シリーズ記事の記事一覧
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- 2023.06.26
Digitalで切り拓くPE新世代
D Capital株式会社共同代表 / パートナー 梅津 直人 シティグループ証券及びSMBC日興証券にて様々な産業におけるM&Aや資金調達を経験。その後、ユニゾン・キャピタルにて注力領域であるヘルスケア産業の投資担当者として、製薬企業への成長投資や調剤薬局・病院・訪問看護のロールアップ投資を中心に中堅・中小企業への投資及び成長支援を指揮。 日本の中小企業のDXが進んでいない ―― 梅津様の自己紹介をお願いします。 梅津 私は投資銀行でキャリアをスタートさせて、様々な産業のM&Aやエクイティファイナンスなどに取り組んできました。ユニゾン・キャピタル(以降、ユニゾン)が仕掛けた、とある買収案件に関わった際、プライベート・エクイティ・ファンドのビジネスに面白みを感じ、ユニゾンの門を叩いたのが2013年のことです。ミスターミニットやエノテカなどコンシューマーセクターの投資などを担当した後、共同代表の木畑と一緒に、ヘルスケア領域にも携わるようになりました。製薬会社への成長投資のみならず、薬局や病院、在宅医療、訪問看護と投資対象を拡げていき、専門性を深めました。その後、 2021年にD Capitalを設立しました。 ―― D Capitalを設立された際の経緯と社名の由来についても教えていただけますか。 梅津 ミッドキャップのPEファンドマーケットが成熟してきて、言い方を変えるとすごく混み合ってきて、競争も激しくなっています。その一方で、その少し下の階層は、まだプレイヤーが少なく良い案件も多いと見ておりました。ここで差別化された戦略をとるファンドをやりたいと考え、旧知のメンバーで議論を重ねました。 元ユニゾンのメンバーである木畑、重光、さらに重光と同じくゴールドマン・サックス出身の仁木、また木畑と留学時代からの友人であるデータサイエンティストの松谷、そして私。投資のプロとDXのプロが集って「DX×PE」というコンセプトを生み出し、D capitalをスタートさせました。 D Capitalの「D」は、もちろんDigitalという意味合いもありますが、業界をDisruptするような可能性を持つ会社に投資をさせていただいて、経営とDXの支援をする会社になっていきたいという想いも込めています。そして我々はDXを最初の切り口にしつつも、他の様々な経営テーマに対しても柔軟でありたいと思っています。 ―― DXに精通したメンバーも多く在籍されているかと思いますが、御社はどのような体制になっていますか? 梅津 「DX×PE」というコンセプトの通り、投資のチームとデジタルのチームという、出自が違うチームの混成になっています。投資のチームには、コンサルや投資銀行をバックグラウンドに持つメンバーが集まっていますが、デジタルのバックグラウンド持つメンバーがすぐ近くにいるというのは、とてもユニークなことです。例えば木畑はファンドの経験もありますが、直近までJDSCという、DXコンサルティングを生業とするDXベンチャーでビジネスの管掌をしていました。松谷はMIT出身で、その後にNASAでロケットサイエンスに従事し、その後ゴールドマン・サックスでトレーディングの自動化に携わった経験を持っています。他にもデータサイエンティストやエンジニア、ITストラテジストなどデジタルバックグラウンドのメンバーが活躍しているのが当ファームの特長かなと思います。 ―― 様々なバックグラウンドの方とビジネスを進めるにあたり、共通の理念や大事にされている価値観はございますか。 梅津 日本の中小企業のDXが進んでいないという現状認識があります。それは何故かというと、テクノロジーを持つ人とビジネスを推進する人、双方が有機的に繋がることがDXを進める上で大きなポイントであるにも関わらず、現状できていないからだと考えています。この橋渡しをするのが我々の仕事であり、存在意義です。デジタル側の観点のみならず、経営や財務的な観点を理解し融合していくことが組織運営にはとても重要であり、投資先のバリューアップにおいても大きなポイントであるというのが、メンバーの共通認識です。 ―― 投資先に対して、投資チームとデジタルのチームが連動して対応されているのですね? 梅津 おっしゃるとおりです。 テーマは「デジタル人材のハンズオン支援」 ―― いま運用されているファンドの概要について教えていただけますか。 梅津 ちょうど去年の年末にファイナル・クローズを迎えて、いま315億円の初号ファンドを運用しています。機関投資家の皆さまの他、KDDIさんやSCSKさんといったデジタルパートナーの方からもご出資をいただいていることが、特徴と言えるかもしれないですね。 ―― 初号ファンドから300億円を超えられて、非常に大きなアチーブメントだと思います。やはり投資家が御社のコンセプトを大きく評価されたということでしょうか。 梅津 そうですね、投資家の皆さまとの会話の中で、やはり日本のプライベート・エクイティ・マーケットが成熟期にあり、プライベートエクイティが提供する価値もコモディティ化してきているのかなと感じました。この状況下で、デジタルのなかでも、「当社のネットワークにいるデジタル人材がハンズオンサポートを行う」というのは新しいテーマでありアプローチだと思っており、こういった時流を投資家の皆さまも感じておられることがご支援につながったのかもしれません。 ―― 今後の投資について、強化していきたい案件のタイプや領域などはございますか? 梅津 案件のタイプとしては、事業承継の話が一番大きいです。オーナーの皆さんは、DXという単語に関心を持っていらっしゃるけれども、「具体的に何をやるのかわからない」「DXによって自分の会社にどういう可能性が拡がるのかイメージできない」「デジタル人材はどのように確保すればいいのか」などと仰います。それに対して我々が具体的なソリューションを交えた提案をすると、ファンドに売却するというよりは、「会社の次の成長を見据えDXをハンズオン支援する会社に譲る」という捉え方をされて、売却金額の多寡よりもオーナー様の御心に響いているのではないかと思うことがあります。 また、カーブアウトのニーズも結構増えています。カーブアウト案件の際に重要なテーマになるのが、システムやデータの切り出し、スタンドアローン化です。我々は外部に任せるのではなく、まずは内部の人間がアセスメントし、ベストな布陣で対処することができるため、コストや安定性を担保できている自負があります。あとは非上場化です。非上場化して次の成長を作る際、やはりデジタルはどの会社にとっても避けては通れない大きなテーマですので、我々がお役に立てる場面があるというお話をします。 ―― セクターに関しては、何か方針をお持ちでしょうか。 梅津 まず前提として、デジタルの余地はどの会社でもどの産業にでもあると思っているため、あまり業種を絞っておりません。ただ、これまでの実績やメンバーのバックグラウンドとしてはヘルスケアに強みを持っております。医師免許を持つ者、医大でデータサイエンスの講師をしている者の他、私自身もヘルスケアの投資を重ねてきており、引き続き取り組んでいきたいと考えています。あとはB2Cです。これも、強みを持つメンバーがいますので、色んな仕掛けを作っていくことはできるかなと思っています。またB2Bサービスも、引き合いがとても多く、しっかり捉えていきたいです。 DXは単なる省人化ではない。 ―― 投資先に具体的にどのような支援をされているか、お聞かせくださいますか。 梅津 大きく3つのステップに分けています。まずデジタル戦略を策定し、組織を作り、蓄積したデータを整理する、つまりデータを使える状態にするのがステップ1です。次なるステップが事業改善です。使えるようになったデータを基に売り上げを伸ばす、コストを減らして効率化する、あとはキャッシュフローの改善などです。 例えばB2Cのお会社さんで現状のeコマースに新しいチャネルを作りたいというニーズがあれば、目的に沿ったアプリやサイトを作って、お客さんのインフローを確保していく。更にそのアプリやUXをしっかり磨き込み、色々な仕掛けを組み入れていくことによって、お客さんのロイヤルカスタマー化、アップセルやクロスセルを実現し、お客さまのライフタイムバリューを確実に増やしていきます。 よくDXというと省人化みたいに捉えられますが、我々はどちらかというと、これから成長していく部分を最も効率的に回す仕組みを作っていきたいと考えるのです。とある店舗型の営業で、売上情報を日々本部にFAXして、本部ではそれをエクセルに打ち込んで収支を作って、というようなフローが未だ行われています。これでは、店舗が増えるとそれだけバックオフィスの人数も増やさなければならず、労働集約型のビジネスなってしまうのです。我々は情報を一括管理できるような仕組みを整えて業務を改善し、ビジネスが成長してもバックオフィスがパンクせず、人が減っても人員効率が自然と引き上がるよう導きます。 また、在庫を抱えるビジネスにおいて、販売と製造のやりとりがシームレスになっていないことにより、過剰在庫や欠品などの問題がよく起こります。これも過去のトレンドデータを適切に分析して最適な在庫水準が分かれば問題は解消されていくはずで、在庫の圧縮によってキャッシュフローが改善します。このように、売り上げを伸ばす、コストを見直して効率化する、キャッシュフローを伸ばす、これら全てを我々はお手伝いできます。 ステップ3は、まさにトランスフォーメーションの世界で、例えば蓄積した顧客データを基に新しいビジネスを生み出すとか、非連続な成長を作ることです。大きな可能性は秘めていますが、必ずしも誰しもに必要なことではないかもしれません。ステップ2まででも十分に企業は変わると思いますので、まずはステップ1&2でビジネスを盤石にしていくということだと思います。 ―― 他社のPEファンドでは、投資後に外部のコンサルティングファームなどに依頼してデジタルプロジェクトを進めていくケースが多いと思いますが、御社の場合は、インハウスメンバーでご支援をされるというでしょうか? 梅津 そうですね。D Capitalの中に5名、あと、DX Guildと呼んでいるD Capital独自のデジタル人材プールとして30名弱ぐらい、信頼に足る非常に優秀なエンジニア、データサイエンティストなどを集めています。結局、デジタルも属人的な領域であり、いい人材を捕まえるのがとても重要で、一騎当千の世界だと思っています。我々は、投資先の様々なデジタル人材のニーズに対し、インダストリーや技術的な要素などを加味した最適な人材を派遣できるような仕組みを構築していています。 ―― 特に中小企業様だと、悩みはありつつも、プロに頼むとお金が掛かるから二の足を踏むというケースが多いと思うんです。御社のDX支援に関して、単純なコストと捉えられないような工夫をされていますか? 梅津 そうですね、まさに仰る通り、ベンダーロックイン問題はよく見かけます。ベンダー側に主導権を握られてしまってコスト高などに陥るのです。本当に必要なシステムなのか、オーバースペックになっていないか等を見直した上で、元の要件に照らして最適なパートナーを見つけていきます。そういう意味では効率化される部分があると思います。 ―― その設計のところを御社がしっかり担当されるというのがポイントだということですね。 DX×PEを支える「若さ」という要素 ―― 投資先のエグジットについてはどのようにお考えでしょうか。方針や大事にしておられる判断軸はございますか? 梅津 上場であれ第三者への譲渡という話であれ、誰かが株主であることは変わりないと思っています。我々が最も重視していることは、「誰が株主であっても、会社として持続的に成長する仕組み作りを一緒に作り込む」ということです。先ほどお話したステップ1でDXチームを作るとか、DXチームを作りながらステップ2のところまでしっかりと伴走し、それができたらあとは自立自走で自動的に企業価値が上がっていきます。企業価値を永らく最大化していくためには、上場がいいのか誰かの傘下に入ってより強力な支援を得るのがいいのか、この辺りを一緒に考えていきます。 ―― 投資する際もそういった先のことを見据えながら、経営者と議論されているんですね。 梅津 そうです。本当にトランスフォーメーションの可能性が大きく、第3のステップのところを見据えているならば、やはり上場は大きな価値を生む選択肢であり、我々のリターンからいってもそれが魅力的かもしれないですね。 ―― ありがとうございます。少し今までと視点が違う話になりますが、皆さん非常に若いチームで運営しておられて、他社と比べても際立っていますね。 梅津 若造です。(笑) ―― 一方で、投資先あるいは今後に投資対象になり得る会社には様々な経営者の方がおられて、若さゆえに色々と苦労をされたり、逆に若いからこそ上手くいっているというようなお話があればお聞かせください。 梅津:苦労したことは殆どなく、むしろデジタルというからにはある程度の若さが必要になってきます。もはや我々ですら、この業界では老輩です。「デジタルを進めていく中での山あり谷ありを乗り越えるバイタリティーがある」「身を粉にして頑張る」、我々の若さをそのように捉えていただいているように感じます。 ―― 外苑前エリアにオフィスを構えられているのも、個性的ですね。 梅津 我々は半分金融だけど、やっぱり金融とは少し毛色が異なると思っています。ですので、いわゆる業界のオフィス街とは違う所がいいかなと。また、デジタル人材にとって働きやすい、堅苦しくないという意味で、スーツ姿の方が少ない場所を選んだのです。 「我々が壁打ち相手を務めさせていただきます」 梅津 我々の一番の価値は、「ビジネスとテクノロジーの橋渡し」です。「会社の強みやポテンシャルを、我々の持っているネットワークにあるテクノロジーを組み合わせると何が生まれるのか」を、共に考えます。そして、実際に進めていこうとなれば、お金とテクノロジーと我々の人的ネットワークを提供して、一緒に作っていくということなのです。 ビジネス上の題材をご提供いただき議論を重ねることで、何かのきっかけが起きるかもしれません。そうならなかったとしても、おそらくDXの観点からとても意味のある壁打ち相手になれる可能性があると思っていますので、お気軽にご相談いただければと思います。 以上 D Capital株式会社https://dcapital.jp/
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- 2023.04.25
「統合して何が変わった?何が変わってない?」~フーリハン・ローキー×GCA 経営統合1周年記念企画(第5回)
