渉もしっかり時間をかけてという旧来のスタイルから、価格などの譲れない論点が合意に至ったあとは保険を活用しながらリスクをある程度取ってまとめてしまうというスタイルに変わりつつあり、早いものだと一次入札から一か月程度(場合によってはそれより短期間)でサイニングまでいってしまうものもあります。買い手が前のめりなのはもちろんのこと、コロナを契機としたデジタル化に乗る形で、マネジメントインタビューなど、M&Aプロセスの多くの部分がオンラインで進められるようになったことも一因かと思います。 「これから仲間になる会社の経営陣に会うことなく買収を決めることはできない」という声をよく聞きます。それはその通りだと思いますし、必ず一度はFace to Faceでの面談を実施すべきかと思います。一方で、コロナによる「M&Aにおけるニューノーマル」も理解する必要があります。具体的には、各種専門家によるデューデリジェンスや契約交渉がオンラインで進められることが標準となりつつある点です。グローバルM&Aの土俵に上がる以上、グローバルのスタンダードに合わせられなければ勝負になりません。残念ながらこれは好き嫌いの問題ではなく、対応するかしないかの問題です。とはいうものの、我々が意思決定プロセスを大きく変えることは難しく、現実には欧米の高速プロセスに対応するのは極めてチャレンジングです。でも工夫次第で勝負はできます。ウルトラCはありませんが、例えば売却プロセス開始前に積極的にアプローチして可能な限り事前に情報を取得する等、M&Aニューノーマルに対応する工夫を重ねることで勝率を上げることは可能です。 日本がM&A先進国になるためには、進化が必要です。先述の高速プロセスへの対応はもちろんのこと、資本市場自体も、もっとオープンな、アクティビストや機関投資家の厳しい要求が日常茶飯事なものになるべきなのかもしれません(それはそれで辛いものはありますが)。PEファンドへの事業売却も、持続的成長のために必要な新陳代謝だと考え方を変える必要があると思います。でも、どれもそんな難しいことではありません。なぜならば、結局は慣れの問題だからです。言い方を変えれば、日本企業はやろうと思えば今だって欧米流のM&Aはできるのです。 自社のスタンダードを絶対視することなく、グローバルスタンダードを常に意識し、それに慣れ、M&A先進国の仲間入りをしましょう。微力ながらGCAもグローバルM&Aファームとして皆様のお役に立つことができればと思います。
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- 2021.04.30
コロナが増幅させる中国との地政学的リスクのコンロール方法|欧州M&Aブログ(第29回)
日本での生活も約2カ月となりました。日ごろ「日本から見る欧州」を意識して欧州関連情報を集めていますが、目にしやすい情報(つまり日本語の記事)は地理的に近いアジアや米国の情報が多く、欧州関連情報は少ないように感じます。そして、そこから日々感じるのは中国の圧倒的なパワーです。 ここ数年「地政学的リスク」という言葉をよく聞くようになりました。地政学的リスクは「ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係により、その特定地域の経済、もしくは世界経済全体の先行きを不透明にするリスク」と定義づけられるようですが、一帯一路に代表されるような中国の拡大戦略により、中国を起点とした地政学的リスクが世界各地で高まりつつあります。もし世界経済の中国経済への依存度が低ければ、リスクの程度はそこまで高くありません。しかし実際のところ中国経済への依存度は極めて高く、そのリスクは到底無視できません。 コロナにより世界経済は大きな打撃を受けたわけですが、各国の経済回復スピードには大きな差が生じており、それが結果として地政学的リスクを増幅させているように感じます。具体的には、世界は中国の拡大戦略に警戒をしつつも経済回復スピードの早い中国市場への依存度を高めており、中国との関係悪化が甚大な経済損失につながるリスクが相当高まっているように感じるのです。今回のブログでは、欧州がなぜ中国を警戒するのか、そして欧州がいかに中国市場に期待しているのかを整理しつつ、日本企業の中国に関する地政学的リスクのコントロール方法について考えてみたいと思います。 1. 「一帯一路」に見る中国の圧倒的なパワー 15年3月、中国の呼び掛けでアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank “AIIB”)が設立されました。英国が加入を表明すると堰を切ったようにドイツ、フランスをはじめとする欧州諸国やオーストラリア、韓国まで参加を決めました。今では世界100カ国が参加しています(ちなみに日本と米国は参加していません)。 AIIB創設はここ数年で見れば中国が国際経済を引っ張る機関車の役割を果たしていることを最も強く感じさせたイベントでしたが、それとは別にもう一つ中国がぶち上げたものとして「一帯一路」があります。AIIBがリアルな国際金融機関であるのに対し、一帯一路は概念であって実態ではないので分かりにくいところがあります。一帯一路とは一体何なのでしょうか? 出典:https://www.aiib.org/ 一帯一路は欧州まで続く現代版シルクロードと言われたりしますが、アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぐ物流ルートを作って貿易を活性化させ、経済成長につなげましょうというコンセプトです。あまりに壮大なので歴史物語のように聞こえてしまいますが、実態としては「中国企業がアジアの発展途上国や欧州各国のインフラ事業を支えるプロジェクト」と考えると、入り口の理解としてはシンプルかもしれません。 なぜインフラ投資なのかという点についてですが、リーマンショック後の世界経済を立ち直らせたのは、膨大なインフラ投資による中国経済の急回復でした。過剰なインフラ投資余力を持つに至った中国は、インフラ投資が一巡した国内市場のみではそれを使い切れません。そこで「一帯一路」というブランディングのもとインフラ輸出をしつつ、それを梃子に各国に影響力を及ぼしていこうというわけです。米国が世界の警察として影響力を及ぼすのとは対照的です。 アジア各国や欧州(特に東欧・中欧)各国が一帯一路構想について中国と覚書を交わしましたが、特に19年3月にイタリアがG7の国として初めて覚書を交わしたときにはEUに衝撃が走りました。経済回復が思わしくないイタリアは、中国からのインフラ投資に大いに期待したのです。そして習近平国家主席は勢いそのままにフランスを訪問しましたが、フランスの対応は全くことなるものでした。フランスは一帯一路を経済協定というよりは中国による一国支配の戦略と見て、懐疑的な姿勢を崩さなかったのです(疑心暗鬼になった背景として、例えばフランスは植民地時代の遺産としてアフリカの国で権力を維持していますが、アフリカ進出を目論む中国と利害が衝突しているといったことがあります)。 その他の例としては、反EU・極右のオルバン首相が率いるハンガリーは中国に急接近しており、一方でチェコは中国への接近を警戒する動きが出てきており、上院議長が台湾を公式に訪問するなど、中国との距離を広げつつあります。それぞれの国で置かれている状況や政治的な価値観が異なるので対応が異なるのも当然ですが、特にEUという壮大な統合プロジェクトをリードするドイツ・フランスは、EUが一帯一路により分断されるリスクに極めてセンシティブになっています。 2. EU・中国包括投資協定の意味 フランスの一帯一路への対応などからはEUが中国に警戒感を高めているように見えましたが、20年12月にEUと中国の間で市場開放や公正な競争環境の確保など、投資環境の整備を目的とする包括的投資協定が合意されました。なんとも付かず離れずで、外交に長けた欧州各国はツンデレな人たちです。 この投資協定は2013年11月から7年間の交渉を経て合意に至ったものです。2020年内の合意を実現するために中国側が大幅に譲歩したことに加え、コロナ禍で経営難に直面する欧州企業が中国市場でのビジネス機会を強く求めた結果として、合意に至りました。中国市場に頼るドイツのメルケル首相が慎重派を説得して押し込んだとの報道もありました。自動車産業を中心に、EU企業の中国市場へのアクセス改善につながるこの協定の意義は大きいものがあります。 しかし世界のバランスを考えた場合、タイミングはかなり微妙でした。なぜならば、まさにバイデン新政権への移行期間中の合意だったためです。米国では「ドイツとフランスはバイデン政権がトランプ政権のアメリカ・ファースト主義を取り下げることに疑念を持っている」とか「中国の政治的勝利」といった報道もなされ、バイデン政権はトランプ政権時代に亀裂が入った欧州との関係を修復するはずだという市場の期待に影を落としました。 もはやどう絡み合っているか解らないくらいに重層的に利害関係が絡み合っていますが、明らかなこととしては、欧州にとっては世界経済の成長エンジンである中国との関係は重要であり、欧州企業のグローバル戦略は中国抜きでは考えられないということです。 3. 複数チャネルからの中国市場攻略がリスクマネジメントになる ウイグルや香港の問題を中心に、人権問題の観点から国際社会が中国を抑え込もうとしています。EUは1989年の天安門事件以来、約30年ぶりに中国への制裁に踏み切りました。バイデン政権と歩調を合わせ、欧米協調をアピールすることへの狙いがあったことは想像に難くありません。その他としては、ドイツは9月に連邦議会(下院)選挙を控えているのですが、人権の尊重という欧州流の理念を追求するのかそれとも経済に配慮すべきかについて、今のところは人権問題に関心を持つリベラル層にアピールすることのほうが重要と判断したことも理由になったようです。 日本に目を向けてみると、先日菅首相はバイデン政権で初めてホワイトハウスに招かれた国家首脳として、バイデン大統領と会談しました。会談後に発表された共同声明は中国を強く意識するものでしたが、特に台湾について言及されていたことから、中国は猛烈に反発しました。人権問題を軸に国際社会が中国にプレッシャーをかけていることからすれば、また米国との関係は何よりも重要であることからすれば、今回の踏み込んだ共同声明はある程度予想できるものでした。さしずめ中国より欧米を取ったというところでしょうか。 このように世界は安全保障の面で中国の台頭に警戒を解かないわけですが、一方で経済面での世界の中国に対する期待も下がりません。経済面での期待に関しては、下がらないどころかコロナにより一層高まっているといえます。具体的には、コロナ不況からいち早く抜け出した中国の2021年の成長率予想は+8.6%です。コロナにより大きなダメージを受けている米国も+7.4%の急回復を見込んでいます。それに対してドイツは+3.0%、日本は+3.7%と戻りが遅い状況です。自国経済の回復が遅いとなれば、当然好調な中国や米国向けのビジネスを意識せざるを得ません。そうなんです。結局のところ、コロナからの出口を探るこのタイミングでは、世界経済をけん引する中国を意識しないわけにはいかないのです。 米国も日本もEUも人権問題を理由に中国と距離を置いているじゃないか、中国はそんな西側諸国をもはや相手にしてくれないんじゃないかという考え方もあるかと思います。