米国のグローバルM&Aアドバイザリー会社フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を受けて、昨年2月22日に社名を変更して1周年を迎えました。M&Aの当事者となったM&Aアドバイザーは何を感じたのか、統合によってどのような変化がもたらされたのか。統合から1年が経った現在、HLのM&Aアドバイザーが統合時の心境や現況を語ります。全5回のシリーズの最終回となる今回は、マネージングディレクター 原田恵一郎の話をご紹介します。 「欧米ではPEファンドの投資を受けることはポジティブなこと。日本でも意識改革が進みつつあります」 ――入社までの略歴と旧GCAでの役割、現在の担当業務をお教えください。 原田 大学を卒業した2001年、日本が不良債権問題に揺れていた時代に会計士として監査法人に入社しました。その会社から2003年に設立された産業再生機構に出向した後、2006年に旧GCAに転職しました。若い頃から倒産した会社の調査や非友好的買収の防衛など特殊なシチュエーションの案件に携わる機会が多く、その過程でプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)の方々と仕事をする機会に多く恵まれました。現在はHL東京オフィスで、PEファンドや総合商社といったクライアントに向けたオリジネーション活動を行うフィナンシャル・スポンサー・グループを統括しています。 ――PEファンド関連案件を多く手がけている米HLとの親和性が高いお仕事ですね。 原田 米国では特にリーマンショック後に多くの資金がPEファンドに流入し、市場が拡大しました。そういったPEファンド向けサービスに振り切った戦略で成長してきたのがHLという会社で、近年は、PEファンドが関与する案件のアドバイザー件数でグローバルNo.1の実績があります。欧米では、事業における「選択と集中」を実行するにあたり、PEファンドが重要な役割を担っています。自社傘下にあることで成長できない事業は第三者に譲り、効率的な成長を促す。伸び悩む事業会社が同業と統合するケースは一見とても親和性が高いように見えますが、実は顧客が被っていたり、人事統合が難しかったりなどのデメリットもあります。他方、独立資本のPEファンドが買収した場合、必要な資金を投入し、新たな活躍のフィールドや機会を提供してくれる。また、経営陣や従業員に対するインセンティブを手厚く設計し、事業を成長させるための合理的な仕組みをしっかりと構築することができるのもPEファンドの特徴です。 ――日本では、まだそういった認識に至っていない印象があります。 原田 日本でPEファンドが創設され始めたのは、金融機関が不良債権の処分方法に苦慮していた時代です。当時は、外資系ファンドが金融機関から不良資産を廉価で買収するケースも多く、そこからファンドの買収=厳しい状況にある会社が買い叩かれるとったイメージが付いてしまいました。ですが、これは当時の日本の時代背景に基づくニーズにPEファンドが対応していたことによるもので、欧米では、事業や会社を成長軌道に乗せるための資金を提供したり、必要な人材を補強することなども重要な役割と認識されています。それどころか、投資のプロであるPEファンドに認められることはポジティブなことであり、事業環境の変化に企業が対応するためには、必要不可欠な存在と考えられているのです。 ――日本で欧米ほどPEファンドが活用されていない理由は?日本でPEファンド市場が大きくなるきっかけとなり得るのは、どういったことなのでしょう? 原田 海外の投資家は日本企業を高く評価しているものの、「会社が一生面倒を見る」という企業文化や制度が根強く残る日本企業は、PEファンドのような先への事業売却を躊躇しがちです。また、米国では年金や私設財団、大学などが資産運用先としてPEファンドを活用していますが、日本のPEファンドの運用資金のほとんどは一部の事業会社や金融機関が支えているため、流入してくる資金の質・量に根本的な違いがあります。とはいえ、日本のPEファンド市場も成長傾向にあり、現在国内でアクティブなファンドは外資・日系合わせて約80社ほど存在します。欧米の規模には及ばないものの、少子高齢化による事業承継問題が社会課題として顕在化したことに伴い、PEファンドを介在させて事業を継続するケースが増えてきました。また、複数の事業を営むコングロマリット型の企業においては、ポートフォリオ・マネジメントの必要性も再認識されてきています。PEファンドには触媒的役割もあります。米国では、PEファンドの傘下に入った後に多くの追加買収を実行し、事業拡大を果たすケースも多く見られますし、オーナーであるPEファンドが何度も変わりながら、成長してきた事業会社もあります。特に日本のような成熟した経済では再編が必然の流れとなる業界も多くありますから、今後は日本でもそうした場面でPEファンドの存在感が増してくると考えられます。 「海外の動向への知見を深め、将来の日本の市場構造の変化に備えています」 ――旧GCAとHLとの経営統合についてお伺いします。いつお知りになり、どのように感じられましたか? 原田 公表前夜、海外発のニュースで知りました。旧GCAで長く会社の変化の過程を見てきましたから、ニュースを見て最初に思ったのは「ついにそのときが来たか」ということでした。買われる側になることも、自分自身の経験からあり得ると思っていました。重要なのは新たな発展につながる相手かどうかということ。その点、近年急成長していたHLは、自分の想像以上に規模が大きく、大いに期待できるパートナーでした。 ――統合による効果を感じた場面があれば、お聞かせください。 原田 HLにはグローバルに非常に幅広くかつきめ細かいセクターカバレッジチームが存在します。最近、日本のPEファンドがある投資先の売却を検討する案件があったのですが、すごくニッチな業界だったにも関わらず、HLには米国にも欧州にもその業界を見ているバンカーがいました。プレゼンテーションでは、日欧米のバンカーをオンラインでつなぎ、買い手候補となる企業の直近の動向を伝えるとともに、売却の成功に必要な戦略的プロセスについてきめ細かく提案。HLだからこその体制が高く評価された結果、その案件のアドバイザーに任命していただきました。統合後は、グローバルマーケットの最新動向を把握できるようになり、3歩先をいく欧米のような案件が日本でもいずれ発生するだろうという意識で活動するようになりました。PEファンド自身の運営のあり方についても欧米から多角的な情報を得ることができますし、知見は飛躍的に深まったと感じています。 ――統合前からご担当業務で心がけてきたことは?統合による変化はありますか? 原田 我々のチームは、多様なリスクマネーへのニーズに対して適切なソリューションを提案し、産業とリスクマネーを結び付ける役割を担っていますから、全産業を俯瞰して、今資金を必要としている業界にアンテナを張って、その業界の担当者とチームワークよく仕事を進めることと、クライアントであるPEファンドごとの特徴を深く理解することを意識しながら活動しています。資金ニーズがある会社に対して最もフィットするPEファンドをご紹介するためには、常に多方面とのリレーションをキープしておく必要があります。我々のチームのクライアントはプロフェッショナル。お互いにリスペクトしていないと理想的な関係は築けません。中には「ここだけの話」が重要になることもありますから、強固な信頼関係が不可欠なのです。米HLのフィナンシャル・スポンサー・グループは、自分たちが成し遂げてきたことに対して大きな自信を持っており、そのノウハウを日本でも展開できることが将来のビジネスの発展につながると確信しています。一方、日本のPE市場は発展途上ですので、日本の現状を理解してもらいながら、将来を見据えた戦略について米国の担当者と議論を重ねている段階です。 ――情報収集能力、分析力、想像力、提案力などが求められるお仕事ですから、後陣を育てるのは大変ではありませんか? 原田 私自身がいろいろな先輩にご指導いただきながら多くの経験を積み、ネットワークを築き、知見を深めてきました。担当する案件はタフなものが多いですが、後輩にはクライアントとの会話や議論に極力参加してもらっています。若いうちからクライアントと強固な関係を築いていくことは重要で、大企業のような人事異動などがあまりないPE業界では、それが一生続くリレーションになります。1つ1つの経験は将来必ず役に立つ。後輩たちもそういった視点でこの仕事を楽しんでくれていると思います。 「統合によるリソースの拡大を、クライアントの皆様の課題解決に役立てます」 ――では、最後にご自身が担当するセクションの視点で読者にメッセージをお願いします。 原田 ではまず、事業会社の方に向けたメッセージを。日本のPEファンド業界は歴史が浅く、規模もそれほど大きくありませんでしたから、その業界を長年専門とするバンカーがいるファームは当社以外に多くは存在しないと思います。私自身は時間をかけながらあらゆる規模のPEファンドとのリレーションを築き上げてきました。各PEファンドの特徴や目指しているビジョンも把握していますから、PEファンドを活用する余地のあるシチュエーションでは、ベストなパートナーをご提案する自信があります。PEファンドの活用は、あらゆる事業の課題を解決するための選択肢の1つ。業界動向や世界の潮流を見ながら、最適な活用方法を一緒に考えることができればと思います。そして、PEファンドの方々に向けたメッセージです。HLはPEファンド案件においてグローバルNo.1のファームです。そこに至るまでにブラッシュアップされてきたノウハウを日本でも展開し、皆様のお力になれるように尽力していきたいと考えています。どんなシチュエーションに対してもアイデアを提供したり、実行のための具体的な提案ができると思っていますので、ぜひ今後ともよろしくお願いいたします。 ――ありがとうございます。これからもぜひ厳しい状況にある日本の事業会社を救ってください。今後のますますの活躍を期待しています。 【話し手】フーリハン・ローキー株式会社 マネージングディレクター 原田 恵一郎大学卒業後、2001年より監査法人にて監査、財務デューデリジェンス業務を経験し、2004年からは株式会社産業再生機構にて、支援先の財務リストラクチャリングや投資後の事業改善支援を担当。2006年の旧GCA入社後は、事業再生、有事対応(非友好的買収/防衛)、カーブアウト、LBOファイナンス、ベンチャー買収等、多種多様なM&A案件のエグゼキューションをリードしてきた。近年は、フィナンシャル・スポンサー・グループの責任者としてPEファンド及び総合商社向けのオリジネーション活動を統括。特にPEファンド各社との間に広いネットワークをもつ。2001年慶應義塾大学商学部卒。
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- 2023.04.12
「統合して何が変わった?何が変わってない?」~フーリハン・ローキー×GCA 経営統合1周年記念企画(第4回)
米国のグローバルM&Aアドバイザリー会社フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を受けて、昨年2月22日に社名を変更して1周年を迎えました。統合から1年が経った現在のM&Aアドバイザーの思いを全5回シリーズでお届けしています。4回目となる今回は、新卒で旧GCAに入社した次世代を担うプロフェッショナル、ディレクターの和島功樹、平川俊輔、石川奈々江の3人が入社当時の様子や統合による変化などを語り合います。 「入社当時のGCAは業界の新興勢力。いろんな意味でチャレンジングでした」 (和島) ――まず、旧GCAに入社された経緯をお教えください。 和島 私は2010年4月に新卒第1期生として旧GCAに入社しました。就職活動では金融業界を中心に採用試験を受けていましたが、GCAが新卒採用を始めると知り、興味本位で面接を受けることにしました。ところが話を聞いてみると経営理念には共感できたし、面接官の人柄も素晴らしかった。それで入社を決めました。GCAは創業してまだ5年の会社で、投資銀行が先導していた業界の新興勢力でしたし、欧米流M&Aのプラクティスを日本に定着させるための勝負をしている段階でしたから、入社メンバーは、それに参画したいという気持ちが強かったと思います。 平川 同じく2010年の新卒第1期生です。就職活動はM&Aができる金融機関に焦点を絞っていて、GCAにも興味があったのですが、当時は新卒採用をしていなかったのです。ですから、新卒採用を始めると聞いたときには迷わず応募。いつか中途採用でも入りたいと思っていた会社ですから、新卒で入れてラッキーでした。 石川 私は2011年入社の新卒2期生です。理工学部出身ですが実家が自営業をやっていたため、経営に興味がありました。その中でもM&Aは経営の最も重大な意思決定をする局面ですから、M&Aアドバイザーという職種にとても興味がありました。就職活動では同業他社含め多くの会社の面接を受けましたが、GCAの方々は会社説明会でも面接でも「M&Aの仕事がいかに面白いか」を熱く語っていて、最終的にはその熱意に惹かれてGCAを選びました。 「統合によって働き方や意識が変わった。新しいことへの挑戦は楽しいです」 ――HLとの経営統合についてお伺いします。統合についてはいつお知りになり、どのように感じられましたか? 平川 正式に発表されたときにはショックを受けましたが、買われる側はなかなか体験できませんから「この経験は絶対にアドバイスに活かせるぞ」と前向きに考えようと思いました。 石川 渡辺前社長と営業活動をしていた当時、「日本企業はグローバル戦略を買い手側として検討することがほとんどだが、実は売り手側になるのも有効なオプションだ」 と聞かされていました。グローバル企業の傘下に入ることでグローバル経営のノウハウを学ぶことができるとよく仰っていましたから、ニュースを聞いてまず頭に浮かんだのは「渡辺さんはついに自分でやることにしたんだ」ということでした。そして、その渦中に自分も身を置けるというワクワク感でいっぱいでした。 和島 私もショックよりは期待感のほうが大きかった。最初はHLをあまり知らなかったのですが、知れば知るほどすごい会社だと思いました。 ――経営統合から1年、お仕事に変化はありましたか?統合効果を感じるような場面はありますか? 平川 実務に変化はありませんが、欧米とのコミュニケーションは一気に密になりました。旧GCAの日米欧オペレーションは3極体制が基本。それぞれが独立していて一部を連携する程度でしたが、今は海外から頻繁に連絡が来ます。また、体系的にHLのグローバルなベタープラクティスを導入できるという点が、一番大きな変化かもしれません。無駄が減って効率化しているという実感はあります。 和島 HLはきちんとした戦略に基づいて成長を続けている会社。そことの統合によってフィールドがいきなり広がり、視野も広くなりました。 石川 今はシステム統合も進められています。旧GCAのシステムがHLのプラットフォームに完全に統合されれば、これまで以上にグローバル情報にアクセスしやすくなりますし、グローバルでのワンチーム感もいっそう深化すると思います。 「米HLと旧GCAの違いは市場の違いに由来するもの。日本でのベストを模索すべき」 (石川) ――グローバル市場では買い手側代理人になることが多かった旧GCAと売り手側に立つことが多い米HL。その違いとこれから日本チームが目指すべき立ち位置についてよく議論されていますが、それについてはどう思いますか? 石川 その違いはM&A市場の性質の違いに起因していると思います。そして、私は必ずしも日本チームのやり方を急に変えるべきとは思わず、日本市場にフィットする立ち位置を模索していけばいいのではと思っています。 和島 個人的には、問題が顕在化してから悩めばいいと思っています。M&A市場はすごく大きい。売り手側・買い手側のコンフリクトで悩む場面が生じるのなら、それこそハッピーな状況でしょう。 平川 市場のニーズに応えることが私たちの仕事。HL自体も、今まさに日本市場やアジア市場の傾向などを分析しているところではないでしょうか。 「統合効果を最大化するのは自分たち自身。これからの数年間が勝負だと思っています」 (平川) ――今後、どのように変わっていくと思いますか?もしくは、どのように変わることを期待していますか? 平川 海外拠点との連携や協業が増えるでしょうし、増えなければいけないと思っています。案件が発生してからだけではなく、交流機会も増えたほうがいい。皆が当然のように国境を超えて行き来し、価値のある情報を持ち帰って自国のクライアントに紹介するといった動きが活発化することが統合効果最大化の正しい形のような気がしています。 和島 サービスラインを増やす動きも活発化するでしょうね。米国ではすでにブランドとなっているHLのファンドポートフォリオや訴訟のバリュエーション、海外投資家を日本に呼び込むためのリーチなど、まだ日本にないサービスは、今後の日本経済に好影響を及ぼせる可能性があると思います。HLとの経営統合によって旧GCAが掲げていた「日本発」の看板は外れましたが、M&Aに特化したグローバルなアドバイザリー会社であることは変わらず、かつ、これほどの規模のグローバルプラットフォームを有するM&A会社として日本唯一の存在です。そのユニークなポジションの価値をいかに最大化するか。まだまだ大きな伸びしろがあると思います。 平川 過渡期にある日本のM&A市場では、日本企業が買収側になるだけでなく、積極的に海外の資本やノウハウを受け入れるようになることが求められていると思います。HLとしても、そのような提案を行えるケイパビリティが強化されたと感じます。今回の経営統合は、第二の創業のようなもの。トップを走る先輩たちから襷を受ける次の世代、そして我々世代が変化を促せなければ、もう変化のチャンスは来ないと思っています。新しいブランドの下で、我々の価値を再び日本のM&A市場にアピールしていける状況になったのですから、ここから5年ほどでしっかりと我々の市場でのポジションを確立する必要があると感じています。 和島 HLはグローバルをシームレスに機能させる仕組みが整っている、真のグローバルM&Aファームです。統合による新体制はまさに新たなスタート地点ですし、グローバルなプラットフォームで働けるワクワク感もあります。それによってお客様にも新しい価値を提供していけることが、ものすごくハッピー。私自身は、これからもこの状況変化を楽しんでいきたいと思います。 平川 自分にとって、M&A業界の楽しさはこれからも変わらないと思います。説得したり調整したりの苦労を重ねて、でも最終的にM&Aが成立すれば、それは売り手も買い手もハッピーだということ。それがこの仕事の根本的な魅力ですし、楽しさです。これからは、HLの一員として市場に新しい提案をしていける存在になっていきたい。まだ日本国内でそれほど認知されていないブランドですから、新しいことにどんどん挑戦していけると思っています。 ――今日は産休中の石川さんにもご参加いただきました。4月から復帰とのことですが、不安などはありますか? 石川 もちろん復帰への不安はあります。とはいえ、業務内容そのものは統合前から変わりませんし、古くからのメンバーも居ますから、復帰して育児もこなすイメージはあります。統合によっていきなり仕事のやり方の大幅な変更を迫られたりしていたら、復帰は叶わなかったかもしれません。システムの一部が変更になったと聞いていますが、その程度の変更は何の問題もないです。 平川:会社として激動の1年、プライベートでも激動の1年。 石川 面白い状況でしたね。この会社じゃなかったら耐えられなかったかも。会社とプライベートの変革時期が重なるなんて、なかなか体験できません。本当に大変なのは育児と仕事を両立させるこれからだと認識していますが、こなせると思えるのはこの会社だからこそです。 和島 会社には社員のプライベートの充実を応援してほしいと常々思っています。そういう意味で石川さんはパイオニアであり女性スタッフの希望になる。業務が属人的なプロフェッショナル集団の会社は産休や育休が取りにくい印象がありますが、体制構築のためにも、石川さんの頑張りには期待しています。 【話し手】フーリハン・ローキー株式会社ディレクター 和島 功樹2010年にGCAに入社。インダストリアル・カバレッジ担当として、エネルギー、エンジアリング、重電業界を専門とする。多くの国内外における買収・売却案件および統合案件を担当。東京大学工学部物理工学科卒、東京大学大学院技術経営戦略学専攻修士課程修了。 フーリハン・ローキー株式会社ディレクター 平川 俊輔2010年にGCAに入社。コンシューマー・カバレッジ担当として、食品、流通、一般消費財業界を専門とする。多くのクロスボーダー案件および国内案件を担当。2014年にインド(ムンバイ)オフィスに駐在。一橋大学経済学部卒、一橋大学大学院 商学研究科経営学修士課程修了。 フーリハン・ローキー株式会社ディレクター 石川 奈々江2011年にGCAに入社。ヘルスケア/ライフサイエンス・カバレッジ担当として、医療機器、診断・研究用ツール、ヘルスケアIT、製薬関連サービス業界を専門とする。多くのクロスボーダー案件および国内案件を担当。早稲田大学先進理工学部卒。
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- 2023.04.04
日本のグッド・カンパニーをグレート・カンパニーに
株式会社日本産業推進機構(NSSK)代表取締役社長 ESGコミッティー議長 津坂 純 1983年ハーバード・カレッジを卒業、ハーバード・ビジネススクールにてMBA、マサチューセッツ工科大学(MIT)においてAdvanced Management Certificate in Innovation and Entrepreneurship を取得、アメリカでの米系投資銀行におけるバンカー経験の後、2006年よりTPGキャピタルの元パートナー兼投資委員会委員、及びパートナー選定委員、TPGキャピタル株式会社の元代表兼パートナー及びマネージングディレクターを歴任。 2014年に日本産業推進機構(NSSK)を設立し、最高投資責任者、ESGコミッティー議長、および株式会社日本産業推進機構の代表取締役社長を務める。それ以外には、MITが提供している経済発展を目指した教育プログラムであるMIT地域起業創生加速プログラム(MIT REAP)の東京チーム共同委員長や、日本ハーバード・クラブのプレジデント、経済同友会会員、故稲盛和夫氏が塾長を務めた盛和塾のメンバーとしての活動などに参加。 ディレクター 岩見 誠人 NSSK参画以前はプライスウォーターハウスクーパースに勤務。監査業務を経て10年以上に亘りM&Aのアドバイザリー業務に従事。NSSKには2016年に参画し、多くの投資先の新規投資および投資後の支援に携わる。公認会計士、立命館大学経営学部経営学科卒業。 シニアマネージャー 浜村 誠 NSSK参画以前は大和証券株式会社にてM&A案件に従事。NSSKには2018年に参画し、多くの投資先の新規投資および投資後の支援に携わる。神戸大学経営学部、ノースカロライナ大学(MBA)卒業。 「富士山と日の丸」に誓った日本への想い ―― 津坂様の自己紹介と、御社を設立された経緯についてお教えください。 津坂 大学を卒業後、米国でバンカーとしてのキャリアをスタートしました、世界で最も進んだ米国のプライベートエクイティ(以下「PE」)に関わる業務に身を置き、そこで改めて日本を見つめるなかで、日本には潜在力の高い魅力的な中堅・中小企業が数多く存在することに気づきました。当時の自分の仕事と照らし合わせて考えたときに、PE投資家は、今後日本経済において重要な役割を果たすであろうし、そうであれば既にマーケットが確立されていた米国の最先端のノウハウや経験を伝えるのが自分の役割だと思い帰国しました。帰国後に代表職に就いたグローバルファンドで、グローバルに通用する投資手法、業務改善の方法などのベストプラクティスや世界の投資家の見方といった知見を蓄積し、それらをより多くの機会で活かすべく、2014年に当時の仲間と一緒にNSSKを設立しました。こうした来歴もあり、我々NSSKは「グローバル企業での投資や投資先支援の経験を有するメンバー」で構成された、「日本発の独立系投資会社」であることが特長であると考えます。 (津坂氏) ―― 御社名はとても特徴的で、会社のロゴもユニークですね。どんな想いが込められていますか? 津坂 創立以前から「日本のために仕事がしたい」という強い想いを持ってきました。我々が日本の企業をお手伝いすることで「日本のグッド・カンパニーをグレート・カンパニーへ導きたい」と。そのような想いをどう形に落とし込むかは悩みましたが、最終的には僭越ながら日本の象徴である富士山と日の丸をモチーフとしたロゴを作りました。また我々は、働く上での最も重要な指針として、「人として正しいことを貫く」ことを全ての判断軸に置いています。利益や投資リターンの追求よりも前に、自分たちの支援が投資先企業の従業員やその家族の幸せにつながるかを問いますし、従業員の皆様には誇りを持って働いていただける会社へと成長する支援をしたいと考えています。 ―― 前職の代表を務められていた頃から、NSSKを設立されて現在に至るまで、時代も大きく変わりました。日本におけるPEマーケットの現状をどのように捉えていらっしゃいますか? ここ20年で、PE業界は着実な変化と進化を遂げています。まずは、世間の見方の変化です。2000年代前半は「ファンドに買われる」という言葉に込められていたのは、いわゆるハゲタカのイメージでしたよね。そしてそのネガティブなイメージはとても強かった。しかし今となっては、誰もPE投資家をそのような悪役とは見ていないと思います。企業の成長パートナーとしての実績が積みあがる中で、徐々に良いイメージに変わってきたと思いますし、PE投資家の役割への認識が醸成されてきたように思います。 そして、事業承継案件の増加です。PE業界における事業承継案件の比率は5割以上と認識しており、我々に投資していただける投資家の方々も日本における事業承継案件のプレゼンスには大いに注目しています。事業承継案件に関与していなければアクティブなPE投資家と見做されないといっても過言ではありません。家族経営の企業や、オーナー様が一代で築かれた企業などでは、自分たちの会社をどうしていくべきかについては常日頃から議論されていると思います。一方でグローバルあるいは日本の経済の状況、国としての状況、技術の進歩など取り巻く環境の変化により、正しい舵取りのための手法や知識は様変わりしており、難易度も増しています。そのような中で、事業承継案件の担い手としてPE投資家が台頭してきており、自社の成長戦略実現のために、日本のオーナー企業にとってPE投資家を上手く活用していくことが重要な選択肢の一つになってきているともいえます。昨今のGDP低成長時代において、投資家、経営者、従業員、顧客など企業の活動を取り巻く様々なステークホルダーから期待される存在として「PEの黄金時代が始まっている」と、私はそんな風に時代を読んでいます。 世界で最も脚光を浴びている日本のPEマーケット ―― NSSKが管理するファンドには、海外の投資家も多く出資をされていると聞いています。世界の投資家は、日本の投資環境をどのように見ているのですか? 日本は世界3位の経済大国であり、透明性のある世界水準の資本市場を有し、国内消費の割合も高く、経済も安定しています。ここだけ切り取ると、投資環境としては遜色ないのですが、PE投資家が関与する案件数自体はそう多くない時代が続いてきました。近年、活動実績が積み上がってきたことで海外の投資家からの信頼を得て、ようやく彼らが日本のPEに投資する「良い条件」が揃ったと見ています。 日々生活していて自国の悲観的な事実やニュースにしばしば触れていると気づかないのですが、実はPEの世界では日本のマーケットが一番脚光を浴びていると考えています。たしかに、日本は世界各国との比較では緩やかな経済成長ではありますが、グローバルで幾度となく危機的状況が生じたなかでも、全体として安定感があり、ボラティリティが小さく、レジリエントな市場であるというのは、大きな強みであると考えています。 ―― ファンドの概要と、組織体制や陣容の特徴についてお聞かせください。 現在管理している複数ファンドの合計で約1,500億円のAUM(Assets under management:運用資産残高)を運用しています。LP投資家の過半は世界を代表する年金や政府系機関であり、NSSKへの厚い信用と信頼の証だと自負しています。主に、業務改善を支援し、投資先企業の価値向上のパートナーとして寄り添うバイアウトファンドと、ESG活動の一環として地域の活性化のために運用しているインパクトファンドに分けられます。 投資チームのメンバーは、金融、コンサルティング、事業会社など多種多様なバックグラウンドを持ち、女性も活躍しています。また、投資チームと共に大きな役割を担っているのが、業務改善を支援するNVP(NSSK Value-up Program)チームです。オペレーショナルなノウハウを最大限に活用してハンズオン支援をします。2014年の設立以来、30件を越える投資実績と世界の最新の業務改善ノウハウによって、企業ごとの最適なアプローチを創造・実装・実践しています。メンバー全員が高いプロフェッショナル意識を持ち、常に高い志と前向きな姿勢で業務に取り組んでいます。 ―― ファームによっては投資担当者がバリューアップも兼任される場合もありますが、御社のように専門人材を抱える狙いはどこにありますか? 津坂 改善のスピードや効果を考えると、専門家のアプローチが一番効率の良い方法です。その分コストはかかりますが、投資ですから必要な経営資源は投下します。投資先企業には、我々から人を派遣するのではなく、まずは投資先企業において必要な追加人材を採用していただくのが基本スタイルです。これに加えて、業務改善に深い知見を有する専門人材と、数々の投資案件において課題解決と価値向上の実績と知見を有する投資チームメンバーが一体となり、投資先を強力にサポートしていきます。 ―― これから注力される案件の形態や業界など、今後の戦略をお聞かせください。 津坂 まずは事業承継に引き続き注力します。案件数の半分程度は事業承継案件が占めるという構造は大きくは変わらないと思います。それ以外にはカーブアウトや、非上場化などの案件にも取り組んでいきます。投資対象としては、投資先企業の多様化を意識しており、幅広い業態の知識や知恵をフル活用して支援し、さらに知見を蓄えてより実力を上げていくという考えです。具体的な注力領域としては、例えばサービス業やコンシューマー事業であれば広義のヘルスケア、ウェルネス、教育といった日本の中でも重要なテーマ性のある領域や、製造業であれば成長性のあるニッチな分野で活躍している企業に注目しています。 ―― ESGへの取り組みも目立ちますが、どのような活動をされているのでしょうか。 (2022-2023 NSSK ESG 年次報告書) 津坂 ESG活動はNSSKにとって最も重要なもののひとつです。ESGに真剣に対応することは、社会的責任に応えるのみならず、投資先企業の価値向上につながるものであると真剣に考えております。NSSKは設立以来、ESGの基本方針を定め、現在は投資プロセスの一環として各投資先においてESGリスクや改善点を外部のエキスパートと共に分析し、改善につなげることで実践しております。また外部に向けては、国内のGPとして初のESGの年次報告書を毎期刊行し、NSSK投資先企業の従業員によるESG活動の成果と取り組みを報告しております。さらに、日本国内の活動のみにとどまらず、国連が支援するPRIに署名しており、日本のGPとしては初めて、インパクト投資の運用原則に署名し、さらに2022年2月には同原則のアジア太平洋地域の議長に選任されました。このように、PRI 及び IFC といった外部機関と協調し、我々のコミュニティ及びアジア地域における ESGを推進しております。 社内にESGを専管するチームを設けそのチームが中心的に活動していますが、組織として浸透させ、実践していくためにも、私自身がNSSKのESGコミッティー議長を務め、あらゆる活動に積極的に参加しております。活動規模も、投資先が増える中で多様化しております。例えばNSSKグループの投資先全体として、雇用社員数が12%増加しています。女性従業員や女性管理職比率の向上も積極的に推進しており、CEO/COOの40%が女性またはマイノリティ、全投資先12,000人以上の従業員の70%が女性、管理職の35%が女性です。これは、私たちが最初にこれらのビジネスに投資したときと比べると、大きな増加です。ESGの取り組みは奥深く、状況を把握し、目標を定め、達成の方策を検討し、実践するという、投資先の価値向上のための方策と全く同じアプローチで、着実な取り組みを続けることが重要と考えています。投資先企業における意識も着実に高まっており、我々も責任ある行動を実践できていると実感します。 経営支援の実績とフィロソフィーへの共感から繋がった縁 ―― では、最近フーリハン・ローキーがエグジットのお手伝いさせていただいた、ウェルネス分野「Welfareすずらん」様を例に、ご担当者から詳しく御聞かせいただきます。簡単に自己紹介をお願いします。 岩見 当社入社前は、PwCグループで会計監査やIPOの支援業務に携わった後、PEファンド向けにM&Aアドバイザリーに従事しておりました。2016年に当社に参画し、8年目に入りました。 浜村 同じく入社前は大和証券でM&Aアドバイザリーを行い、よりプリンシパルの立場から携わりたいと2018年に当社に参画し、その後、一貫して投資チームで案件に従事しております。 浜村氏(写真:左)と岩見氏(写真:右) ―― Welfareすずらん様ついて教えてください。 浜村 Welfareすずらん様(以下、すずらん様)は2011年に設立され、名古屋市を中心に介護事業を展開されています。「全従業員の物心両面の幸福を追求し、利用者様、全ての方々の健康増進に全力を尽くす」を企業理念に掲げ、住宅型有料老人ホーム、障がい者グループホーム、認知症対応型グループホーム等計12施設を展開しております。主力である住宅型有料老人ホームでは、施設に訪問介護・訪問看護ステーションを併設し、協力医療機関との連携を行いながら、充実した在宅療養体制を構築しているのが特徴の一つです。要介護者だけでなく精神障害者、身体障害者、認知症患者、難病患者等が適切な医療・介護サービスを低価格で受けることができる体制を構築しており、高収益かつ高い入居率での運営を実現しています。 ―― 投資の経緯を教えてください。また、どのような課題を抱えておられたのでしょうか。 岩見 日本全体で要介護ニーズが高まる一方、高齢者向けの住まい・施設の供給が不足しており、需給ギャップの解消のため業界は活況です。一方すずらん様に於かれては、事業が順調な中でも、個人経営ならではの課題を感じられていました。例えばオペレーションの最適化、経営管理の効率化、高稼働を維持しながらの施設展開、組織的な人材育成など、今後に向けて課題解決のためのパートナーを探しておられました。ご縁あって面談の機会をいただき、NSSKとしての多店舗展開型の投資先への豊富な経営支援の実績があること、特に同じ介護業界の会社として、サービス付き高齢者住宅を中心に関東圏で当時140以上の施設を展開していた株式会社ヴァティーでのNVPでの実績等を踏まえ、NSSKであれば安心してパートナーになってもらえると創業者兼社長の田渕氏からご評価頂き、共に新たなスタートを切ることになりました。また、すずらん様とNSSK、両社ともに京セラ創業者の故稲盛和夫氏のフィロソフィーに深く共感し、強く影響を受けた企業理念を掲げていることから、企業文化に大きな親和性があったことも、当社を選んでいただいた理由の一つかと思います。 ―― 実際に、どのような支援をされたのですか? 岩見 経営の見える化を通じた組織的な経営管理、施設展開、訪問看護売上の強化、人財補強、人材育成・教育、ESGを中心にご支援をさせて頂きました。例えば、経営管理や人材補強についてですが、毎月の予実管理や月次決算の早期化等、経理プロセスやフローの改善・見える化が必要であったことから、NSSKの人材ネットワークを活用し、上場会社の執行役員経理部長等を経験していた方を幹部メンバーの一人として管理部長のポジションに補強させて頂きました。経理業務に留まらず、採用や人材育成、行政手続き、法務、総務などの管理部門の業務の責任者として活躍頂き、効率的かつ生産性の高い経営管理の大きな改善につながったと感じております。 また、介護は人のビジネスですから、人材教育が肝になっています。施設長及び施設長候補等の中間管理職の育成の一環としてリーダーシップに関する教育プログラムを新たにスタートさせたほか、長年に亘って稲盛氏の右腕として活躍してこられ、当社のチーフコーポレートフィロソフィーオフィサーである大田主導の元、NPP(NSSK Philosophy Program)を実践しました。フィロソフィーを体系的に学び、仲間とのディスカッションを通して、人材教育の基盤となるフィロソフィーへの理解が深まり、会社全体が一つの方向へ進む力が生まれます。すずらん様には以前から企業理念やフィロソフィーブックというものも存在していましたが、これをきっかけにフィロソフィーブックの改訂も行い、すずらん様の人材教育の基盤づくりに貢献できたと考えております。 ESGについては、従業員数、女性の管理職比率、女性の従業員比率をKPIとして設定し、継続的な改善に向けた取り組みを行いました。結果的には、NSSKの投資期間において従業員数は約40%の増加を達成しており、また女性の管理職比率、女性の従業員比率についてはそれぞれ約40%及び約80%と高い水準で維持することができております。また他にも、訪問介護記録ソフトの導入によりサービス実施記録のデジタル化を推し進めることで、サービス実施記録用紙の使用力削減等のペーパーレスに向けた検討などを行っておりました。 私たちの役割は、投資先の更なる成長のための基盤作りです ―― 今般、支援が順調に推移してエグジットに至られたと思いますが、エグジットに対する考え方を教えてください。 岩見 我々のエグジット後、投資先がいかに成長を続けられるかどうかを第一に考えます。そのための基盤作りをすることが自分たちの役割だと思っております。 本件に関しては、3年間の投資期間で売上高は約1.5倍に、EBITDAは約2倍まで拡大し、元々想定していた経営支援が一旦節目を迎える中で、すずらん様の更なる成長のためには新たなパートナーの元で次のステージに進むことが重要であると考え、エグジットプロセスの検討を始めました。 すずらん様のパートナーとなられたリコーリース様は、長年に亘り医療・介護業界向けのリースサービスや介護報酬ファクタリングサービスを提供されておりますが、自社での介護事業の運営自体は初の試みです。すずらん様と一緒になることで、既存のサービスの一層の強化と施設運営をも取り込んだサステナブルなサービス開発が可能となります。またすずらん様にとっても、リコーリース様の医療・介護業界で展開する事業部門との連携や、堅牢な財務基盤、信用力を背景としたファイナンスサービス等を活用し、更なる成長、企業価値向上を実現していけるものと感じております。 ―― 介護業界に対し、どんな展望を持っていらっしゃいますか? 岩見 高齢化の進展により介護業界へのニーズは非常に高まっており、日本全体が抱える様々な周辺課題に対してPE投資家が果たせる役割があると考えています。高齢者にとっての重要な公共インフラである介護施設を拡大して、更に地域コミュニティへも貢献するといったビジネスモデルを今後も継続していきたいです。介護業界のみならず、ヘルスケア全体に対しても引き続き注目し、我々の知見や経験、ネットワークを最大限活用して確かな経営支援を担っていく所存です。 皆さまへのメッセージ ーー 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。 津坂 産業や事業を問わず様々な課題があり、それは多様化・複雑化しています。ですが、現代は情報が豊富にあり、かつ、情報を容易に手に入れられる時代ですので、Nothing is impossible!だと考えています。解決に向けて策を練り、リソースを与え適任人材を置けば、難しい状況を変えていけるのではないでしょうか。我々は、不可能を可能にするお手伝いをしたいと思っています。 以上 日本産業推進機構https://www.nsskjapan.com/
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- 2023.03.20
「統合して何が変わった?何が変わってない?」~フーリハン・ローキー×GCA 経営統合1周年記念企画(第3回)
米国のグローバルM&Aアドバイザリー会社フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を受けて、昨年2月22日に社名を変更して1周年を迎えました。M&Aの当事者となったM&Aアドバイザーは何を感じたのか、統合によってどのような変化がもたらされたのか。統合から1年が経った現在、HLのM&Aアドバイザーが統合時の心境や現況を語ります。全5回のシリーズの3回目となる今回は、一昨年12月に旧GCAに異動した元HL東京オフィス代表の藤野隆太の話をご紹介します。 「日本では1対150の統合。活動の幅が広がることへの期待感でいっぱいでした」 ――経営統合前、米HLにとって日本拠点はどういう位置付けだったのでしょうか? 藤野 1970年に設立した米HLは、2000年にロンドン拠点を設けるまで、ほぼ米州案件のみを扱っていましたが、2006年にオリックスがHL株の70%を買収したことで、日本でも事業展開すべきとなりました。しかし当初、欧州やアジアではそれほどうまくいかなかった。特に日本では、HLの3本柱であるコーポレートファイナンス、バリュエーション、財務リストラクチャリングのうち、コーポレートファイナンス以外の仕事は米国並みのフィーを実現できる機会はほぼ存在しないも同然だったのです。 立ち上げから関わり2007年に開設したHL東京オフィスでの業務もフルサービスではなく、また、HLの基本である売り手側代理人の案件は日本では発生頻度が低いうえに、あったとしてもカーブアウトや事業部の切り出しなど難易度が高いものが多かった。本社としてはシステマティックにいかない日本市場にあまり注力できず、立ち上げ直後にリーマンショックに見舞われたこともあって、人員補充しないまま気付けば東京オフィスは自分1人になっていました。それでもHLの売り手側代理人案件を日本の企業に紹介するには十分で、実際に年に3-4件をクローズすると「とても効率のいいオペレーションだね」といわれたりもしました。確かに効率はいいものの、発展性はない。それが当時の悩みでした。 ――統合についてはいつお知りにりましたか?そのときに感じたことは? 藤野 TOBの情報がリークされたことを友人から聞き、電子ニュースで確認しました。それまで統合を検討していることすら知りませんでしたから、驚きました。 その時点では、GCAのクロスボーダー案件は買い手側代理人が中心という認識がありましたから、HLの売り手側中心の考え方とフィットするのだろうかという不安が一瞬よぎりました。とはいえ、1人で活動していた身としては、150人のバンカーがいるGCAとの統合により日本でのプレゼンスが大きくなることへの期待感の方が大きかった。チーム体制で案件に臨めることも楽しみでした。 ――統合前、GCAに対してはどのような印象をお持ちでしたか? その印象は統合後に変わりましたか? 藤野 GCAに対しては、それまでの協業の経験からネットワークの広さ、幅広い業種に対する理解の深さ、アクセス先との関係性の深さが素晴らしいと思っていました。 統合後には、自分が思っていたよりも提供サービスの幅が広く、対応はかなりのハイレベルであることを知りました。また、日本最大級の案件や最も複雑な案件をまとめてきた実績にも驚かされました。 「もともと似た志を持つ会社同士の統合ですから、いい方向に進む予感がしました」 ――現在はどのようなお立場なのでしょうか? 藤野 所属はクロスボーダー・スペシャルシチュエーション・グループです。要はカバレッジがない分野にエグゼキューション機能(スキーム構築からバリュエーション業務、デューデリジェンス業務などM&Aの一連のプロセスを実行・管理する機能)を提供するチームです。一方でHLは担当分野を狭めることで担当者の知見と業界との関係を深めるという手法で成功してきましたので、担当セクターの細分化が基本。HLグローバルのシステムが日本でも通用するか、本社も期待して見守っているところだと思います。 人口は減少傾向、GDPは伸びないという日本の状況を見ると、日系会社は今後必ず海外事業会社の買収も視野に入れる必要が出てくるはずです。HLの基本方針は売り手側代理人となることですが、それを日本の現状にフィットするよう考えるのも自分の役目。本社がメリットを感じる動きを続けていれば、自ずと日本チームの評価は上がりますし、その評価を積み重ねることによって、日本のディールスタイルにも興味を持ってもらえると信じています。 ――旧GCAのオフィスに席を移されたわけですが、職場環境はいかがですか? 藤野 オフィスはフリーアドレスで代表以外はみな同じフロアにいますから、すぐに誰かに相談できるし、話を聞くこともできる。1人でやっているときとは比べものにならない生産性の高さを実感しています。そこで気づきました、人間は社会的な動物なんだなと。人と会話を交わすことで物事がどんどん進んでいく。人間としても生き返ったような気分です。そして、HLと旧GCAをつなげる立場として、日々前進している手応えがあります。 企業文化の面では、もともと両社はとても似ていたといえるでしょう。HLには自分たちさえ良ければいいという発想がないですし、旧GCAもClient Firstが社是だったくらいですから、どちらも「自分たちよりお客様優先」。