ただ、中国を除けば世界三大市場である米国、EU、日本市場を無視しては中国もビジネスになりません。つまり、中国も米国、EUそして日本とのつながりを切ることはできないのです。そうなると、あとは関係の強弱の問題になります。ときに中国とEUが良い関係、またときには日本が良い関係、予想に反して米国が蜜月関係を築いてとても良い関係になるといった様々なパターンが考えられます。 さて今回のブログの本題である「地政学的リスクのコントロール方法」についてですが、平凡な答えで恐縮ですが、やはり一本足打法はやめましょうということかと思います。中国マーケットの攻略というトピックに当てはめれば、「中国市場に直接・間接的にアプローチできるようにしておくことが日々形を変える地政学的リスクへの備えとなる」ということかと思います。例えばですが、ドイツ企業は中国に対して多額の輸出をしています。ドイツ企業の買収を検討する際にはドイツないし欧州マーケットを取りに行くという観点ばかりがハイライトされがちですが、ドイツ企業経由で中国マーケットにアプローチするという観点からも検討されるべきです。 「欧州は経済の戻りが遅いから欧州企業の買収は無い」と割り切ることなく、ターゲット企業の地域別売上を確認のうえ、欧州企業を起点に間接的に中国市場へアプローチするという視点を持てば、中国市場攻略のためのターゲット選定の幅は大きく広がります。中国市場へのアクセスは日本からのみという一本足打法では、日本と中国の間で地政学的リスクが高まった場合に対応が難しくなります。 渡航制限もあって欧州企業の買収検討は進めにくい状況ではありますが、情報収集のアンテナは下ろすことなく、どんどんGCAメンバーと意見交換を頂ければと思います。ご連絡をお待ち申し上げます。
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- 2021.02.28
Brexitとコロナの試練を乗り越えるか?これからの大英帝国の行方|欧州M&Aブログ(第28回)
私事となりますが、この度8年間のフランクフルト・ロンドン駐在を終えて日本に帰任致しました。今回のブログは日本(隔離施設)よりお届けする最初のブログとなります。 隔離施設に輸送されるバスからぼんやりと外を眺めるに、マスク着用とはいえ街には多くの人が行き交い、英国とは状況の深刻さが全く異なると感じました。先日オフィス整理のため一年ぶりにロンドンオフィスに行ったのですが、昨年11月頭からのロックダウンを受け、時間が止まったかのように多くの店でクリスマス商戦のディスプレイがそのままとなっていました。経済よりもコロナ抑え込みが優先されるとはいえ、「このままでは国がもたないな」と思いました。 英国はコロナで最も大きなダメージを受けた国のひとつですが、重ねてBrexitの影響も見え始め、2020年は過去300年で最も景気の悪い年となりました。昨年の第四四半期(4Q:10月~12月)は1%プラス成長を記録してトンネルを抜け出しつつあるように見えますが、それでもこの4Q実績はパンデミック前の水準と比べて7.8%も低い水準で、この乖離度合いはドイツの2倍、米国の3倍も大きい水準です(あの状況の米国が経済規模の落ち込みを抑えているのはさすがですが)。 英国の惨状はコロナの状況が他国より深刻であり、それに伴ってロックダウンが長期化していることに起因します。 まさに荒波にもまれている状況です。しかし、このような状況にあっても大英帝国(なぜかいつもこの呼称を使いたくなります)の強さを感じる瞬間が多々ありました。個人的には“意外にBrexitした英国はブレイクするんじゃないか?“という期待も持っていますが、今回はBrexit後の英国の行方について、日本との比較も入れながら考えてみたいと思います。 1. 結局のところBrexitは英国の希望通りとなったか? Brexit完了といっても、実際どうなったかを理解するのは容易ではありません。昨年大晦日の日にボリス・ジョンソン首相は「take back control:主権を取り戻した」と 声高らかに宣言しましたが、最終的には結構EUに押し込まれたなと思います。なぜならば、今回の合意は結局のところ「モノに関するは関税ゼロ、サービスについてはNO DEAL」だからです。 出典:https://www.newsweek.com/ Brexitに関する記事を目にした方々のなかには「いや、結局英国はEUと関税フリーで合意できたんだから、当初希望していた“いいとこ取り”ができたんじゃない?」と思われる方もいらっしゃると思います。私も当初は意外にいい形になったなと思いました。英国で仕事をするからにはBrexitを正確に理解したかったのですが、何を読んでもすっきりしません。なんでこんな分かりにくいんだということでそのモヤモヤの根っこを探したのですが、EUが呪文のように言い続けた「離脱したうえでいいとこ取り(=単一市場へのアクセス)は認めない」というこの“単一市場概念”が分かりにくいということに気づきました。私なりに単一市場に関するモヤモヤポイントをまとめてみましたので、皆様の理解整理の一助となれば幸いです。 (Q1)Brexitと英EU通商協定の関係は? Brexitはまさに英国がEUから離脱することであり、2020年1月31日に完了。その後英国とEU間の新たな貿易のルールを決めるための移行期間に突入し、移行期間終了直前の2020年12月31日に英EU通商協定(EU-UK Trade and Cooperation Agreement)が合意に至る。「関税フリー、互いの輸出に数量制限(割り当て制度)はない」といった話はBrexitというより通商協定の内容の話 (Q2)関税フリーということは、結局英国はEUの関税同盟に入ったの? 入っていない。メイ首相の時代にバックストップ案として関税同盟に入るという話が上がったが、今回はあくまで通商協定の内容として関税フリーが決められたわけで、関税同盟に入ったわけではない。ちなみに関税同盟とは、メンバー間の貿易において関税がフリーになるということのみならず、同盟メンバー外との貿易における関税料率も同盟レベルで決められるという、関税面で同盟国グループをひとつの国のように扱うもの。例えば、米国とEUとの関税については、ドイツやフランスが個別に税率設定するのではなく、第三国vs関税同盟として一律に決められる。 また重要な点として、徴収した関税は個別の国に入るわけではなく同盟に帰属する。例えばイタリアが貿易によって徴収した関税はイタリアの国庫に入るわけではなく、EUのものになる。これは大きなEU固有の収入源であり、予算のうち14%を占める (Q3)通商協定で関税フリーを達成したので、単一市場から追い出されても大した影響はないのでは? 単一市場と関税同盟の関係が分かりにくいが、関税同盟は単一市場の概念に内包されるもの。単一市場とはモノ、人、カネ(資本)、サービスにおいてその障壁を取り払う概念。一方関税同盟の対象はモノのみ トランプが関税を用いて貿易戦争を仕掛けたことから殊更関税がハイライトされるが(そして物品の話だから分かりやすいが)、実はビジネスにおいては安全基準、パッケージ基準そして労務基準などの「非関税障壁」のほうが重要であり、関税以上に大きな足枷となる。例えばカネ(資本)について、金融業は欧州単一パスポート制度によってEU各国で事業をする際にいちいち各国で許可を取得する必要がない。 こういったビジネスの障害となる非関税障壁をなくした単一市場概念はとてもユニークであり、世界広しといえこれができているのはEUだけ。今後英国はこの非関税障壁に悩まされることになる (Q4)非関税障壁ってそこまで大きな話なの? 非関税障壁とは要するにお役所手続や輸出入に掛かる関税以外のコスト、許認可の再取得など、「関税がかからなくてもその他コストを考えれば割が合わないよね」と思わせる、時間・コストの面で大きな障壁のこと 例えば時間面について、鮮度が重要な魚の輸出において手続きに時間がかかりすぎて魚が腐っては意味がない(実際今それが問題になっている)。各国で許認可の再取得が求められるようであれば、取得まで多くの時間を要する。コスト面についても、輸出入に関して取扱手数料・保管手数料など関税以外のコストが利益を食いつぶすほど大きい場合には、輸出のメリットはない。更にはいえば、時間・コスト面のダメージが許容範囲であっても、結局は事務能力が乏しい個人・中小企業はリソース的に煩雑な手続きに対応できない (Q5)サービス業がNO DEALだとかなり困るの? 関税ゼロという結果は別にEUが英国に同情してそうしてあげたわけではない。物品の貿易について関税ゼロにすることはEU側に大きなメリットがあったから。例えば英国で生産される自動車の実に54%はEUに輸出され(総数の81%が国外に輸出されている)、英国内市場の90%は輸入車が占める。つまり、英国とEUは相互に数多くの自動車を売りあっている。関税フリーとすることは相互に大きなメリットがある。 ここで、英国はドイツのように「自分の国で作って売る」という産業構造になっていない。サービスが経済の78%を占め、サービス輸出(運送サービス、金融サービス、通信サービス、流通サービスを第三国で提供)の40%がEU向けとなっている。サービス輸出は物品じゃないので関税の範囲外の話であり、特に非関税障壁に直面する傾向が強い。サービス輸出に大きく依存する産業構造を持つ英国にとって、サービス分野がNO DEALとなったことは極めて大きい 2. 大英帝国の意地を見ることができるか? コロナという未曽有の危機への各国の対応に関するニュースは、各国の政治力そして地力を垣間見せてくれます。例えば、メルケル首相の演説やオーストラリア・ニュージーランドの徹底した封じ込め策、ボリス・ジョンソン首相の毎日のコロナブリーフィングからは国のメッセージを強く感じることができます。 出典:https://www.bbc.com/ それに比べると、私が全部フォローしていないからなのかもしれませんが、日本は強力なトップダウンというよりは、個人・企業が独自に考え、声を上げることで国を動かしながら危機を乗り越えようとしているようにみえます。国によるトップダウンがいいのか、個人・企業からのボトムアップがいいのかは一様に決められるものではないですが、危機を乗り越えるとき、また大きな物事を決めるとき(まさにM&Aもそうですね!)にはトップダウンの意思決定は重要かと思います。 このように書くと、日本の政治の特殊性は、欧米のトップダウンに対して根回しに代表されるボトムアップアプローチという日本企業の意思決定スタイルの特殊性に通じるものがあるように思います。殿様がいた時代には日本もきっとトップダウンだったはずで、何を契機に日本が今のようなスタイルになったのかは興味深いテーマです。 さて英国について、英国はまさに国が国民の向くべき方向性をどんどん決めています。初動を間違ったことによりコロナ抑え込みに失敗した英国の政治を殊更に称賛するつもりはないのですが、そのコロナ対応からは大英帝国の底力を感じることができました。 ・エリザベス2世による適時・適切なメッセージ発信 ・世界トップレベルの科学技術をワクチン開発でも発揮 (Oxford-AstraZenecaワクチン) ・国営医療サービス(NHS:National Health Service)をフル活用したワクチン接種のロールアウト作戦 ・自宅待機する学生に対する迅速なリモートラーニング対応 ・雇用維持する企業に対する異例の給与補助策等の大胆な経済対策の数々 ・毎日のように首相が国民に向けてクリアな状況・対策に関する説明を実施 Brexitについても、国のドライブを強く感じます。Brexit直後の今年1月の1日当たり株式売買高について、ロンドンは欧州最大の株式取引拠点としての地位をアムステルダムに明け渡したことがニュースとなりましたが(これについては法の安定性や労働市場の柔軟性、人材の豊富さや流動性、他の金融センターとのコネクティビティなど総合力で見ればロンドンの国際金融センターとしてのポテンシャルはアムステルダム、フランクフルト、パリなどの大陸欧州の都市に比べ圧倒的であり今後もその地位は揺るがないと思いますが)、こういったマイナス面に関するニュースは毎日のように目にします。Brexitは経済へのマイナスを顧みず主権を取り戻すというノスタルジーを重視した結果と言われますが、マイナスを挽回すべく、むしろ大きなプラスを生み出すべく、身軽になった英国が矢継ぎ早に打ち出す戦略には逞しさを感じます。 ・EUとの貿易協定を締結 ・EUが貿易協定を締結している12か国のうち日本を含む主要国8か国とは既に個別に締結済み(残りも交渉中) ・バイデン勝利により米国とは距離ができたものの、CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への参加検討をスタートするなどアジアを中心にその他有力市場に対して積極的にアプローチ ・グリーン、ライフサイエンス、デジタル、フィンテック分野を戦略分野に定め集中投資 ・海外から英国への投資誘致を促進するための新組織の立ち上げ 国がどんどんドライブするといっても、国民がそれを受け入れないことには機能しません。これに関するエピソードを一つ披露させて頂くに、まだBrexit交渉の行方が見えていない頃、英国人の同僚に「なんでもっとBrexitの行方を心配しないの?」と聞いたことがありました。私にはこんな影響の大きい出来事に皆がとても無関心に見えたのです。そのときの同僚は「それをちゃんとまとめてくるのが政府・議員の仕事だ」と答えたのですが、大きな方針は国がドライブするものであり、あとはそれを信頼するのみというマインドセットを国民が持っていることがすごく新鮮でした。うまく表現できないのですが、国、つまりは政治を信じてついていくことができるというのは、なんだか少し羨ましい感じがしました。 身軽になった大英帝国はこれからもチャレンジを続け、新しいビジネスモデルをどんどん生み出していくと思います。ここでのポイントは、生み出されるのが「ビジネスモデル」だという点です。M&Aの目的として技術、顧客、製造拠点、ブランド等の獲得が挙げられますが、ポストコロナでは、ニューノーマルに対応した「ビジネスモデル」を獲得するためのM&Aが主流になる可能性もあります。世界トップレベルのデータ流通量を誇る英国がコロナ・Brexitを契機に魅力的なビジネスモデルを次々と生み出す・・・ これからの英国は要注目です! 最後に、冒頭で申し上げたように、今月から日本勤務となります。皆様との直接会話させて頂く機会も増えるかと思いますので、是非その際に皆様から気になるトピックを教えて頂き、それをブログに盛り込んでいくことができればと思います。何かございましたら、下記連絡先に気楽にご連絡頂戴できればと存じます。
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- 2020.12.31
もういくつ寝るとコロナ明け|欧州M&Aブログ(第27回)
早いもので、2020年も残すところわずかとなりました。「夏には落ち着くといいね」といっていたコロナはその勢いを強め、欧州は年越しカウントダウンならぬ年越しロックダウンが確実な情勢となりました。コロナの話はうんざりな今日この頃ですが、今年最後のブログはコロナに支配された2020年を総括するとともに、2021年の(お願いに近い)展望、そして日本企業が第一四半期に取るべきアクションプランについて考えてみたいと思います。 1. 英国におけるコロナ最新状況 このブログを書いている今、英国は変異種コロナの急拡大というニュースばかりです。世界各国が英国との往来を禁止し、国全体が世界から隔離されている状態となっています。これまではロックダウン下であってもそれなりに多くの人が外に出ていましたが(だから広がっているという話でもありますが)、このニュースが出て以降、街はひっそりし、多くの人が強い不安を感じて過ごしています。英国は大陸欧州各国から毎日ドーバー海峡経由で多くのものを陸上輸入していますが、今ではそれもストップされています。スーパーマーケットでは品切れを恐れた買い占めも始まっているようです。この物流面の麻痺を見るに、万が一ハードブレグジットとなって関税手続きで膨大な時間を要するようになれば、このような混乱は日常茶飯事になるんだろうなと“ハードブレグジット疑似体験”をしている感じがします。一日も早く平穏な、普通の日々が戻ればと祈るばかりです。 出典:https://www.bbc.com/ 2. 2020年総括 さてブログの本題に入ります。今年も様々な出来事がありましたが、欧州に大きな影響を及ぼした重大イベントを3つ挙げるとすれば、以下の3つになることは間違いないかと思います。 1.Brexit - 2020年1月31日 2.新型コロナのパンデミック宣言 - 2020年3月 3.米国大統領選挙 - 2020年11月それぞれのイベントについては、特に詳細な説明は不要かと思います。コロナによるダメージがあまりに大きいためすべてがネガティブに見えてしまいますが、星取表をつけるのであれば、1勝1敗1分けという感じでしょうか。 1.Brexit : 基本ポジティブだが今後の展開ではネガティブ(引き分け) 2.コロナ : ものすごくネガティブ(負け) 3.バイデン大統領 : ポジティブ(勝ち) 3. 不確実性を特に嫌う日本人 前回のブログではテクノロジー関連投資はコロナ禍においても盛況ということを取り上げました。欧米各国が投資スピードを上げている一方、日本企業は未だかなり慎重になっている感じがします。なぜ日本企業が慎重なのかについて、それが国民性によるものかどうかはわかりません。ただ、世界でも突き抜けて高い現金留保額に鑑みるに、日本企業はとにかく慎重に厚く備えるといった傾向があるように思います。とはいうものの、中国、東南アジアやインドなどそれなりに投資リスクが高い地域であっても、あまり躊躇することなく積極的に投資をしています。うーん、こう書くと日本企業は何に対して慎重なんだろうと混乱してきます。 答えを探るべく、先ほどの2020年の重大イベント3つの共通点について考えてみましょう。文字数節約の観点から結論から入ってしまいますが、1.Brexit、2.コロナ、そして3.米国大統領選挙、これらはすべて欧州経済の予見可能性に深く関わっていないでしょうか?Brexitとコロナが将来の予測を難しくした点については言うまでもなく、米国大統領選挙についても、トランプが仕掛けた貿易戦争が欧州を牽引するドイツの経済を著しく不安定なものにしたのは周知のとおりです。 これらの3つが欧州経済に与えている負の影響に疑いの余地はありませんが、日本企業が気にしているのは、「欧州の景気が悪い」という点よりは、「この負のスパイラルがいつまで続くんだろう」という予見可能性のほうだと強く感じます。例えばですが、マイナス成長があと1年継続するとしても、もしそれが1年で決着がつくものという予見可能性があるのであれば、きっと日本企業は積極投資に転じると思います。アジアで積極投資できる理由は、アジアのリスクは対処可能な、不確実性ではない見えているリスクからだからではないでしょうか? 4. 欧州経済の不確実性が消えるのはいつか? また3つの重大イベントの話に戻ります。不確実性が薄まれば欧州景気は回復するという仮定に立つのであれば、「ではいつ不確実性が消えるのか?」は2021年を占う上で重要な質問となります。 Brexitについては、ハードブレグジットになる可能性はそれなりにあるものの、近く決着がつきます。つまり、Brexitにまつわるリスクは、インパクトの大小はさておき近く予見可能なものとなります。貿易戦争については、新EU派のバイデンが米国大統領になったことにより、米国との間での予見不能な貿易戦争のリスクは大きく減少することでしょう。もっとも、バイデンは欧州と共に中国への圧力を継続するとも言われていますので、中国の成長がさらに鈍化するようなことがあれば、中国で多くの車を販売するドイツにとっては不安要素になるかもしれません。 ただ、ドイツ自動車メーカーはコロナ禍にあっても中国売上を伸ばしており、予見不能なリスクではないと思われます。さて不確実性を高めていた3つのイベントのうち、2つは2021年には無くなりそうです。残ったのは・・・そうです、世界が待ちわびるコロナの収束です。コロナの破壊力はあまりに大きく、これが片付かないことには何事にも慎重にならざるを得ません。もしワクチンが大きな効果を示してコロナがコントロール可能となれば(そのようになればいいなと祈るばかりです)、コロナによる不確実性は大きく後退し、欧州域内の投資は急速に回復すると思われます。 いやいや、不確実性が薄れたところで欧州への投資が回復するというのは楽観的過ぎるでしょう、“予見可能な“欧州の不景気はもっと続くでしょうと思われる方もいらっしゃると思います。未来のことは誰にもわかりませんが、歴史に学ぶべく、過去10年ほどの歴史を振り返ってみましょう(下図)。 2010年以降、欧州は欧州ソブリン危機や難民危機、Brexit等大きなイベントが数多くありましたが、GDPの落ち込みが続いた期間は2~3年で、大きな危機であっても比較的短期でしっかりと戻しています。失われた10年という状況にはなっていません。歴史が正しいのであれば、コロナが落ち着けば、欧州は急速に成長に転じるはずです。 急速に回復したあと1年も経てば、良いアセットは既に買収されてしまっている、ないし買収競争が激化してしまっている状況でしょう。「そろそろ回復するな」という回復基調に乗る少し前のタイミングを見逃すことなく、迅速に対応できるよう、2021年の第一四半期は攻めの準備をしっかり実施頂ければと思います。 記憶に残る年となった2020年も残すところあとわずかとなりました。本年度も数多くの買収・売却提案の機会を頂戴しましてありがとうございました。来年も多くのディスカッション機会を頂戴できれば幸甚に存じます。
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- 2020.09.30
コロナが後押しするベンチャー投資|欧州M&Aブログ(第26回)