地域的にもサービス的にも垣根を設けず、お客様のためを考えて動くことを基本としているHLの理念は、旧GCAのバンカーも馴染みやすいものだと思います。 ――野々宮代表から、藤野さんの活躍ぶりをお伺いしました。何に対しても素早いレスポンスで的確に動いてくださると。 藤野 点と点をつなぐ作業では、つなぎ役が主体的に動かないと、どこに点があるかもわからないことが多い。ですから、点と点をつなげますと耳打ちしながら、この点はあの点とつながるかもしれないと提案する。また、頼まれたことに対してはNOといわないよう心がけています。そのような地道な作業を続け、つなぎ役が必要なくなったとき、HLとGCAは本当の意味で統合したことになると思っています。 誰がどこで立ち止まっているかを把握するために、私は常にアンテナを張って社内をウロウロしています。そして現在は、まだ日本オフィスにセクターが存在していない分野の精緻な情報を提供し、対応力が強化されるよう意識して動いています。そういった自分の役割を果たすことで、多角的な意味でのケミストリーを生んでいけたらすごく嬉しい。統合からの1年があっという間に感じられるのも、自分自身がこの統合プロセスをめちゃくちゃ楽しんでいるからではないでしょうか。 「日本ではまだクロスボーダーM&Aが少ない業界こそ、お役に立てると考えています」 ――将来的には、どのセクターをご担当されることになるのでしょうか? 藤野 統合前からの商社と深いつながりがありますので、既に商社セクターを担当しているマネージング・ディレクター(MD)と動く機会が多くなってきました。また、金融セクターには大きな可能性があるという考えから、金融担当MDとも積極的に協業しています。将来的にはその2セクターに関わっていきたいと考えています。 ――統合によって得られた価値はどのようなものだと思いますか? 藤野 旧GCAは個人の能力が高いことはもちろんですが、チームを組んだとき、HLと組んだときにその能力が増幅されるように感じています。統合によって得られた価値は、提供できるモノやサービスの幅が広がり、それが国境を超えることでフィールドも広がり、チームの能力が増幅されたこと。そして、それによりクライアントのニーズに応えられる可能性が高まったことだといえます。 また、HLも旧GCAも自分たちのバランスシートから融資や投資をしない独立系のアドバイザリー会社ですから、純粋に独立した立場でアドバイスできる組織として、限界値が取り払われた感覚もあります。 ――最後に、読者にメッセージをお願いします。 藤野 世界的な金利上昇局面にある現在は、本業で稼げる金融業界をはじめM&Aに魅力を感じない方も多いのですが、日本国内の金利が安い今だからこそ、日本の事業会社や金融機関はアクションを起こす絶好のチャンスです。今アクションを起こすべきか悩んでいるのなら、迷わず動くべき。利益が出ている海外の事業会社の買収の場合、円安の影響で買収価格が高くても、買収した後の現地通貨ベースでの利益が為替変動に対するヘッジになりますので、ぜひ積極的にご検討いただきたいと思います。 かつてのHL東京オフィスではほぼ私1人で動いていましたが、今は旧GCAバンカーを含むグローバルチームが総力を挙げてお客様の課題解決に対応させていただきます。日本最高のチームが最善の道を一緒に考えますので、ぜひお気軽にご相談いただければと思います。 ――余談ですが。冬なのに日焼けされていますし、オフも充実されている印象があります。 藤野 週7日、運動しています。毎朝10km走るかバイクを30km、だいたい1時間のトレーニングを欠かしません。2年ほど前までは週5回ほどバーベルを上げていたのですが、肩を痛めてしまったため、有酸素運動に転向しました。その後50肩にも悩まされていましたが、それも最近はまっているピラティスでだいぶ改善しました。 毎年、富士登山もしています。急斜面で山小屋もない直登ルートなのでかなりハードですが、毎年同じコースを登ると自分の体力の変化を知ることができます。朝6時ごろ登り初めて14時ごろに登頂、帰りは一般道で富士山の影が雲に移るのを見ながら下山します。時間が違うだけで見える景色が変わる。それもまた富士登山の楽しみですね。今年56歳ですが、テーマは「年齢に抗う」。今年はトライアスロンにも挑戦しようと思っています。 ――お仕事が楽しくプライベートも充実。バイタリティの源がわかったような気がします。本日はありがとうございました。 【話し手】フーリハン・ローキー株式会社 マネージングディレクター 藤野 隆太大学卒業後、日本生命保険相互会社に入社し国際投資部に所属。1996年9月から同社から国際金融情報センターのワシントンD.C.事務所に出向、帰国後は同社株式部に所属。2001年1月よりPwCアドバイザリー合同会社でコーポレートファイナンス、バリュエーション、財務リストラクションなどの業務を約6年半担当した後、HL東京オフィスの立ち上げと同時に同オフィス代表に就任。HLとGCAの経営統合に至る2022年までマネージング・ディレクターを務める。1990年慶應義塾大学経済学部卒、米ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院修士(MIPP)。
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- 2023.03.07
「統合して何が変わった?何が変わってない?」~フーリハン・ローキー×GCA経営統合1周年記念企画(第2回)
米国のグローバルM&Aアドバイザリー会社フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を受けて、昨年2月22日に社名を変更して1周年を迎えました。M&Aの当事者となったM&Aアドバイザーは何を感じたのか、統合によってどのような変化がもたらされたのか。統合から1年が経った現在、HLのM&Aアドバイザーが統合時の心境や現況を語ります。全5回のシリーズの2回目となる今回は、ヘルスケア/ライフサイエンス部門を担当している美里賢史の話をご紹介します。 「統合はステージアップの手段の1つ。未来に対する期待感しかありませんでした」 ――旧GCAで担当されていた業務をお教えください。 美里 私が入社した2008年当時はまだ、GCAはさほど大きな組織ではありませんでした。そのため、入社当初はM&A業務全般を手がけ、業務領域の拡大に伴って担当が細分化された2011年頃からヘルスケア/ライフサイエンス部門を担当するようになりました。2020年から統合まではGCAから分社化したGCAヘルスケアでヘッドをやりつつ、GCAグループ日本でのヘルスケア部門のリーダーを務めてきました。 ――GCAと米HLとの経営統合について、いつお知りになりましたか?その際に感じたことなどをお聞かせください。 美里 統合は、TOB公表のタイミングで知りました。正確には、前日の夜10時ごろ米国で先に開示され、それを見た仲間が知らせてくれたのです。 情報管理が徹底されていたため予期すらしていなかった話でしたが、新しいステージに入ったんだな、というのが最初に頭に浮かんだことでした。私が入社する直前にGCAは米サヴィアンと統合して、その後上場市場も東証一部となり、さらに、欧州アルティウムとの統合も経験してきましたから、今回もステージアップすべき時期が来たのだと思いました。そして、より大きなプラットフォームになることと、これから協業することになる人たちとの出会いに対する期待感でいっぱいでした。 ――統合後も日本のヘルスケア/ライフサイエンス部門を率いられていますが、ご担当分野のM&Aの特長をお聞かせください。また、統合後に渡米されたと伺いましたが、その目的をお聞かせください。 美里 ヘルスケア産業は、技術の進歩が著しく制度変更も頻繁にありますから、専門性を持ったチームで臨むべき分野です。特にクロスボーダー案件では、資本市場のトレンドだけでなく、海外での業界構造や各制度面にも精通している必要があります。 統合発表後すぐに、日本でのオペレーションは既存のまま継続することを旧GCAのマネジメントチームから伝えられました。とはいえ、旧GCAのヘルスケアチームの位置付けがわからない。そう思っていた矢先、日欧米豪のHLヘルスケア担当バンカーによる会合の開催が決まり、2022年3月にダラスへ渡ったのです。 HLのヘルスケアチームは、細分化されたサブセクターごとに担当が振り分けられています。欧州も大幅に人員を増やした直後だったので、ダラスでの会合では、各サブセクターの機能や担当する案件、他チームとの連携事例などの説明を受けました。1日6コマほどのセッションを3日間、空き時間には参加者約80人でのギャザリングやチームボンディングがありましたから、かなり濃密な3日間でしたし、正式にグループに迎え入れられた実感も湧いてきました。 そこで得た情報は、目からウロコのものばかりです。その1つが、米HLでは病院やクリニックなど医療機関そのもののM&Aを扱う医療サービスチームに半数以上のバンカーを充てていたこと。旧GCAのヘルスケア/ライフサイエンスチームでは、バイオベンチャーや医療機器などメーカー系のM&A案件が大多数を占め、医療サービスにはリーチしていませんでした。しかし、欧米では病院がチェーン展開しているため案件の規模が大きく、また投資ファンドがM&Aによって活発に成長資金を供給するので、産業としてとても高い成長率を示しています。加えて、医療費削減や新技術の導入といった世界的トレンドに鑑みると、とても効率的な体制だと感じました。 ダラス会合は、HLのサービス領域をきちんとお客様に説明することができるようになったこと、海外チームとの連携のタイミングや方法が見えたこと、海外のバンカーとの絆が深まったことが大きな収穫でした。 実際にお客様に新体制をご説明すると、お客様の海外M&Aチームが既にHLの現地チームとお付き合いいただいているケースも多くありました。そういった場合、日本でのつながりが海外でのつながりとリンクします。M&A業界は、バンカーの人間力が問われる世界。既に現地に信頼しているバンカーがいればお客様の安心感が高まりますし、海外でのつながりが明らかになることで、お客様との距離もいっそう縮まります。 「同じ理念を共有する海外バンカーたちとの絆は、業務効率の向上に直結します」 ――今回の統合は、日本のヘルスケア/ライフサイエンスチームにはどのような影響を及ぼしたのでしょうか? 美里 HLの細分化されたサブセクターに対応するため、統合から1年間、メンバーを増員してきました。これは本社からの指示ではなく、連携機会を最大限に活用するための日本のマネジメントの判断です。そして、お客様に最高のタイミングで最上の価値を提供するための体制でもあります。 ダラスに集まった顔ぶれを見て実感したことは、HLバンカーは皆、HLカルチャーが好きだから長く在籍しているということ。その感覚は、旧GCAのバンカーと共通していました。そして、国を超えたチーム意識が高く、1人ひとりが能動的に行動します。実際、海外チームに質問を投げかけたときのレスポンスはすごく早いし、回答はとても奥深い。新しく加わった日本チームにできるだけのことをしたいという思いが伝わってきます。そうするとこちらも自ずと、彼らが見ている景色を一緒に見たいと思うようになってきます。 ――統合により、業務内容に変化はありましたか? 美里 旧GCAのクロスボーダー案件では、買い手側である事業会社の代理人としてターゲットエリアの買収先を探索し、エグゼキューションを支援するといった動きが多かったのですが、全世界のバンカーの協力を得ることができるようになった今は、売り手側代理人も積極的に務めることができるようになりました。 クロスボーダーの売り手側では、真のグローバルリーチがあってこそ、良い買い手候補を見つけるための付加価値が提供できます。HLは幅広い業種セクターをカバーし、経験を積んだバンカーが世界中の詳細に及ぶ情報を収集しています。そのため、事業会社のノンコア事業の売却、ファンドのポートフォリオの売却などお役に立てる場面が広がりましたし、実際、そういった案件の数が格段に増えています。 M&Aは、売り手/買い手探しがベースのビジネスですが、HLには同等規模のキャピタルマーケットのチームが存在しています。この資金調達先をアレンジするチームとM&Aチーム、それが両輪として動いているのです。ダラス会合でその体制を知ったときには予想以上の規模に驚きましたが、お客様と常に関わり、ファンドのポートフォリオや事業会社の成長をずっと見守り続ける体制が素晴らしいと感じました。 旧GCAもHLも自分たちでは投資やトレーディングをしないM&A専業です。常にお客様に向き合い、長期にわたるリレーションから信頼関係を築き上げることが私たちの役割。その理念に賛同している仲間同士が同じ目標に向かって進むのですから、未来には新たな可能性しか感じられません。 「業界の再編期は必ず来る。日本企業が時代に合わせて変化し続けられるよう全力でサポートします」 ――今後、日本のヘルスケア分野のM&Aはどのように変化していくとお考えですか? 美里 少子高齢化や人口減少が課題となっている日本において、事業拡大を目指す事業会社は、必然的に海外に目を向けることになるでしょう。他方、海外の事業会社や投資ファンドも日本に注目しています。実際、昨年コロナの入国規制が緩和された頃からは、提携先や買収先を探しに訪日する方も増えています。良いM&Aが増えれば、産業全体が活性化していくと考えられます。そして新しいイノベーションが起こる。これからの時代は、欧米のように病院や介護施設など医療サービスの再編が活発化することも予想されます。 私たちHL日本チームは、業界再編に素早く対応できるよう、海外同様の体制を整えてきました。海外チームの手法を見て、時代の変わり目では先手を打つ。今はまだ日本に存在しないM&Aの形態についても先行している海外事例から日々学び、私たちは進化し続けています。 ヘルスケア産業の盛衰は、将来私たち個々人が受けるサービスの質にも大きな影響を及ぼします。日本政府も産業政策として力を入れていますが、私たちのような立場からもヘルスケア産業の活性化に貢献したいと思っています。 ――ご担当されているヘルスケア/ライフサイエンスチームから、読者に向けたメッセージをお願いします。 美里 HLは、ローカルで実績を積んだグローバルなヘルスケアチームがお客様をサポートします。それぞれの国・地域の事情に精通した100名ほどのバンカーが揃う当社は、実力も実績も世界最高レベル。提案の質と幅広さ、実現に向けたサポート力には自信がありますし、ローカル/クロスボーダー問わず全力で支援させていただきます。 日本企業の業態は、ここ数年間だけでも大きく様変わりしました。トッププレイヤーは資源の集中投下や売却した上での買収など、先を見越した視点を持っています。その点、グローバル規模での情報量の多さから幅広い提案ができるHLは、お客様とより深く長いお付き合いができると考えています。 特に、アウトソース事業に代表される製薬関連サービスには、欧州に実績を積んだチームがあります。医療機器については欧州と米州に専門チームがいます。医療サービス分野は、米州の複数の大都市拠点で優秀なバンカーが活躍していますし、日本でも将来を見据えて体制を強化しています。加えて、ビジネスサービスの分野、ヘルスケアITに関しては、旧GCAが得意としたテック専門チームとの強力な連携体制がグローバルで構築されています。HLの柱ともいえるこれらの分野で課題を抱えている企業、グローバルでの事業拡張をお考えの企業の方々は、ぜひ私たちHLにご相談ください。一緒に最善策を検討していきましょう。 【話し手】フーリハン・ローキー株式会社 マネージングディレクター 美里 賢史経営コンサルティング会社等を経て2008年にGCAに入社。ヘルスケア/ライフサイエンス・カバレッジ担当として、医療機器、診断・研究用ツール、ヘルスケアIT、製薬関連サービス業界を専門とする。多くのクロスボーダー案件および国内案件を担当。当社参画前は投資会社にてライフサイエンス企業投資にも従事。M&Aアドバイザリー歴は17年超。早稲田大学大学院理工学研究科修了。