私事ですが、ついに在宅勤務歴が6カ月を超えました。在宅勤務という非日常が日常となり、それに自分が順応したのか、感覚が麻痺してしまったのか分からなくなっています。世界中の人々が手探りでできることを探す日々ですが、最近ふと人が前例のないことに慣れるにはそれほど時間を要しないんだなということに気づきました。きっとそれはM&Aにも当てはまることであり、これまで検討してこなかったタイプのM&Aが、普通に検討するタイプのM&Aになるケースも増えてくるかと思います。 そうなると「これまで検討してこなかったタイプのM&A」というのは何か?という話になりますが、当然ながらそれは企業ごとに異なります。ただ、一般論で申し上げるのであれば、日本企業にとってはソフトウェアを開発するベンチャー企業への投資または買収というのは、あまり検討されてこなかったタイプのM&Aだと思います。そんなわけで、今回はコロナを契機にベンチャー企業投資・買収検討が日常的なものになるかをお題として、いろいろ考えてみたいと思います。 1. コロナ禍でも盛り上がるベンチャー投資 今年の第二四半期(4月~6月)は、まさに世界中がロックダウンとなった最も厳しい期間でした。多くの企業が「M&Aは凍結」と判断し、とにかく耐え忍ぶ時間だったように思います。しかし、驚くことに2020年第二四半期のベンチャー投資金額は、四半期データ比較でみれば過去3番目に大きい水準でした。 世界におけるベンチャー投資金額は2016年から右肩上がりで増加し、2019年は過去最高を記録しました。2020年は6月末時点で既に2016年を上回る規模となっており(下記グラフ①参照)、もし下半期も同様の規模となれば、コロナにもかかわらず、2019年を上回り過去最高となる可能性もあります。 いやいや、ベンチャーキャピタルと事業会社の投資トレンドは異なるだろうという声もあろうかと思います。そこで、事業会社が関与したベンチャー投資の金額を見てみるに、今年の上半期は過去最高であった2019年レベルで投資がなされており、同様にコロナによる大きな減速は感じられません(下記グラフ②参照)。 そうなんです。コロナ禍でも、もしかするとコロナ禍だからこそ、ベンチャー投資は盛り上がっているのです。 2. Digitalizationを牽引するのはベンチャー企業 前回のブログで触れましたが、コロナはデジタル化の必要性を強く感じさせてくれました。ポストコロナを生き抜くための戦略の柱としてデジタル化の加速を掲げる企業は多いかと思いますが、よくあるのは「うちはデジタル化が遅れている」という認識を持ちつつも、特に抜本的な打ち手は講じていないというケースです。原因としては、特に売上が激減しているわけではない状況で危機感が薄い、またはそもそもデジタル化への対応の仕方が分からないというケースのいずれか、ないしは両方と思います。 危機感が薄いというケースはさておき、「デジタル化への対応の仕方が分からない」というのはある意味当然かと思います。なぜならば、デジタル化がどんどん加速するなかで、今後のスタンダードがどうなっていくかは、誰も分からないからです。では、誰が中心となってスタンダードを作っていくのでしょう?そうなんです。きっとその中心にいるのはベンチャー企業です。 では今ベンチャー投資で最もホットな分野は何でしょうか?実は圧倒的に多いのがソフトウェアベンチャーへの投資です。数字で見れば、2019年は全体の35%がソフトウェア関連の投資でした。今年の上半期でみれば、4割近くがソフトウェアベンチャーへの投資になっています。 ではデジタル化のカギは何でしょうか?そうです、ソフトウェアです。コロナにより加速するデジタル化の流れに乗る形で、ソフトウェアベンチャーへの投資が加速していると見るのが自然かと思います。 ロックダウンの際、「Cash is king」「今は耐え忍ぶ時期」といった言葉が飛び交い、とにかく自粛ムードが続きました。最近でこそ少し緩まってきているように思いますが、日本企業は欧州企業に比べると未だ自粛ムードのように見えます。しかし、世界はこれから本格化するデジタルワールドでの戦いに向けて走り続けています。想像以上の速さで変化するデジタルワールドにおいて、「ワクチンもまだだし、とりあえず今年いっぱいは様子見だな」という具合では、手遅れになってしまうかもしれません。 3. 日本のベンチャー投資は増えている?~イスラエルを例に~ イスラエルに優良なベンチャー企業が多いことは、今では世界で広く知られています。GCAもテルアビブに拠点を有していますが、日々数多くのお問い合わせを頂いています。総合商社や自動車関連企業を中心にテルアビブに拠点を構えている日系企業も多数あり、日本企業のイスラエルに対する関心の高さを感じます。それでは、過去10年間で日本企業によるイスラエル企業買収は何件あったのでしょうか?実はたったの10件です。では、買収でなく、イスラエルに投資した日本企業数は増加しているでしょうか?投資に関しては2016年から2017年に大きく増加をして40社が投資実行をするに至りましたが、そこからは横ばい傾向が続いています(下記チャート③参照)。先ほど見た世界の事業会社によるベンチャー投資件数の伸びからすれば、もう少し伸びていてもいいと思います。 2020年第二四半期には、ロックダウン期間にも関わらず、アメックスを中心とした戦略投資家数社がイスラエルのバイオメトリクスソフトウェア企業のBioCatchに$132.9m(約140億円)の投資を実行しました。コロナによりE-Commerceが急速に伸びていますが、決済関連を中心としたフィンテック関連、そしてサイバーセキュリティ関連は大きな注目を集めています。その他ではデリバリー関連、デジタルヘルス関連、そしてゲーム関連も伸びています。コロナ禍での在宅生活を思えば、伸びて当然と思えるものばかりです。そうなんです。コロナを契機に今後のデジタルワールドの方向性が見えつつあり、その分野に資金が集中しているのです。日本企業は「うちは別にソフトウェア販売会社じゃない」といってソフトウェア投資を敬遠するケースが多いですが、もはや待ったなしかと思います。 ベンチャー投資金額規模でみればUKやフランスはイスラエルを上回りますが、イスラエルはとてもユニークなベンチャーエコシステムを持った国です。欧州ベンチャーを探す際には、是非イスラエルも守備範囲に含めて検討いただくことをお薦めいたします。 ベンチャー企業は有象無象とあり、どこから手を付けてよいか分からないという声もよく聞きます。また、候補を見つけたとしても、当該ベンチャーが保有する技術へのアクセスなど、達成したい目的を達成するためにはどの程度の持分比率を確保すべきか等、投資条件で悩むケースも多いかと思います。そんなときには、是非テクノロジー関連のM&Aを得意とするGCAにご相談を頂ければと思います。是非我々も皆様のブレストにお付き合いさせてください!
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- 2020.07.31
逆方向から見るグローバル化のススメ|欧州M&Aブログ(第25回)
コロナという言葉が日常を支配しています。夏バテならぬコロナバテしていませんでしょうか?最近「Newノーマル」や「Withコロナ」といった言葉を聞きますが、コロナの勢いは未だ衰える兆しがなく、コロナがある生活が通常の生活になりつつあります(嫌ではありますが)。 前回のブログを書いた5月時点では、未曽有の事態ということもあり、世界全体が経済活動もストップさせて状況を静観するという状態でした。しかし7月に入り、多くの国は経済を持ち上げるべく出口戦略に軸足を移しています。出口戦略といってもコロナがなくなることはないのでまさにWithコロナなわけですが、誰も見たことのないNewノーマルの世の中において、企業はどのように成長戦略を描くべきでしょうか?誰にとっても新しい世界の成長戦略を描くことは容易ではありません。 1. Newノーマルにおけるキーワードは? 成長戦略を描くうえで、キーワードがあるとイメージが膨らみます。先日GCAでは全817社1,133名の経営層の方々に対して、「コロナショック対応戦略に関するアンケート」を実施させて頂いたのですが、多くの経営者の方々がキーワードに挙げたのは「デジタル化の加速」でした。在宅勤務やEcommerceの大幅増加からすれば、デジタル化をNewノーマルのキーワードにするのは自然な流れかと思います。欧州でも同じくデジタル化は最もホットなキーワードなのですが、それに加え、ESG(Environmental, Social & Governance)投資における“Environmental”も注目されているように感じます。これは、ロックダウンによって交通量が減少し空気がきれいになることで電気自動車への注目が高まったり、各国政府が公共交通機関の利用を控え自転車での移動を推奨したりしたことが理由です。 ここでポイントになるのは、デジタル化にせよ環境投資にせよ、Newノーマル下における新しいビジネス形態のなかで成長するものが、すべて日本発となるわけではないという点です。これは、例えばコロナ下で大きく伸びたZoom/Teams/SkypeなどのWeb会議システムやAmazon、Netflixを思い浮かべれば明らかです。 2. 日本売上を伸ばすためのグローバル化 ここで、M&Aの目的としてよく挙げられる「グローバル化」の意味について考えてみましょう。M&Aを実施する目的には、顧客・販路獲得、製品ラインアップの拡充、技術の獲得、製造拠点の獲得・・・などさまざまありますが、自社製品を海外で販売するための販路獲得、ないしは海外企業の製品・サービスを取り込んで海外売上高を拡大するためのM&Aが大半です。海外企業を買収するのは海外売上高を増やすために決まっているじゃないかというのはその通りかと思います。でも、「グローバル化=海外売上高拡大」と捉えるのは、日本から海外を見る一方向のグローバル化のように感じます。 では海外から日本を見る、逆方向のグローバル化というのはあるのでしょうか?言うまでもないことですが、日本は世界第三位の経済大国であり、巨大な市場を持っています。今後縮小するとはいえ、大きな市場であることは変わりありません。先ほど触れたWeb会議システム、Amazon、Netflixだけではなく、iPhoneや外車、ワインなど海外製品・サービスは市場に溢れています。あまりに多いので、もはやどれが海外のモノないしサービスと意識すらしないほどです。 これだけ海外のモノやサービスが市場に溢れているにもかかわらず、言い換えれば海外のものは広く日本市場で受け入れられるということが分かっているにもかかわらず、なぜかM&Aを考えるときには、海外企業買収によってその製品・サービスを日本に持ち込んで日本売上を大きく伸ばそうという、海外から日本を見る逆方向のグローバル化の視点は抜けがちです。 Web会議があっという間にスタンダードになったように、Newノーマル下では世界各国で今後新たなサービス・モノがどんどん出てくると思われます。デジタル化について、イギリスではビジネスサービスの分野、特にフィンテック関連で数多くのユニークな企業が産まれています。ドイツがモノづくりのデジタル化で先行しているのはご案内の通りです。環境関連では、北欧やスイスなどの小国も存在感を発揮しています。 日EU間のEPA(経済連携協定)によってフランス、イタリアそしてスペインの食品は今後どんどん身近になります。今年の下半期は、「欧州のモノ・サービスを日本に持ち込む」という視点でも案件ソーシングをしてみるのはいかがでしょうか?案件ソーシングにおいては情報のアンテナを高く上げ、関心領域の情報がどんどん入ってくる仕組みを作ることが重要です。是非GCAメンバーに「こんなアングルの案件情報を持ってきて欲しい」と伝えて頂き、自然と情報が入ってくるようにして頂ければと思います。 最後に、ロックダウン期間はWebベースのセミナーも一般的になりましたが、GCAでも弊社専門家がM&Aの各種テーマについて解説する10分間動画「GCAワンポイント講座」を全29回、配信させて頂きました。 こちらよりアクセスできますので、是非ご視聴頂ければと存じます。小職も欧州関連トピックで一コマ担当させて頂きました。
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- 2020.05.31
コロナはM&Aプラクティスを変えるか?|欧州M&Aブログ(第24回)
コロナの勢いは山場を越えたように見えますが、一方でワクチン開発等による根本的な解決への道筋がついたわけではありません。これからはコロナという見えない恐怖といかに共存していくかに論点が移り、在宅勤務など大きく変わった生活様式は、簡単にコロナ前に戻ることはないと思われます。 リスク(ダメージ)が見えるまでは現状を静観し、M&A含め新規投資は凍結とした企業が大半かと思います。ただ、生活様式を戻す話と同じですが、難しいのは「いつまで待つか」の判断です。この点については、すぐにリスクの全体像が見えるようにはならない、言い換えれば「いつまで待てばいいかの正解はない」ということは皆様もご承知の通りです。ただ、いつまでも投資活動を凍結することはできませんので、リスク承知で前に進まなければならないときがやってくる、これも皆様ご承知の通りかと思います。 とはいっても、山場を越えたコロナも第二の山場が到来する可能性は十分にあります。もちろん、コロナ以外のまだ知ることのない新たなリスクが生じる可能性も十分にあります。M&Aのように大きな打ち手はリスク度外視で進めるわけにはいきません。では、M&A交渉において、見えないリスクはどのように手当てすべきでしょうか? 1. M&A検討段階 これから検討する買収ないし売却については、このコロナ環境下においては状況の見極めは必須です。ただ、とにかく自粛すべきかといえば、そうではないと思います。例えば今回のコロナでは、航空業界を筆頭に、外食、自動車等大きくダメージを受けましたが、E-commerce、教育(オンライン)、デリバリー等、追い風となったセクターも多数あります。追い風になっている、ないしあまり影響を受けていないセクターについては過度に様子見をする必要はないはずです。ステレオタイプに様子見とすることなく、状況をしっかり見極めたいところです。 2. 契約交渉開始後~サイニング前 サイニング前であれば、基本的にはその時の判断でディールの中止・中断をすることができます。ただ、中止・中断する場合でも「今後状況が許せば是非交渉を再開したい」というケースがあると思います。そのようなケースでは中断の仕方も重要になります。「コロナで先行きが見えないから」と一方的に打ち切ることなく、例えば「10月に再度話そう」と約束するなど、可能な限り相手方の関心を引き付けておく工夫をする必要があります。 リスク回避方法は必ずしも案件を進める、進めないのOn/Offだけではありません。それなりにインパクトの大きさが予測できる場合には、「価格の引き下げ交渉」もリスク回避のオプションとなります。買い手の立場からすれば、企業価値算定の前提としていた事業計画が大きく下振れすることになれば値下げ交渉は当然とも思えますが、インパクトがどの程度なのか、またどの程度長期化するのかといった読みは売り手と買い手では異なり、必ず減額できるとは限りません。また、相対交渉ではなく他の買い手候補者がいる場合には、ストレートな値下げ交渉は途中敗退のリスクを伴います。 相手が価格再交渉のテーブルについてくれたとしても、将来インパクトの数値化には正解がないだけに、自分の描くダウンシナリオを主張するばかりでは交渉になりません。そのようなときには、固定価格を合意するのではなく、対価の一部は将来の業績連動にする方法が効果的な場合があります。具体的には、クロージングのときに所有権のすべてを買い取る一方で対価の一部は業績連動にする「Earn-out(アーンアウト)」や、所有権の取得を2回以上に分け、2回目以降を業績連動とする「ステップトランザクション」などの活用です。 もっとも、業績連動は計算式が複雑になりがちであり、また、売り手の立場からは対象会社のコントロールを手放す一方で自分の手取りが対象会社の業績に連動するという仕組みは簡単には許容できないことから、合意は容易ではありません。ただ、将来の業績悪化リスクをカバーするためには業績連動の支払は効果的ですので、将来の業績次第では売り手に大きな利益が発生する設計にするなど、売り手から見ても“旨味”のある提案に仕上げる工夫が必要になります。 価格調整メカニズムも重要です。欧州では契約締結日よりも前の財務諸表(例えば直近の期末貸借対照表)を基準として譲渡価格を固定するLocked Box方式が採用されることが多いですが、コロナの発生を受けて業績悪化傾向が現れている状況においては、想定以上の運転資本の減少や負債の増加などが生じている可能性があります。そのような場合には、クロージング日の貸借対照表に基づき価格調整をするClosing Account方式(日本や米国ではこちらが主流)のほうが有利になる可能性があります。 3. サイニング後~クロージング前 契約書にサインをしたからといって所有権の移転が生じるわけではありません。一定の条件(クロージングコンディション)が充足されてはじめて所有権の移転(=クロージング)となります。サイニングとクロージングが同日になされるケースもありますが、クロージングコンディションに独禁法クリアランスなどの当局承認が含まれる場合には、サイニングとクロージングの間が数カ月空くことになります。ではサイニング後クロージング前にコロナのような対象会社に重大な悪影響を及ぼす事由が生じた場合にはどうすればよいでしょうか?インパクト次第では買収を取り下げたいと思うこともあるはずです。 契約書にサインをしてしまった以上、サイニング以降の事象については契約書で合意した内容に沿って判断されます。つまり、契約書上何ら手当てがなければ、いくら買収を取り止めたいと思ったところで、売り手が許容しない限り取り止めることはできません。 想定し得ない事象をカバーするために、MAC条項(マック条項:Material Adverse Change)をクロージングコンディションに入れることがあります。これは、サイニング以降経営に重大な悪影響が生じていないことをクロージングの条件とするものです。これがあれば、サイニングからクロージングの間にそのような重大な事象が生じれば、買い手はサイン済みの契約を解除し、ディールから撤退することができます。ポイントとしては、これはサイニング時に生じていない事象に対する手当てという点です。つまり、既に発生しているコロナ(COVID-19)について、これからMAC条項でカバーすることはできません。カバーできる対象は、今後発生するかもしれないその他感染症やNewコロナ(COVID-20という名称になるのでしょうか)となります。ただ、後述のように、MAC条項を理由に契約を解除するのは容易ではありません。 最近ボーイングのエンブラエルとの事業統合中止の発表がありましたが、これはMAC条項に絡めた契約解除だったという話もあります。MAC条項は「何をもって重大な悪影響」というのかの定義が曖昧にならざるを得ず、更には感染症や伝染症のような対象会社のみならず市場全体に影響を及ぼすような事象はCarve-out規定(除外規定)としてMAC対象外とされるのが通常です。つまり、コロナのような市場全体に影響を及ぼすようなものは、通常はMAC条項でもカバーできないのです。ボーイングの件は、同業他社に比べて対象会社・事業に不均衡な影響(disproportionate effect)がある場合に限り、MAC事由に該当するという限定が設けられていたため、この点に引っ掛けて争われることになるのかもしれません。 MAC条項は米国案件ではよく見ますが、実は欧州案件ではそこまで数は多くありません。リーマンショック後には欧州でもMAC条項を入れるケースが一時的に増えましたが、プラクティスとして定着することはありませんでした。今回のコロナショックの後にも一時的に増える可能性はありますが、売り手が全くコントロールできないコロナのような事象をMAC対象とすることは、買い手の交渉ポジションが強い場合を除き、容易ではありません。一方で、交渉によりねじ込むことができる場合には、客観的に評価ができる基準を設けることが重要です。例えば、感染症・伝染症により直近の月間売上高が前月または昨年比で50%以上落ち込んだ場合はMACとするなどです。 もっとも、今回のコロナもそうですが、業種によっては影響が表れるまでにタイムラグがあります。そのようなケースにおいては、国家非常事態宣言が出された場合、WHOによりパンデミックが宣言された場合などの形式的に判断できるものをトリガーにするのが理想的かと思います。 最後に、こう言っては身も蓋もありませんが、結局のところM&Aはすべて交渉で決まります。リスクに最大限備えるべく、交渉の引き出しを数多く持つアドバイザーを上手く活用しながら、慎重かつ大胆に交渉を進めて頂ければと思います。 コロナについて、自粛が長引き、気が緩むことが多くなりつつあるように感じます。皆様におかれましては、引き続き最大限の警戒を頂ければと思います。
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- 2020.03.31
コロナショックに思うこと ~シナジー至上主義への提言~|欧州M&Aブログ(第23回)
隔月配信が3か月ぶり(そして今年最初)のブログとなりました。定期配信させて頂くべく、もう少し自分を厳しく躾ける必要がありそうです。 前回のブログを執筆したとき、次回こそはBrexitの結果が見えているはずだからテーマはBrexit特集だと決めていました。実際2020年1月31日にBrexitは成立し、英国の離脱は確定したのですが、本日時点では毎日のニュースはコロナウイルス一色、Brexitはマイナーなテーマとなっています。 コロナは既に生命、経済含むあらゆる面で甚大な影響を及ぼしていますが、そのショックがあまりに大きいこともあり、皮肉にもいろいろ考えるきっかけになっています。身近な例でいえば、「オフィスにいかなくても意外に仕事は回るんだ」といった気づきなどです。とはいえ、私がもっとも深く考えさせられたことは、ウイルス耐性ならぬリスク耐性を高めることの重要性です。前置きが長くなりましたが、今回のブログは、リスク耐性を高めるM&Aというテーマでいきたいと思います。 1. 凄まじきコロナの破壊力=やはり世界はつながっている 米国のアメリカファースト、英国のBrexitなど、ここ数年グローバル化に疑問を呈し、保護主義に舵を切るケースを嫌というほど目にしてきました。しかし、コロナウイルスがあっという間に世界に広がった事実を目の当たりにするに、やはり世界は完全につながっていると強く感じます。これはもはや好き嫌いの問題ではなく、グローバル化という言葉自体不要なくらいに、世界はひとつになっていると言うべきでしょう。 コロナの破壊力はあまりに凄まじく、「こういったときこそ仕掛け時だ」と逆張り的なことを考える余裕もありません。今はじっと身を固めるしかないと思いますが、ずっと身を固めることはできず、いずれは動き出す必要があります。 