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- 2023.02.22
「統合して何が変わった?何が変わってない?」~フーリハン・ローキー×GCA経営統合1周年記念企画(第1回)
米国のグローバルM&Aアドバイザリー会社フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を受けて、昨年2月22日に社名を変更して1周年を迎えました。M&Aの当事者となったM&Aアドバイザーは何を感じたのか、統合によってどのような変化がもたらされたのか。当事者の目線で語る全5回のシリーズの1回目は、統合を機にフーリハン・ローキー日本法人の代表取締役に就任した野々宮律子の話をご紹介します。 「売るか買うかではなく、大切なのは“組み合わせの正しさ”です」 ――旧GCAが米フーリハン・ローキー(HL)との経営統合を検討するに至った経緯をお聞かせください。 野々宮 旧GCAは、日頃から事業成長のための戦略オプションを検討していました。経営統合は選択肢の1つで、いいタイミングのいい案件であれば積極的に行動すべきと常々思っていましたから、あらゆる可能性を検討した結果としてHLとの統合を決断したといえます。 M&Aにおいては「買うか・買われるか」ではなく「正しい組み合わせか」が重要です。さらに成長できる組み合わせか、不足を補完し合える関係か。組み合わせが正しければ、大きいほうの事業者が買い手になるのは当然です。加えて、日米欧のボードメンバー全員が、それぞれの立場からHLを高く評価していたことも決め手となりました。 統合により旧GCAはHLのグローバル情報網にアクセスできるようになり、HLは日本拠点を拡大することができるうえ旧GCAのテクノロジー分野におけるアドバンテージを獲得できる。また、補完関係によって旧GCAメンバーの活躍の場が全世界に広がることも約束されていました。 ――社長に就任された経緯をお聞かせください。 野々宮 当初は創業者である前代表の渡辺が続投するものと思っていましたが、渡辺の会長就任が決まり、旧GCAで経営に携わっていた私ともう1人で共同代表を務めることが自然な流れでした。ところがその方は一昨年末に辞職。渡辺とはもう30年以上の付き合いで信頼関係を築いていましたが、私自身は上に立つことを目指していたわけではなかったので、本社から1人代表を打診されたときは、まさか自分が?!と思いました。 でも、迷っていても仕方ありません。創業から前進し続けてきた会社をHLの一員になることでさらに前進させる。それが自分の役割だと考え、引き受ける決意をしました。 ――HLの企業文化について、統合前はどのように認識され、統合後はどのように感じましたか? 野々宮 仕事に対するスタンスや価値観などの類似点が多く、統合前からとても相性がいいという感覚がありましたが、統合から1年経ち、その感覚は確信に変わりました。 HLは、今あるものを無理やり変えるようなことをしない会社です。常に正しい選択をしようという意思が強いですし、親会社の立場を振りかざすようなことも押し付けも全くない。人間力の高い人たちばかりでとても働きやすいですし、すごくありがたいことだと思っています。 「経営統合は、さらなる成長に向けた新たな一歩。旧GCAの創業精神は変わりません」 ――統合プロセスはどこから着手されたのでしょうか?また、現在手掛けられていることは? 野々宮 米HLジャパンはバンカー1名のみの拠点でしたから、まず両社の従業員が多数いる北米と欧州の事業拠点を統合しました。欧米のインテグレーションを優先したため、日本ではつい最近まで、大きく変わらない状態が続いたのです。 この1年間は、とにかく目の前にあることに一所懸命取り組むこと、よりよい結果を目指すことに注力してきました。幸い、HLも一緒に未来を切り開いていきたいと思ってくれています。彼らは、きちんと話に耳を傾けてくれます。日本語の資料を理解するために先ずは翻訳アプリなどを使って読んでみるなど、彼らの努力には頭が下がります。そんな彼らの姿勢から自ずと日本側も努力する。そうやって高め合える関係というのは素晴らしいと思います。 現在は、プラットフォームシステムなどのインテグレーションに取り組んでいます。旧GCAのプラットフォームは創業時からの旧システムに増設を重ねた結果、決して機能的とはいい難いものでした。ですから今は、デジタル領域で数段上のプラットフォームをもつHLグローバルのレベルまで、オペレーションプロセスの効率化を進めています。これによって単純業務の属人化も避けられ、もっと戦略的なことにフォーカスすることができるようになります。 私の役割は襷(たすき)をつなぐこと。渡辺が経営統合に踏み切った理由も、会社の成長のためにつなぎたい襷があったからだと思います。後輩たちにさらなる高みを目指してもらうために、この会社をもっといいものにして次に渡したい。ですから、さらなる高みの兆しが見えた頃に「糊付けしてアイロンがけした襷」を次世代に渡すために尽力することが、私に託された重要な責務と認識しています。 「ファーストシナジーは経営統合そのものによる社員の意識変化。それを実感した1年でした」 ――HLと旧GCAとでは、どのような点が異なるのでしょうか? 野々宮 米HLと旧GCAとでは、基本的なビジネスモデルが異なりました。HLは、ほとんどの案件で売り手側代理人となり、お客様は投資家が多い。対して旧GCAジャパンは、クロスボーダー案件では買い手側代理人として日本の事業会社がお客様、交渉相手はPEファンドというケースが圧倒的に多かったのです。 そのため両社が顔を合わせる案件では、それぞれ売り手側/買い手側代理人という立場が多かったのですが、相手は敵でも憎むべき相手でもありません。双方がWin-Winのゴールを目指すディールの過程では、信頼関係が構築されていくものなのです。 今後、私たちは売り手側代理人になるケースが増えると思います。買い手側はリピート率の高さが魅力ですが、オークションになることが多いため不成立となるリスクが高い。考え方の整理としては、そうなります。加えて、事業や会社の売却は、当事者にとってとても大切なイベントという認識もあります。譲れない部分はどこか、従業員はどうするのか、どういった条件を獲得するか。その会社の未来を決めるものすごく大切なことがたくさん詰まっていますから、クライアントの代理人として納得していただける最善のクロージングを目指す。創業当時から貫いてきた当社のフィロソフィーは不変です。 ――あらためて現状を俯瞰し、気づいた変化などがありましたらお聞かせください。 野々宮 この1年間、特に働き方を大きく変えていないにもかかわらず、当社のバンカーたちは以前よりも活躍してくれています。 M&Aでは「シナジー」という言葉がよく使われますが、実体験を通じて気付いたことは、シナジーとは個人個人の中にあるということ。統合をきっかけに健全な緊張感が生まれたのでしょうか、全員の意識が自然と高まったような気がするのです。統合以来、日本のメンバーたちは、内容的にも業績面でも今まで以上の力を出し続けている。その意識の高まりによる業績の変化が、ファーストシナジーとして顕在化しました。 緊張感ややる気というのは、戦略的な舵取りや外部圧力で引き出せるものではありません。今回は経営統合をきっかけに各々の力が引き出された。現在とてもいい形で現れているそのポテンシャルが今後どのような波及効果を生むのか、とても楽しみです。 また、GCA時代は、上場企業の責務として開示しなければいけない情報が多く、思い切った選択ができない部分がありましたが、ものすごく大きな企業の一部となり非上場企業となった今、これが正しいと思う道を思い切って選択することができるようになりました。これも大きな変化だと思います。 ――今回の統合ではGCAとして初めて売り手側となりました。売り手側となり、感じたことをお聞かせください。 売り手になったことによる、飲み込まれるというような悲壮感は全くなく、ダウンサイドは殆ど感じていません。日本におけるプレゼンスが圧倒的に大きく、重複部分がほぼ皆無であったため、旧GCAのメンバーが中心となって活躍できるという点が大きかったと思います。やはり組み合わせが理想的であるということなのだと思います。 そしてHL傘下に入ったことで、解決すべき課題がクリアになり、整理されるべきことがどんどん整理されていく。まるで新しい景色が次々と広がっていくような感覚です。この景色だけは実体験でしか得られないもの。そうやって新しく開かれた扉の向こうの景色、今まで見たことのないような景色を仲間たちと共有し、一緒にワクワクしていきたいというのが今の私の正直な気持ちです。 今は大変ですが仕事が楽しく、ストレスにも強くなったと思います。嫌なことや事件が全くないとはいえませんが、どんなことも必ず解決できると思える。そして、ここからもっと良い方向に進んでいく手応えもあります。 ――読者に向けたメッセージをお願いいたします。 野々宮 私たちHLのメンバーは、M&A業界でキャリアを築き、多くのディールを成功に導いてきました。社名が変わっても小さなベンチャーからスタートした私たちの精神は変わらず、M&Aで日本の競争力を高めたいという思いは同じです。 旧GCAと米HLの統合では、旧GCAが売却側になりました。日本ではまだ会社や事業の売却に対しマイナスイメージをお持ちの方もいらっしゃいますが、それはとても残念なこと。売却は決してネガティブな行為ではなく、会社を見捨てるわけでも諦めるわけでもありません。会社と従業員の次の成長を考えたステップの1つであり、新たに選んだ道はこれまでと同じ道の延長線上にあり、そしてまだまだ進化の道は続くのです。 事業承継などにお悩みの方、事業成長の方法を模索中の方、確かにM&Aが全てのシチュエーションで機能するわけではありませんが、経営ツールの1つとして選択肢に加え、ぜひ上手に活用していただきたいと思います。話だけでも聞いてみる、専門家に会ってみる、頭の体操として考えてみる。たくさんあるオプションの1つとして、前向きな気持ちで向き合っていただくことをおすすめします。 【話し手】フーリハン・ローキー株式会社 代表取締役 野々宮 律子KPMGニューヨークで米国公認会計士として監査業務に携わったのち、日本企業の海外進出をサポートするM&Aアドバイザリーに転身。その後、外資系投資銀行、ゼネラル・エレクトリックでのビジネス・デベロップメント・リーダーを経て2013年にGCAに入社。マネージングディレクターとして特にクロスボーダー案件を多く手がけてきた。2022年2月、GCAと米フーリハン・ローキーとの経営統合によりフーリハン・ローキー株式会社の代表取締役に就任。ロングアイランド大学卒業、コロンビア大学MBA取得、資生堂社外監査役、長瀬産業社外取締役。
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- 2022.07.08
米国の今後とM&A ~フーリハン・ローキー共同代表スコット・アデルソンに聞く~
聞き手|マネージングディレクター 村井 慎 米国が歴史的インフレに見舞われています。コロナで停滞した経済が急回復し需要が拡大する一方、未だ中国を中心にコロナを原因としたサプライチェーンの混乱により供給側に制約が残っています。需給バランスの崩れにより貿易価格が押し上げられ、結果として消費者物価が上昇しています。加えて、米国では政府がコロナ対策として巨額の財政支出と大規模金融緩和を実施したため、市場に溢れた資金が個人の購買余力を高め、それがサービスではなく耐久財の需要につながり、結果としてインフレにつながっています。 世界をけん引する米国の経済が大きく落ち込めば、コロナというトンネルから抜け出しつつある世界は次のトンネルに入ってしまいます。先日来日した弊社共同代表のスコット・アデルソンに、今後の米国の景気や、今後の米国M&Aの進め方について、ストレートな質問を投げかけてみました。 米国はリセッションに突入するのか? 米国の2022年5月の消費者物価指数は、前年5月に比べ8.6%も上昇しました。これは1981年以来、過去40年で最高の上昇幅です。食品は+10.1%、ガソリンは+48.7%、エアラインやホテルも値上がりしています。「コロナ対策で多くの資金が供給されたため急激なインフレが生まれた。当然利上げ等の対策が必要だ。ただ、それがリーマンショックのような落ち込みにつながるとは考えていない」とスコットは言います。金利引き上げやテーパリングの結果、経済は急速に冷え込み、リセッションに突入するのでしょうか?この問いに対しスコットは、「二四半期マイナス成長が続くことで、“テクニカルリセッション”になる可能性はあり得る。もっとも、セクターによって温度差はあり、好調だった(やや過剰にヒートアップした)テクノロジー分野は一番スローダウンを感じるだろうが、その他のセクターはソフトランディングするだろう。例えば、ヘルスケアやインダストリアルセクターは引き続き堅調だ」と笑顔で、また楽観的な雰囲気で答えました。なぜそう思うのかと聞くと、「それに正確に答えられたら私は経済学者になっているはずで、ここにはいないよ」とのことでした。要するに、長年の投資銀行経験(フーリハン・ローキーに36年在籍)や数々の米国企業や金融投資家との日々の会話から得た直感があるようです。 とはいうものの、長年の経済停滞を経験している日本人からすれば、リセッションは一時的なものと言われても、「やっぱりそうだよね」とすんなり受け入れることはできません。実際米国の景気減速は避けられず、米国政府はいかにソフトランディングさせるかの難しい舵取りを強いられています。今年3月に0.25%ptの利上げを実施し、コロナ禍以降続いてきた実質的なゼロ金利政策を解除した連邦準備制度理事会(FRB)は6月14日、政策金利を0.75%引き上げることを決定しました。これは実に27年7か月ぶりの引き上げ幅です。S&P500の株価も大幅に下落しており、Financial Timesによれば、著名エコノミストの投票では、実に7割もの人が米国は来年リセッション入りすると回答しています。 緩やかな長期金利の上昇は経済の回復を示し、株価のマイナス要因にはならないと言われます。米国の金利については、FRBのテーパリング後における長期金利の目安が3.5%~4.4%程度と言われていますが、この程度の長期金利上昇であれば、リセッションを回避できるとも言われています。ここはスコットの直感を信じ、米国経済が踏ん張ってくれることを祈るばかりです。 買収は株価が下がるまで待つべきか? リーマンショック時と異なり、米国では家計における不動産の占める割合は低下しています。住宅投資は一般的に金利に敏感ですが、サブプライム住宅ローン危機のように危険なレベルまで住宅ローンリスクを抱える人は多くはなく、住宅市場が多少冷え込んだとしてもそれがリセッションを引き起こすリスクは高くないようです。一方で、家計における株式保有割合は1990年~2000年のドットコムバブルを上回る規模まで増加しており、株価の下落が個人消費の減少を通じて設備投資や雇用の悪化をもたらす可能性は十分あります。その意味では、株価動向には注意が必要です。高インフレ定着→リスクプレミアム拡大→長期金利上昇→株価下落という流れを想定すれば、米国政府の急な金融引き締め、つまり長期金利上昇レベルが株価市場で許容できるレベルを超えてしまった場合、株価下落に導かれリセッションリスクが急速に高まるでしょう。 とはいうものの、M&A的には株価下落は必ずしも悪い話ばかりではありません。企業評価に際しては株式市場を参照しますが、昨今の株価下落については、米国企業買収の観点からは買い手に有利な状況になりつつあるともいえます(海外企業買収が円安により高くついてしまうという為替の問題は別にありますが)。では、株価がさらに下落することを念頭に、米国企業がお買い得になるまで待つというのは米国企業買収を検討するうえで正しい戦略でしょうか?この点についてスコットは、「M&A検討において、株価が上がるないし下がる時期を予測する“Market Timer”の考え方を持ち込むことは得策ではない」とハッキリ言います。その理由としては、「当然ながら株式市場の正確な予測は不可能であることに加え、株式市場的にベストなタイミングで買収したい企業が売りに出るとは限らないからだ」とのことです。「欲しい企業を、買収できるタイミングで買うのがベストなんだ」とスコットは笑顔で言います。でも、買い手の心情としては、できる限り他社と競争することなく(可能であれば相対で)、欲しい企業を安価に買収したいと思うものです。株式市場の将来は予想できないとしても、少なくとも競合の買い手候補となるPEファンドの攻撃力が落ちるのを待つという考え方はないのでしょうか? 現在の超低金利環境は、PEファンドがM&Aファイナンスをするうえで最高の状態です。今金利が上昇局面に入っていますが、この状況が続けば、PEファンドの資金調達コストは上がり、結果として調達に制約が生じ、事業会社がPEファンドとの入札合戦に勝つ可能性は高まるとも思えます。この疑問に対しスコットは、「確かにPEファンドの資金調達環境は多少厳しくなるかもしれないが、既に資金調達積みで未投資となっている残高、いわゆるドライパウダーは積みあがっている。オルタナティブアセットには引続き多額の資金が流入しており、PEファンドのアグレッシブさが短期的に変わる見込みはない」とのことでした。やはり、ターゲット候補企業を買収できるタイミングで瞬発力高くベストオファーを出せるよう、日々準備することが王道の対応となりそうです。 日本企業へのアドバイス 折角の機会ですので、スコットに日本企業が米国案件で勝率を上げるためのアドバイスを求めてみました。「二つある。まずはテクノロジーを駆使して案件進行の効率化を図り、意思決定のスピードを高めること。二つ目はPEファンドとの共同投資もフレキシブルに考えることが必要だ」とのコメントが返ってきました。テクノロジーについて、最近ではZoom等を用いたWeb会議も日常的になってきましたが、M&Aの世界においても、売り手やターゲット企業とのコミュニケーションはオンラインで実施するケースが標準になっています。もちろん最低でも一度はターゲット企業の経営陣とFace to Faceで面談すべきですが、すべての会議をFace to Faceで実施することにこだわるべきではなく、テクノロジーを駆使し、スピード感を持ってデータ・情報分析を進めていくことが重要になりそうです。PEファンドとのタイアップについては、最近では事業会社と共同投資を検討するPEファンドも相応にいるとのことで、PEファンドと組むことで投資リスクを抑え、またインテグレーションにPEファンドの持つノウハウを活かすことも、勝率を上げるうえで一考に値すると思われます。 最後に、「今我々はとてもエキサイティングな時代を生きている!」とスコットは言いました。「ソフトウェアというだけではもはやテックとは呼べず、今は産業革命時のように新しいテクノロジーがどんどん生まれている。特にすべてのセクターに関係するDX化の波に多くの可能性を感じる。今後非効率なものが効率化されていく過程で、数々のオポチュニティが生まれてくるはずだ」とのことです。世界をリードする米国において、従来のビジネス慣習を変えてしまうような地殻変動がどんどん起きており、それを肌で感じているようでした。やはりM&Aにおいて、日本企業にとって米国市場が最も着目すべき市場であるという点は当分続きそうです。 スコット・アデルソン(Scott J.Adelson)南カリフォルニア大学学士号、シカゴ大学ブースビジネススクールMBAを取得。米国フーリハン ローキーに入社する前は、連続起業家(シリアルアントレプレナー)として、多様な業界で会社設立に従事。また、現在も多くの上場・非上場企業、非営利団体の取締役として活躍、YPO/WPOのメンバーでもある。現在、米国フーリハン ローキーCo-Presidentおよび取締役。コーポレートファイナンス部門共同代表。
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- 2022.06.30
日本の未来に挑戦しつづける金融フロンティア
株式会社日本政策投資銀行企業投資第1部長 新美 正彦 1994年日本開発銀行(現 ㈱日本政策投資銀行)入行。2002年留学修了以降、事業再生部(現 企業投資第1部)・企業投資部(現 企業投資第2部)・日本航空出向等にて、一貫して投資フロント業務や再生案件に従事(エクイティ投資、メザニンファイナンス、再生企業への出資やDIPファイナンス、LBOファイナンス、ファンドへのLP出資等)。早稲田大学政治経済学部卒、ロンドンビジネススクール修士(ファイナンス) 株式会社日本政策投資銀行企業投資第1部 課長 村尾 洵一 2005年日本政策投資銀行入行。2012年留学修了以降、企業投資部(現 企業投資第2部)・企業投資第1部で投資フロント業務に従事(バイアウト、グロース投資、顧客との共同投資、メザニンファイナンス等)したほか、業務企画部で投資企画業務(予算・戦略策定、投資委員会運営等)に従事するなど一貫して投資関連業務全般に従事。東京大学経済学部卒、UCLA修士(MBA) 「金融力で未来をデザイン」したい ーー 自己紹介と御行に参画された経緯についてお聞かせください 新美 1994年に当行の前身の1つである日本開発銀行に入行しました。セクターカバレッジのようなフロント営業に加え、審査やリスク管理等の経験を積み、留学を挟んで2002年以降は、投資部門で20年ほど勤めております。 村尾 私は2005年に入行しました。当時から当行はユニークなプロダクトを扱っていたため、他行に比べ珍しい経験ができそうだと期待を持ちました。私も留学を経て投資部門に入り、フロント業務の他に投資企画等のミドル業務を含め、10年以上、この世界に携わっております。 (写真左:村尾洵一氏/写真右:新美正彦氏) ーー 次に社内体制についてお伺いします。投資部門には何名ほど在籍されているのですか 新美 当行の企業投資部門と100%出資のベンチャーキャピタル(以下、VC)であるDBJキャピタルなどを併せ、フロント業務とアドミ業務に携わっている担当者総勢で100名程度の規模です。 企業投資部門は機能別に第1部~第3部に分かれます。企業投資第1部は主に特殊なファイナンス全般を扱っており、メザニン、LBOのようなM&Aファイナンス、事業会社との共同投資案件や再生ファイナンスを担当しています。企業投資第2部はもう少しエクイティ寄りで、キャピタルゲイン重視型の案件を取り扱います。レイタ―ステージにあるベンチャーにグロース投資をしたり、東南アジアなどのクロスボーダー案件も取り扱います。企業投資第3部は、主に地銀や事業会社と共同でファンドを組成・運用しています。東日本大震災後には、東北3県と茨城県の各地銀と、震災復興ファンドを共同で立ち上げ、被災した会社にリスクマネーの供給を行いました。 いわゆるセクターカバレッジの営業部隊は、担当セクター別に都市開発部、企業金融第1部から第6部、全国の支店に分け、企業投資部門とは連携しながら活動しています。 ーー 皆さまが大事にされている理念や価値観をご紹介いただけますか 新美 私どものミッションは「金融力で未来をデザイン」すること。つまり、様々な金融の解決策を提供して、お客さまの未来の成長につなげていくことです。役職員全員が「Initiative and Integrity (挑戦と誠実)」を胸に刻み、業務に取り組んでいます。シニアローンからエクイティまでお客さま本位の様々な解決策を「フレキシブル」に提供できることと、特定の財閥や企業グループに属しておらず、「中立的な立場」で等しくお付き合いをすることが我々のスタイルです。 金融の受け皿として、大いなるフレキシビリティを発揮する ーー 御行はファイナンスとエクイティの両方を扱われており、金融機関的なアプローチも投資ファンド的なアプローチも取ることができます。一般的に銀行は、どこも同じようなソリューションが出せると思われがちですが、他の金融機関にはない特徴があればお聞かせください 村尾 大きな特徴はフレキシビリティです。そもそも当行は、「民業を補完すること」を基本としており、補完というミッションを果たすために小回りのきいた組織で非定型的なニーズへの対応力を磨いています。シンジケートローンなどの確立された分野においてはメガバンクの方が得意とすることが多い一方、まだ「こなれていない」分野については誰も対応できないことが多く、結果として非定型的なニーズにフレキシブルに対応できる当行に任される事例が多くなっています。また、私どもは必要があれば議決権比率などに捉われることなくファイナンスからエクイティにまたがった複合的なソリューションの提供が可能で、実際にそのような議決権に関するフレキシビリティが寄与して成立した事例が増えてきています。 新美 我々はプロダクトありきで提案するのではなく、お客さまのニーズ、B/Sの状況や今後の計画について議論を重ね、深く考察した上で、柔軟な提案を行うことができるのが特徴と言えると思います。 ーー ありがとうございます。次にエクイティに着目した場合、一般のPEファンドと比較して御行のスタイルに特徴があれば教えてください 新美 PEファンドは100%のバイアウト、もしくはそれに準じたマジョリティーを取るのが基本スタイルだと思いますが、私どもはこれに限らないというのが大きな違いです。例えばPEファンドや事業会社がマジョリティーを取り、何かしらの事情により当行にマイノリティーを引き受けてほしいということになれば、それにも対応しています。 ーー PEファンドは投資家からお金を預かり、コミットしたリターンを実現するために投資をしますが、皆さんがフレキシブルなのは、そういったリターンの要求が通常のPEファンドとは異なるからなのでしょうか 新美 そこは良いポイントなのですが、「DBJはリスクに見合ったリターンをいただきます」というのが我々の考え方です。リスクに見合った適正なリターンがあげられることを、お客さまのB/SとP/Lを基に確認する作業を地道に積み上げて判断しようという思想であり、決して同じリスクを前に、我々は低いリターンでよいという発想はありません。リスクが低ければリターンも低くて構いませんが、リスクが高ければ、我々も当然高いリターンをいただきます。 ーー 投資を受ける側からすると、リターンと並んで「投資期間」も気になります。どの程度が標準的な保有期間なのか、一般のファンドと比べていかがでしょうか 新美 「我々はいつまでも持ち続けます」ということはありませんが、PEファンドのようにファンド期間等の制約を受けるわけでもありません。従って、最初にご相談を受ける段階で、お客さまの考え方やニーズに対して我々ができることを確認し合い、その際にイグジットの目安についても会話をさせていただきます。投資後も状況に応じて会話を継続させていただき、一言で申せば「フレキシブル」というのが答えになります。 村尾 実態としては、投資の意思決定の時点においては、投資期間は大体5年とするケースが多くなっています。というのは、PMIが落ち着くまでというように、お客さまのプロジェクトが一区切りつくまで伴走してほしいというニーズが多く、それが5年程度であることが多いためです。とはいえ、投資後の状況変化によって、結果的に投資期間が2、3年で終わる場合もあれば、10年を超える長丁場となる場合もあります。 DBJの投資スタイルを支える「柔軟なスキーム設計力」 ーー 随所に「フレキシブル」な姿勢を感じるお話が続いております。実際の投資事例を踏まえてもう少しご説明いただけますか 新美 2013年の『リクシルによる独・グローエ買収』の事例をご紹介します。グローエは高級なシャワーヘッド等を取り扱う、欧州でも有数の水栓金具メーカーで、当時PEファンドが保有していました。リクシルは以前からグローエに関心を寄せておられ、PEファンドのイグジットのタイミングで手を挙げられました。しかし、トータルで3,000億円を下らないディールサイズの大きさ、グローバルビッドプロセスに求められる限られた時間軸、その他多様なご事情等、ディール遂行にあたり様々な難しさがありました。そこで、求められる条件を満たすようなスキームを考案し、シニアはメガバンクが担当し、エクイティに関して当行分は議決権付優先株として、リクシルと共同買収する体裁を取りました。数年後、リクシルは当行分を買い戻し、晴れてグローエを完全子会社化しました。 ーー リクシルは場合によってはPEファンドと組むオプションも取りえたと思いますが、御行にサポートを依頼された背景にはどのような期待があったと考えられますか 新美 リクシルは、ファンドと組むとはあまり考えていなかったと記憶しています。なぜかというと、この状況であれば、通常ファンドは「リクシルと組んでもいいけど、マジョリティは我々ですよ」という提案をしてくることが予想されますし、仮に後年ファンド持分をリクシルが買い取る場合には、更に大きな金額を持ち出す必要があるという危惧があったと思います。 村尾 一般的にPEファンドは経営の支配権を握りたいという傾向がありますが、リクシルには自身でこの会社をマネージしたいという意向がありました。私どもはPEファンドと異なりお客さまのサポート役に廻ることも可能なので、こういう我々の立ち位置がリクシルにとって心地良かったのではないかと考えられます。また、リスク・リターン設計という側面においても、PEファンドはある程度のリスクを取って高いリターンを作るという設計が基本形のところ、私どもはリスクから起算して、取れるリスクを選別した上で、そのようなリスクにマッチした、ある程度コントロールされたリターン設計のオファーをしました。