2. コロナの出口はどのようになるか? コロナは桜の季節までにきれいさっぱり無くなっていて欲しいですが、ウイルス数が徐々に減ることはあっても、どこかの時点でパッとゼロになることはないでしょう。一方で、経済活動はどこかの節目で急激に活発になるのではと思っています。今は近年記憶にないくらいに日々の生活が抑え込まれています。どこかのタイミングで吹っ切れたようにみんながバーッと飲みに行くようになるかもしれません。 経済が動き出したときには、M&Aマーケットも活発さを取り戻すに違いありません。出てくる案件のタイプとしては、コロナにより傷ついた会社の救済案件のようなものが通常より多く見られるかもしれません。ただ、どのような案件であっても、買い手視点で考えればコロナによる傷の深さ、そして将来の回復可能性の見通しを見極めるのは容易ではなく、その意味では不透明感を感じつつの案件検討になる可能性が高いと思われます。 3. コロナの教訓 ~リスク耐性を高める視点でのM&A~ 企業買収を検討する際、シナジーを検討することは重要かつ当然のことです。皆様も社内で「シナジーはあるのか、1+1=3になるのか?」といった議論は頻繁にされているものと想像します。ここで、仮にシナジーが明確に見えない限りM&Aは検討しないという考え方を「シナジー至上主義」と呼びましょう。 コロナのようにグローバルレベルで甚大な影響を及ぼすものは正直お手上げではありますが、自然災害など、局地的にコロナレベルの影響が生じるイベントは今後も継続して発生するでしょう。 もちろん、いつどのようなリスクが生じるかは誰にも分からず、それに備えるというのは口で言うほど簡単ではありません。ただ、今回の件に鑑みるに、経営のリスク耐性をどのように高めるべきかについては、これを契機に大きなテーマとして検討する必要があると思います。 ここでM&Aの効果について考えてみるに、実はM&Aは「リスク耐性を高める」という視点で、最も有効な経営の打ち手の一つなのではないでしょうか? 活動地域、事業範囲、顧客カバレッジを拡大することは、経営のリスク耐性強化に寄与します(もちろん逆のケースが無いとは申しません)。例えば、日本で甚大な震災が発生し日本の業績が厳しくなった場合に、海外で相応に安定している事業があれば、ある程度穴埋めが可能です。すなわち、買収検討においてシナジーばかりに着目するシナジー至上主義からは脱却し、「この買収をすることで経営のリスク耐性は高まるのか」という視点でもバランスよく案件を評価することが、今後はより重要になってくるように思います。 最後に、2019年の欧州M&A総括をしたプレゼンテーションを作成致しましたので、お時間がある際には是非お目通し頂ければ幸いです。ご質問等ございましたら、お気楽にご連絡頂戴できればと存じます。 コロナのない春が来るとよいですね。
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- 2019.12.31
日本企業の果敢な攻めへの期待|欧州M&Aブログ(第22回)
もういくつ寝るとお正月・・・というタイミングになりました。(総括するには早いですが)2019年は皆様にとってどのような年でしたでしょうか?欧州景気については、今年は明らかに下降局面に入りました。ただ、Brexitなど地政学的なイベントも毎月のように起きる今日この頃、世間はもはや不安定なことに慣れつつあり、たくましさすら感じるほどです。今回のブログでは、ひとつの区切りをみたBrexitと欧州を牽引するドイツの失速に触れつつ、2019年欧州M&Aから垣間見られた日本企業の果敢な攻めの姿勢について考察してみたいと思います。 1. Brexit疲れの先にあるもの 2016年の国民投票から3年近く進展が見られなかったBrexit、世間では「何でもいいから決めてくれ」という言葉も漏れていましたが、今月ついに一つの区切りをみるに至りました。「get Brexit done」を宣言するボリス・ジョンソン率いる保守党が、総選挙で過半数を獲得したのです。 出典:https://www.bbc.com/ 12月12日の総選挙当日、たまたまその日は社内のクリスマスパーティーだったのですが、ロンドンそしてマンチェスターオフィスの同僚達は、開票速報を見守りながら熱い政治議論を交わしていました。私は「ボリス・ジョンソンはとんでもない、絶対EU残留だ」というコメントを期待していたのですが、驚くことにそういった発言は全く聞かれませんでした。意外に多くの人がBrexit自体問題ないものと整理してしまっているのです。これが蔓延するBrexit疲れから来るものなのか、Brexitは大した影響がないと見ているのか、心の奥底ではEUの一員であることに居心地の悪さを感じているのかは分かりません。ただ、少なくとも誰もBrexitを英国の破滅の第一歩とは考えていないことは確かでした。 私のなかでは、Brexitは結局のところ、国民にとってどこまでいってもリアリティがない話なんだという結論に至りました。リアリティがないがゆえに「多少経済的にダメージがあっても何とかなる、ボリス・ジョンソンは近く失脚し結局はSoft Brexitになる」といった楽観は消えきらないのです。 とはいいつつ、リアリティはなくとも国民投票をしていれば漠然とした不安から残留という結論になった可能性は十分にあったと思います。事実として、ボリス・ジョンソン率いる保守党は過半数を大幅に上回る議席を獲得した一方、EU残留派・離脱慎重派の野党の獲得票合計は保守党などの離脱派の獲得票数を上回っていました。今回英国がBrexitにまい進することに決まったのは、このリアリティのない話の判断が、国民投票ではなく総選挙に委ねられたことに尽きます。 総選挙となれば、いくらそれがBrexit選挙と呼ばれようが、結局のところ優先されるのはBrexitのようなリアリティのない「国際問題」ではなく、保険や医療、雇用、景気、年金などの自分の生活に関わる、リアリティのある「国内問題」です。各野党は結局Brexitよりも各党の利益を優先することに走り、最大野党の労働党に至ってはBrexitに対する姿勢を明確にすることなく極端な左派的政策を大いにアピールしました。リアリティのないBrexitで野党が一枚岩になることは最後までなく、言い過ぎかもしれませんが、消去法的に、そしてHard Brexitは回避できるという根拠のない楽観により選ばれたのがボリス・ジョンソン率いる保守党だったのです。 さて2020年は、Brexitがどのような方向で決着するのか、要注目です。以前のブログでも触れましたが、イギリス国外売上が大きいロンドン市場に上場する英国企業の株価が大きく崩れた場合には、絶好の仕掛け時です。 2. 「ドイツ大丈夫か?」と思うドイツ人はいるのか? 2019年10月のドイツの工業生産高は前年比△5.3%となり、2009年以降最大の落ち込みとなりました。米国と中国が引き起こす貿易戦争に伴う中国の減速や、Brexitに伴う不透明感の増大など、ドイツの生命線である自動車産業にマイナス影響を与えるイベントが相次いでいることがその原因です。 ドイツにおいて自動車関連の就業者人口は830,000人、関連業界まで広げれば更に2,000,000人追加されると言われており、既にDaimler、Audi、Continental、Boschなどは人員削減の可能性に言及しています。自動車業界の不安がサービス業界に波及し、消費者心理の冷え込みに拍車がかかれば、更なる経済の減速を引き起こすことは間違いありません。 ドイツが風邪を引けば欧州も風邪を引くといわれるくらいに、ドイツ経済の先行きは重要です。個人的には「おいおい、ドイツ大丈夫か?」と思う頻度が高まっているのですが、ドイツ人の同僚と話をすると、「確かに厳しい状況ではあるが、経済とは良いときもあれば悪いときもあるものだよ。今は景気サイクルの底に向かっているだけだよ」と、今回の問題はサイクルの問題であり構造的な問題ではないという楽観的な意見がほとんどです。つまり、多くのドイツ人はきっと落ち込みは一時的なものであり、すぐに成長局面に戻ると信じています。とても頼もしいかぎりです。 Brexitがほぼ確定し、トランプの再選の可能性もある状況において、どのくらい“すぐに”ドイツが回復するかは未知数です。ただ、ドイツの底力を持ってすれば、回復すること自体は間違いのないことでしょう。逆張りではないですが、回復を信じるのであれば、これから数年は優良案件がリーズナブルな価格でマーケットに出てくる好機と言えます。 3. 果敢な攻めを見せる日本企業 既に不透明感が漂っていた2019年の頭には、「欧州はしばらく様子見」という声がよく聞かれました。しかし、蓋を開けてみれば、今年は数多くの欧州案件が発表され、500億円以上の比較的規模の大きい買収案件も15件近く発表されました。11月末には三菱商事と中部電力がオランダ総合エネルギー会社Enecoを約5,000億円で買収予定というニュースがあり、その他ではDICによるドイツBASFのグローバル顔料事業買収やブリヂストンによるオランダTomTomのデジタルフリーとソリューション事業買収など、1,000億円を超える大型案件もいくつか見られました。 米国案件はトランプリスクがあり、成長著しいアジア新興国案件は新興国特有のリスクがあります。そして欧州は歴史的に地政学的リスクが高く、直近では上述のようにBrexitやドイツ失速のリスクが漂います。しかし、今年の日本企業の欧州M&A実績を見るに、80年代後半から積極的な海外展開を続けてきた日本企業にとっては、リスクは意識されてもブレーキとはなり得ないということを強く感じました。2020年も驚くようなイベントが多々起きる年になると思いますが、そんな状況になっても、きっと日本企業は果敢な攻めを見せ続けるでしょう。 本年度も隔月更新の欧州M&Aブログにお付き合い頂きましてありがとうございました。来年も欧州発で様々な情報を発信することができればと思います。 それでは皆様、どうぞ素敵な年末年始をお過ごしください。
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- 2019.09.30
2019年上期振り返り|欧州M&Aブログ(第21回)
秋の気配を感じる日も増え、気が付けば下半期も折り返し地点まできました。今回のブログは、2019年上半期の欧州M&Aを振り返るとともに、景気悪化局面だからこその案件発掘の面白みについて、考えてみたいと思います。 1. 2019年上半期まとめ まず欧州2018年M&Aについておさらいしたいと思います。2018年上半期は過去10年間でもっともM&A案件が多く成立しましたが、2018年下半期は過去5年間で最も低調でした。つまり、2018年下半期から急速にM&Aマーケットが冷え込んだということです。 そこで2019年上半期ですが、結果としては2018年下半期の流れを引きずることなく、一般的な水準に戻りました。M&A金額合計については、前年比でみれば2019年上半期は2018年上半期比33%減、2018年下半期比20%増という水準でした。ただ、過去5年の平均と比べると6%減という水準ですので、平均に近いものの、やや低調でした。M&A件数においては、過去5年平均と比べ9%減という水準で、金額のみならず件数で見ても、2019年上半期はアクティブではなかったというべきかと思います。 2018年下半期からのM&Aマーケットの冷え込みの主な原因としては、①景気の潮目が変わったタイミングであるがゆえに売り手と買い手の価格期待値のギャップが広がり、交渉が決裂するケースが増えた、②景気に対する先行き不透明感による様子見が増えたということが挙げられます。 前者については、売り手は株価が好調だった2017年や2018年上期をベースに売却価格の算段をつけるのに対し、買い手は右肩下がりの株式市場、そして景気の先行き不透明感を前提に価格付けをすることから、双方の価格ギャップが広がりました。2018年下半期は特にその傾向が顕著でしたが、景気後退が明らかになった今では売り手の期待値は下がり始めています。 2. 景気悪化が鮮明に 欧州中銀のドラギ総裁は、景気悪化を背景にマイナス金利の引き下げ並びに量的緩和の再開を決めました。今年10月に8年の任期を終えるドラギ総裁の最後のバズーカともいわれますが、バズーカ級の景気刺激策が必要となるほど、景気の先行きは暗いともいえるかもしれません。 具体的な予測数値を見るに、ユーロ圏では2019年成長率を1.2%から1.1%に、2020年成長率については1.4%から1.2%に引き下げました。インフレ率についても、2019年インフレ率は1.3%から1.2%へ、2020年については1.4%から1.0%へと大きく引き下げました。 景気悪化の主たる原因は複数ありますが、最も大きな要因はトランプ大統領が仕掛けるTrade Warといえるでしょう。Trade War(保護主義と言い換えたほうが分かりやすいかもですね)により、多額の輸出をする中国の景気が冷え込み、中国を大きな貿易相手とする欧州も打撃を受けるという連鎖になっています。 出典:https://www.bbc.com/ ちなみに、欧州の輸出額は世界の3分の1を占めるほどに巨大であり、輸出にブレーキがかかることは深刻な問題です。最近ではTrade WarがCurrency Warに移りつつあり、もし今後ユーロ高が進むようであれば、欧州の輸出は更に打撃を受けることになります。トランプ大統領は「trade wars are good, and easy to win」と言いましたが、米国は圧倒的な経済規模を誇り、また比較的クローズドな市場であることから(=内需が大きく、輸出依存度がドイツのように高くない)、Trade Warに対する耐性が強く、このコメントは的を射ています。Trade warで米国に勝てる国はないでしょう。 今は中国がターゲットになっていますが、ドイツの自動車やフランスのワインなど、欧州が次のターゲットになる可能性も否定できません。特に輸出依存度が高いドイツは、来るTrade Warに備え、国内投資を積極的に行い内需を刺激するといった、輸出異存体質からの大きな方向転換が必要になると思われます。 ただ、何となく景気悪化を悲観するのではなく、ヨーロッパ、特にEU圏に関しては次の3つのポイントを忘れてはいけません。 1. 景気が悪化したといってもマイナス成長になっているわけではない(緩やかに成長している)2. EUは単一の国として見たときに世界最大の経済規模を持つ3. EUは日本にとって、輸出の約11%、輸入の約12%を占める重要な貿易相手であり、日EU経済連携協定(EPA)により一層の加速が期待される 一言で言えば、欧州は成長性が鈍化したからといっても大きな単一市場であることに変わりは無く、さらにはEPAを締結している日本企業こそが、その巨大市場で活躍できるチャンスがあるのです。 3. 景気悪化局面での面白み ここ数年M&A市場を牽引しているPEファンドの動向に変化が現れ始めています。PEファンドは年金基金からの資金流入などを背景に、過去最大の未投資残高を抱えています。潤沢な元手に加え市場が右肩上がりだったこともあり、最近では多少高値掴みであってもどんどんと買収を進めてきたわけですが、景気の潮目が明らかに変わったことから、景気下降局面でのエグジット(売却)の難しさを見据え、買収アセットの選定そして価格設定は以前に増してシビアになっています。 つまり、これまでは意思決定のスピードおよび価格面でなかなか太刀打ちできなかった買い手としてのPEファンドとの競争も、これからは多少容易になってくることが期待されます。さらには、2017年や2018年前半のような高い価格で売却できるという期待はもはや無くなっており、売却価格の期待値もリーズナブルな水準になりつつあります。つまり、売り手としてのPEファンドとの価格交渉はし易くなってきています。 「いや、景気後退局面であればPEファンドも売却せず持ち続けるのでは」という意見もあろうかと思います。そういったケースもあるとは思いますが、数年待ったところで景気が回復するかは分からない状況ですので、多くのファンドは引き続き一定のサイクルで売却を進めると思われます。PEファンドのアセットは引続き要チェックです。 そして、上場会社も要チェックです。上場会社は、理論的には価格次第でいつでも買収できるターゲットなのですが、実際には法制度の違い等で、国によって買収の難易度が違います。例えばイギリスの上場会社は米国と同じく比較的買収が容易ですが、一方でドイツはそうでもありません。 出典:https://www.japantimes.co.jp/ イギリスの上場会社についてですが、Brexitなどの不安定要因により株価を崩す会社がいくつか出てきています。業績も連動して崩れているのであれば別ですが、実際には業績の見通しはそこまで変わらなくとも、株価は大きく崩れているケースがあります。このような会社は言ってみればお買い得ですので、見逃してはいけません。 先行き不透明感で世界全体がモヤッとしている状況ではありますが、情報収集のアンテナは下ろすことなく、千載一遇のチャンスを掴んで頂きたいと思います!
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- 2019.07.31
オリンピックに思うこと|欧州M&Aブログ(第20回)
久しぶりに夏に一時帰国をしました。今年は長い梅雨空が続いていることもあり滞在中青空を見ることはほとんどありませんでしたが、蒸し上がるような暑さに日本を感じました。そしてそれ以上に、オリンピックを一年後に迎える日本のグローバル化を強く感じました。 新幹線に乗れば3分の1は外国人なのではと思うほどですし、タクシーに乗ればオリンピックを見据えた進化を感じることができます。クライアントの皆様とミーティングを持たせて頂くにつれ、常に世界に目を向けている日本企業の強さを感じます。海外で生活をすると、世界で大きなプレゼンスを持つ日本をとても誇らしく思います。 とはいうものの、印象論に過ぎないのですが、一方で日本もイギリスのように二極化しつつあると感じたのも事実です。Brexitが起きた(起きつつあるというのが正確な表現ですね)主な理由として、EUに属することで享受することができる「グローバル化」のメリットを感じない人たちが、国内回帰を強く志向したということがあります。 もちろん、日本市場は巨大な市場ですし、国内で成し遂げるべきことは無限にあるのも事実です。グローバル化すればよいというものではないのも事実です。ただ、「海外企業を買収しても、本当にコントロールできるのだろうか?」という漠然とした不安からクロスボーダーM&Aを躊躇されるケースを目の当たりにするに、日本人はもっともっと攻めてもよいのではと思います。 Digitalizationに代表されるように、世界はあまりに急速に変化しています。海外企業・ファンドが日本企業を買収するというケースも増えてきました。グローバル化を意識することは、好む、好まざるに関わらず不可避になっていきます。そこでオリンピックです。ロンドンオリンピックを開催したイギリスがBrexitを選択したということはさておき、オリンピックはまさに日本がグローバルに開かれた国であることをアピールする場であり、また、日本人がグローバルを感じる場になると思います。このような大きなイベントを通して、日本企業のマインドセットはきっと内より外に向かっていくと思います。 ロンドンオリンピックといえば、イギリスの新首相にボリス・ジョンソン氏が就任しました。ジョンソン氏は2008年から2016年までロンドン市長を勤め、就任期間中の2012年にはロンドンオリンピックに市長として大きく関わっています。フランス語やイタリア語も操る国際派として知られ、ロンドン市長時代には単一市場に加入することの恩恵について話をしていた同氏が、今では「英国版トランプ」と呼ばれ、Brexitを強行に推進しています。Brexitがグローバル化と相容れないとは言わないものの、ある程度は自国重視の内向き思考になると思われます。ジョンソン新首相のもと合意なき離脱となる可能性が高まっていると言われますが、16世紀頃には東インド会社に象徴されるように国際貿易を開始した、いわば“世界で最初にグローバル化した国”イギリスが、その良さを失わない形で妥結すればよいなと思います。 ところで私個人の話となりますが、最近グローバル化の恩恵(というと大袈裟ですが)を感じることが立て続けにありました。GCAは2008年に米国、2016年に欧州のM&Aアドバイザリーファームと経営統合をしましたが、私は欧州チームと協働する日々を過ごしています。今月ドイツ案件そしてフランス案件で、ドイツチーム、そしてフランスチームと案件推進方針で意見が対立することがありました。その対立の原因は、日本人である私が正しいと思う進め方が、ドイツ人そしてフランス人の現地人の常識と食い違っていたことにありました。 要するに、現地人でなければ分からないことは多々あるということです。何を当たり前なことをと思われるかもしれませんが、日本企業に関しては、「販売する製品はグローバルだが、会社自体はローカルのまま」という、現地人の声を活用していないケースのほうが多いように思います。そのようなケースでは、日本国内の売上が圧倒的に大きく、海外売上は小さい場合が通常です。「現地人でなければ分からないことは多々ある」という大前提は、意外に軽視されてしまっているかもしれません。 出典:https://www.japantimes.co.jp/ 景気減速の話がよく出る今日この頃ですが、オリンピックに向けて景気も上向き、開催までの一年で数多くの素晴らしいクロスボーダーM&Aが成立すればいいなと心から思います。ところで、バケーション明けの9月からは欧州ではM&Aが活発になります。金融の量的緩和によるカネ余りでM&Aファイナンスのハードルが下がっていることに加え、株式市場の停滞を受けて年金基金が高利回りを求めPEファンドに投資をしていることもあり、PEファンドの買収余力はとても大きくなっています。ご存知の通り、PEファンドは意思決定がとてもクイックです。PEファンドを相手に高速なオークションプロセスを勝ち残るのは容易ではありません。 勝ち残るポイントは「プロセス前のアプローチ」です。GCAは、経験豊かな150名超の欧州現地プロフェッショナル及び欧州協業先のネットワークを活用し、候補先の調査・選定からドアノック、面談のアレンジ等、対象会社へのアプローチの段階からしっかりサポートさせて頂きます。下半期は皆様と一緒にどんどん攻めていくことができればと思います。何かございましたら、是非GCAメンバーにお声がけください!
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- 2019.05.31
令和 〜ニッポンM&A新時代〜|欧州M&Aブログ(第19回)
いよいよ令和がスタートしました。令和になったからといって何か変わるわけではありませんが、いろいろなことを見直すにはよい機会です。 前回のブログで触れましたが、平成の30年の間に日本企業のM&A件数は劇的に増え、M&Aは企業の成長戦略として自然に意識されるようになりました。とはいうものの、日本企業がM&A巧者になったかといえば、更なる進化が必要です。 平成の間、日本企業はとにかく「ドンドン買収する」でした。一方で、欧米企業は買収のみならず売却もかなりの頻度で実施しています。つまり、売り買いのバランスが取れているのです。 買収一辺倒ではなく、①売却や②経営統合・出資受け入れもオープンに考えることが一般的になれば、日本企業のM&Aは新たなステージに突入したといえるでしょう。さて、令和=ニッポンM&A新時代となるでしょうか?売却や経営統合・出資受け入れのメリットについて、考えてみましょう。 1. 売却=失敗ではない まず①売却について、売却をオプションとして持つことの“買収面での”効用について考えてみたいと思います。 新聞や雑誌で「日本企業のM&Aは大半が失敗である」とよく言われます。大きな損失を出して買収した会社を清算したとなれば、それは確かに失敗というべきでしょう。しかし、そうではない場合、例えば減損損失を出した場合、または買収した会社を売却するに至った場合に、それを失敗と言い切れるかといえば、必ずしもそうではないと思います。 会社は生きています。買収を決定したときの戦略が未来永劫続くわけではなく、それは定期的にブラッシュアップされます。産業のデジタル化の波が押し寄せる昨今では、戦略の賞味期限はどんどん短くなってきています。つまり、ある時点では必要と思い買収した会社が、戦略見直しの結果不要となるケースは、十分にありえます。必ずしも売却=失敗ではないのです。 ちょっと脱線しますが、私個人としては、特に買収案件について、ターゲット企業の業績のみをもって成功か失敗かを判断することに違和感があります。なぜならば、M&Aの成功・失敗は、M&Aを実施した場合としなかった場合を比較して判断されるべきだからです。 とはいうものの、たとえばA社買収後5年経過した時点で、もしA社を買収していなかったら今どうなっていたかを把握することは不可能です。従って感覚論となってしまいますが、買収後10年が経過し、もし「ああ、買収していなかったら今頃生き残れなかったな」と思うことがあれば、たとえ当該企業が過去減損対象になっていたとしても、そのM&Aは成功だったというべきでしょう。 ここで具体例として、欧州M&A巧者のドイツSiemensとベルギー化学大手Solvayの過去20年の買収・売却件数・金額を見てみましょう。 2000年から2019年の両社のM&A件数(買収・売却)と金額合計は以下の通りです。データからは、両社が買収と同じくらいの金額の売却をしていることが見て取れます。Siemensの事業内容を見ると、同社は過去20年で重工業の会社からソフトウェアの会社に変化を遂げています。これは同社がM&Aを活用してデジタル化関連企業を数多く買収する一方で、ノンコアと位置付けた事業を切り離し、事業ポートフォリオの入れ替えを積極的に進めた結果に他なりません。 日本企業は買収の意思決定に時間がかかる、最後の一歩が踏み出せないということが多いといわれます。時間をかけて慎重に検討すること自体は決して悪いことではありません。それは単に日本の意思決定スタイルが他国と異なっているという話に過ぎません。しかし一方で、「基本買収した会社は売却することなく将来保有し続ける」という前提に立つがゆえに、意思決定が過度に慎重になっている側面はあるかと思います。 海外事業に限った話ではありませんが、将来戦略にフィットしなくなった場合、売却検討はされるべきです。売却というオプションをタブー視しなければ、投資判断はもっとフレキシブルになるはずです。令和元年は、一度じっくり売却候補事業について考えてみるのも良いかもしれません。 2. 経営統合・出資受け入れで得られるもの 次に②経営統合・出資受け入れの効用について、特に海外企業の買収により得られるものとの比較で考えてみたいと思います。 ご存知の通り、日本企業が海外企業に(部分的であれ)買収されるケースは数えるほどしかありません。買収される=乗っ取られるというイメージが強いことはさておき、M&Aを活用した成長戦略が「必要なものを買収により手に入れること」と同義になっていることが理由にあると思います。しかし、買収するケースとされるケースで得られるものが大きく違うかは、冷静に考えてみる必要があります。 例えば、デジタル化の世界で生き残るべくドイツA社を買収したいが、そこまでの資金余裕はないと仮定しましょう。もし買収ができれば、A社の顧客網、技術、ブランド等を手に入れることができるわけですが、逆にA社に買収された場合はどうでしょうか?買収というよりはA社との経営統合という表現を使うべきかもしれませんが、形式上は被買収企業になったとしても、結果としてA社とひとつのグループになることに変わりは無く、A社の有形・無形固定資産を用いたシナジー効果を発揮することは可能です。競争環境がどんどんボーダーレスになる昨今、生き残りのためにはM&A戦略は聖域を設けず、売却含めフレキシブルであるべきです。 とはいうものの、実際買収されることに抵抗感があるのは事実です。それでは、マイノリティ出資を受け入れるというのはどうでしょうか?欧州におけるネットワーク構築を主目的に置くのであれば、欧州企業を買収するのではなく欧州ファミリーオフィスからの資本参加を受け入れるのは、面白いオプションかもしれません。 ファミリーオフィスとは、要するに資産家ファミリーが運営する投資会社です。欧州ではかなりポピュラーな存在で、PEファンドのような短期売却によるリターン実現は目指しておらず、長期に渡り継続保有することが特徴です。ファミリーオフィスの投資財源は自身が保有していた事業会社の売却により得られているケースがよくあります。つまり、事業会社のバックグラウンドを持つファミリーオフィスは、特定のセクターにおいて多くのコネクションを持っているケースが多々あります。 欧州市場開拓のために会社を買収したいがそこまでのリスクは取れないというときに、ファミリーオフィスからの資本参加を受け入れて資金を得るのみならず、ファミリーオフィスの力を借りて欧州市場切り込みのきっかけを作るというアプローチは、発想の転換として面白いと思います。 令和がニッポンM&A新時代となり、日本企業がよりM&A巧者になることを、そしてGCAが少しでもそのお役に立つことができればと思います!
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- 2019.03.31
島国 vs 陸続き|欧州M&Aブログ(第18回)
このブログを書いている今週、UKの国会はBrexit関連でお祭り騒ぎです。メイ首相が必死にまとめたBrexit Dealは国会で否決され、No-dealでEU離脱することも否決されました。メイ首相の案は嫌、何も合意せずに離脱するのも嫌。離脱期限はきっと延長されますが、延長したところで大多数が賛成するBrexit Dealは見つからなさそうです。さて、イギリスはどこに向かうのでしょうか? Financial Timesの読者書き込み欄を見ると、BrexitをBrexshitと呼び、残留を賭けての2度目の国民投票を推す声が多数見られます。とはいうものの、国民を代表する国会議員は驚くほど国民投票に否定的です。経済的ダメージを受ける国民は、国益を無視して自分の政治理想を追い求める政治家に苛立ちを露にしています。イギリスのような大国ですら、政治リスクをコントロールできず、企業のビジネス活動に大きな影響を及ぼす状況に陥ります。地政学的リスクに敏感になることは、グローバルでビジネスをするうえで必須といえるかもしれません。 Brexit狂想曲が終わりを告げるのはまだ先になりそうですので、今回のブログは古くて新しい欧州の危うさ、そしてその魅力について、地政学的な視点で考えてみたいと思います。 ところで、あと数ヶ月で平成が終わりを告げます。平成(31年)は昭和(64年)に比べ半分以下の長さです。31年と聞くと平成元年はそんな昔のことではないような気がしますが、平成元年時点で欧州はどんな形をしていたのか見てみると、驚くべきことに・ ベルリンの壁はまだ存在し(ドイツは東と西に分かれおり)、・ ソ連が存在、冷戦は続いており、・ チェコとスロバキアは同じ国で、・ EU自体が産まれていないという状況でした。こうやって振り返ると、欧州がこの30年でいかに進化・深化してきたかに驚かされます。 日本のような島国にいると、国境争いなんて歴史の教科書の話と感じますが、陸続きの国々にしてみれば国境線が固まったのはつい最近の話であり、ロシアのクリミア併合のように、今もなお国境線は動きつつあります。 島国であろうと陸続きであろうと、隣国とは経済的に密接に結びつきつつも争いが絶えないのは世界中どこも一緒ですが、とはいうものの、陸続きの場合には、その地政学的リスクは島国に比して大きいように思います。その意味では地政学的リスクを抑えるEUという仕組みは壮大な平和プロジェクトであり、島国のUKはその想いが大陸欧州と少々異なって当然かもしれません(=同床異夢の顛末がBrexitというべきでしょうか)。 M&Aブログですので、ここでM&Aの話を平成に絡めて無理やり差し込ませてください。 平成元年時点、M&Aは今ほどメジャーな言葉ではありませんでした。日経新聞に出たことがあったかどうかも疑わしいくらいです。日本のM&A件数を調べてみるに、平成元年(1989年)は645件、2018年は3,851件。平成元年は2018年の僅か1/6程度でした。 M&Aはこの30年でとても身近なものになりましたが、クロスボーダーM&Aが活発になったのはこの15年くらいのように思います。欧州においては、日本よりずっと早くM&Aが盛んになりましたが、着目すべきは、欧州の統合深化にシンクロする形で、域内のクロスボーダーM&Aが“クロスボーダー”といえないくらい、日々自然に起きるようになったという点です。逆の見方をすれば、域内クロスボーダーM&Aが欧州統合を深化させているともいえるかもしれません。 では、遠く離れた日本と欧州のクロスボーダーM&Aは増えていくのでしょうか?答えは明確で「Yes」です。その大きなきっかけになり得るのは、誕生して30年も満たないEUという一大経済圏と日本との間で今年2月に発効した経済連携協定(EPA)です。欧州域内では、経済的な結びつきが深まれば深まるほど、その経済圏内でのM&Aは活発になりました。EPAによって日EU間の経済的な結びつきが強固になることは疑いの余地がなく、欧州域内のクロスボーダーがクロスボーダーといえないくらい自然なものになったように、日EU間のクロスボーダーがとても身近なものになる可能性は、十分にあると思います。 欧州各国は長い歴史を持つ一方で、今の国境線の欧州は比較的新しい存在です。数多くの小国が国境を接しており、その地政学的なリスクは決して小さくないですが、EUという仕組みを軸に、うまく地政学的リスクをコントロールできています。具体的な数字で見れば、今年世界経済は失速が見込まれ、欧州においても予想GDP成長率は1.9%から1.3%に引き下げられましたが、Brexitやドイツ経済を牽引する自動車セクターの不調にも拘らず、引き下げられたEU成長率が、島国日本の今年の成長率と同じ水準というところに、地政学的リスクを飲み込みつつ成長する欧州の足腰の強さを感じます。 ある意味「安定」した欧州と、EPAを通じて一層強固に結びつき、クロスボーダーM&Aでさらに強固に結びついていくことができればよいなと日々思います。2019年は様子見の年と言われますが、EPA発効直後の今年は面白い年です。是非積極的に仕掛けていきましょう!