結果的に、リクシルにとってその資本コストが受け入れられやすかったということが、手を取り合えた理由ではないかと思っております。 ーー 日本企業が海外投資を検討する際、日本のPEファンドは投資対象が国内に限定されているため対応できない、一方でいきなりグローバルファンドと組むこともハードルが高い、かといって通常のファイナンスでは限界があるなど、リスクをシェアできる金融機関を見つけるのは難易度がとても高いと感じます。まさにそこに皆さまがソリューションを提供されているようにも見えるのですが、特に海外投資に対して強みがあるということでしょうか 村尾 もちろん、「海外企業の見極め力」を付けて勝負したいとは思っており日々グローバル案件審査力を磨いてはいますが、どちらかというとスキームの設計力が鍵となっていると思っております。例えば、熟知しているわけではない海外プロジェクトにおいて、様々なリスクを「取れるリスク」と「取れないリスク」に分類したうえで、そのようなリスクの分担を共同投資パートナーと相談することで、案件をサポートできるように組み立てられます。我々には投資戦略上の制約がないため、柔軟な設計力と機動的な意思決定をもって海外案件を検討することができる、このように理解しております。 「日本の資本市場を広げる取組」としてのグロース投資 ーー ありがとうございます。他にもご紹介いただける事例はございますか 新美 5、6年前になりますが、『メルカリ、スマートニュース、ラクスルという、レイターステージにあったベンチャー向けにグロース投資』をした事例です。いわゆるユニコーン級の企業に、さらなる成長資金として数十億規模の資金ニーズがある場合、2022年の今でこそVCやPEファンドも実績がありますが、当時は対応できるプレイヤーがきわめて限られていました。当行は中長期的な視点を持った投資を設計し、彼らのR&Dや海外ビジネスを広げる支援も行いつつ、結果としてメルカリもラクスルも上場を達成しました。 ーー ベンチャー投資の場合、当然通常の会社よりはリスクが高いと思いますが、そういったこのリスクの目利きや成長の見極めについては、専門的な部署で行われているのでしょうか 新美 それは非常に鋭いご質問です。少額のVC投資以外は通常案件同様に当行の審査部門の目を通すことになりますが、「なんだこれは?そもそも赤字じゃないか!」というところで議論が止まってもおかしくないところ、当時、専門チームを発足させたわけではありませんが、VCの経験者を含め、かなりの人的リソースを使って調査をし、考え方を整理しました。 村尾 このクラスのベンチャー企業は、いわゆるアーリーステージのスタートアップと違って、黒字化こそはしていませんが、ユーザーの獲得や定着等、やるべきビジネスプロセスは十分進捗していることが多くなっています。アーリーステージの投資に求められるような目利き力に依拠しなくても、標準的なDDをしっかりすれば、DBJのようなVCを本業とするわけではない金融投資家にとっても十分理解できる、十分インベスタブルなアセットとして検討できるのではないかと、我々は捉えています。ただ当時は金融業界でもそのような認識は今ほど普及しておらず、結果として大型スタートアップの資金調達は難しい状況にありました。いわば当時の我が国の資本市場に未成熟な部分があったなかで「駆け込み寺」的に当行に相談が来て、VC的な目利きに依拠し過ぎずあくまで通常水準のDDを行い、それで十分説明に耐えたので投資を決めました。 新美 こういった案件の発展形として、例えばUniposに対してSansanと共同で大規模増資に応じる等、SaaS領域のグロース企業との連携事例も出てきています。視座を高めますと、戦後の日本経済を支えてきたのは製造業でしたが、徐々にサービス業のウエイトが高くなって、ひょっとすると今後は、このようなICT産業がGDPのかなりのウエイトを占めてくる日が来るかもしれませんので、このような会社がしっかりと成長していくためにサポートしていきたいと考えております。 金融業界で無二の存在であるために ーー さて、政府系ということで、民間の投資ファンドや金融機関との距離感や役割分担には難しさがあると思いますが、これに対して皆さんはどのようなお考えをお持ちでしょうか。 新美 私どもは、例えば民間の金融機関、銀行、あるいは民間の金融投資家の方々と常に連携し、協調することを原則としております。基本的に、我々が機会を独り占めすることはありません。引き受け手がなく単独になりそうなケースでも「一緒に動きませんか」というお声かけを基本動作として行っております。 村尾 他の金融機関との連携を組織レベルでオペレーションに組み込んでいます。投資委員会でも、必ず投資家やプロジェクトの顔ぶれをテーブルに並べた上で、DBJの立ち位置について常に点検しています。 今日ご紹介した事例のように、既存の仕組みやプレイヤーだけでカバーできないニーズは存在しますので、それに積極的に関与し、挑戦することが当行の使命・存在意義だと考えています。 皆さまへのメッセージ ーー 最後に、読者の方にメッセージをお願いします 新美 M&Aに限らず、事業の一部を切り出したい、財務改善をしたい、あるいは会計的、ガバナンス的な歪みを正したいなど、会社によって様々なテーマや課題をお持ちだと思います。我々は、例えば設備投資をするときの資金調達や株式、事業承継に必要なファイナンスなど、様々な局面で「フレキシビリティ」「中立性」を活かし、ご相談に乗りたいと思っています。お気軽にお声掛けいただきたいなと思います。 村尾 これまでお客さまに喜んでいただいた案件のほとんどは、最初は混沌とした状態で、けれど期日は刻一刻と迫っているという難しい状況から始まったものが多かったように思います。その混沌としたところを解きほぐすのがDBJの得意なスタイルでもありますので、ぜひ、ご相談いただく内容がうまく整理できていない場合であっても、遠慮なくお話いただければと思います。 以上 株式会社日本政策投資銀行https://www.dbj.jp/
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- 2022.05.26
日本企業の競争力強化に真正面から応える官民ファンド
JICキャピタル株式会社代表取締役社長CEO 池内 省五 JICキャピタル参画以前はリクルートホールディングスに32年勤務し、取締役専務執行役員、顧問を歴任。主に、海外展開とデジタルトランスフォーメーションを推進、経営企画及び人事の責任者を務める。内閣府「構造改革評価報告書」タスクフォース委員、経済産業省「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」委員。京都大学大学院工学研究科修士卒。 M&Aをした会社が成長しないと意味がない ーー 自己紹介とJICキャピタルに参画された経緯についてお聞かせください。 池内 1988年にリクルートに入社して以降、経営企画をキャリアの中心軸として、事業会社の買収や売却、資本業務提携などに数多く携わってきました。後半の10年間ぐらいは、リクルートというドメスティックな会社を如何にグローバル化させるか、アナログな事業体をどのようにデジタルトランスフォーメーション(DX)させるかという2つを、最重要テーマとして取り組みました。2020年に取締役を退任するタイミングで、「事業会社の経営者でM&Aに多少なりとも取り組んだ」経験に着目されたJICからお声掛けいただき、参画しました。 ーー リクルート在職時に取り組まれたグローバル化やDXは、まさにJICが民間企業をサポートする際のアングルと重なるのでしょうか。 池内 はい、ある意味で、私の経験は役に立つのではないかと思っています。前職で様々な案件を手掛けましたが、ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)については、正直成功した案件はあまり多いわけではありません。20戦して本当に勝ったのは2割ぐらい、負けたのが半分、残り3割は引き分けという印象です。引き分けというのは、経済的に損はしていないけれどもリターンもなかったという意味です。買収する際には、それなりのコストと時間を掛けてデューデリジェンスを実施し、コストダウンの試算や売上シミュレーションを行いますが、想定通りになることは殆どありません。それほどに、クロージング後の事業会社の経営とは非常に不確実性の高いケースが多く、思ったようにコストが下がらない、要の人材が辞めてしまう、競争環境が劇的に変わるといった想定外のことが色々起こるのです。このような問題を経営陣が如何に解決していけるか、これがPMIを大きく左右します。リターンを出すということも金融投資家的には重要な視点ですが、僕は事業会社での経験から、「買収した会社が成長しないと全く意味がない」という感覚がとても強いですね。 「日本企業の国際競争力の向上」を見据えて ーー JICキャピタルと親会社であるJICとのご関係をお聞かせください。 池内 JICは、位置づけとしてはホールディング会社で、その傘下に、ベンチャー・グロース(JIC Venture Growth Investments)とバイアウト・ラージグロース(JIC Capital)などの機能会社を抱えています。JICは全体の政策方針を決定することが役割で、JICキャピタルは主にPEとして比較的大企業様を対象に投資を検討させていただいています。またJICの別の役割として、他国と比べ圧倒的に少ないと言われるリスクマネーの供給という機能があります。併せて、実績のある民間ファンド等に対してLP投資を行い、民間投資を通じて、産業の活性化を目指しています。 我々の極めて明確な特徴として、産業競争力強化法に基づき、「日本企業の国際競争力の向上」や「代表的な産業の再編を加速させる」といった視点を持ち、経済発展と社会的課題の解決の両立を目指す「Society5.0」の実現という「政策投資意義」が強く問われているファンドであるという点があります。 実際にはバイアウト投資が中心ですが、それ以外にもグロース投資やデジタル化の加速に応える5GやIoTといったリスクマネーが不足する次世代社会インフラなど比較的幅広いアセットクラスをカバーするのが特徴です。現在25名の投資プロフェッショナルがほぼすべてのインダストリーをカバーし、ディールのソーシングやエグゼキューションを日夜行っています。 JICとJICキャピタルの協働については、JIC本体にある調査室との連携が挙げられます。産業の構造変化や将来の見通しなどを調査・分析し、我々がどのように関与すれば国際競争力を上げていけるのか、産業の再編が進むのかをシナリオ化し、課題への突破口を探しています。同様の取り組みとして、経済産業省とも数か月に一度は意見交換しています。 ーー 民間ファンドにおいては特定のセクターフォーカスを持つところもありますが、貴社はいかがでしょうか。 池内 プライオリティはつけています。例えば半導体という産業は、日本の国家競争力、ひいては経済安全保障という側面でかなり重要な産業だと思いますし、他にはカーボンニュートラルをプロジェクト化し、我々の投資により、脱炭素社会を実現できるか検討しました。検討期間を区切り、リソース配分の軽重をつけ、自分たちが掘り起こさなければいけない分野にフォーカスするよう心がけています。 ただ、産業が構造的課題を抱えているからといって再編が起こるかというと、実は別問題という現実があります。「べき論」だけで進めても、全く再編が進まないということが起こります。一方で案件が発生しやすい局面にある産業もありますので、そのあたりの実情を考えないと、案件のソーシングに非効率性が生じることになりがちです。産業構造論だけで議論し、提案をしても成果に結びつかない、これは他のPEでも悩ましい課題ではないかと思います。 ーー ファンドという形式上、当然リターンというのは必ず出てくる話かと思いですが、一般的なPEのようにリターンありきではなく、大規模かつ中長期のリスクマネーを供給するということ念頭に進められているのですね。 池内 それが我々の役割だと思っています。 当社は一般のPEと違って、リターン計算においてIRRを指標にしていません。IRRを用いた場合、相対的に短期的な時間軸でリターンを追うことになり易いからです。当社は、実投資額に対する長期の回収倍率(Multiple of Capital:MoC)を経済的指標として用いています。例えば2千億の投資枠があった場合、10年後に1.5倍ぐらいの回収を目安に経済的リターンを考えています。この数字は一般的なPEの水準よりは低いと思います。これには色々と議論があるかと思いますが、基本的に、経済的リターンより政策投資意義、つまり日本企業の国際競争力とかSociety 5.0に資するかどうかの視点を優先させつつ、一方で最低限必要な経済的リターンは獲得するというバランス感覚で経営しています。投資委員会においても、本当にこの案件は政策投資に値するのかどうか、値するならどのように具体的な産業再編が実現できるのかなど、かなり執拗に議論する傾向が強いですね。 ーー 中長期的なリスクマネーの供給という観点からすると、運用期間が10年であるとか投資期間が5年というのはすごく短く見えるのですがいかがでしょうか。 池内 ええ、本当はもう少し長くしてほしいです。例えば洋上風力発電への投資は、実際に用地の取得から施工、運用に乗せるまで最短でも8年以上かかると言われていますので、10年償却のファンドでは結構難易度が高いです。もう少し長めのファンドを用意するなど、幅広に検討していく可能性はあるのではないかと思っています。 ーー 官民ファンドに関しては民業圧迫だということも耳にしますが、リターンの考え方も違えば、そもそも求める投資意義も全然違っているということですね。 池内 我々は「この投資が自分たちの存在意義にフィットするかどうか」を最も重要な判断基準としています。ただ、過去実際に民間PEとコンペになることがありましたし、たぶんこれからもあるでしょう。民業圧迫という意見に対しては、「クライアント企業から見て我々が必要でないケースなら、我々は手を挙げない」と整理しています。つまり他の民間PEが入札されているところに対して我々も手を挙げることを検討する場合、「先方企業がJICキャピタルという政府系のファンドを必要としているか」を必ず確認し、ディールに参画するかどうかを見極めます。そこで民間だけでよいと言われたら我々は参画しない、そういったスタンスを守っています。 「政府系ファンド」のもたらす安心感 ーー 企業の立場から見て、貴社を選ぶことにどのようなポイントや付加価値があるのでしょうか。 池内 おそらく、「政府系ファンドの安心感」だと思います。我々のお金の出どころは主に国です。日本の産業競争力を引き上げられるかという視点で、長期に渡って最後まで伴走できることが、相対的な差別化要素だと考えています。例えば、日本にとって未来の一つの基軸になるような非常に重要な「機微技術」と言われるものを大企業や中堅企業が保有しているケースは多く、そういった技術を海外に流出させず、保持したいというニーズは高いです。政府系ファンドという看板を背負っている以上、それを第三国に売却しないという方針や、リストラクチャリングが必要なケースにおいて、現実感のあるリストラクチャリングを対象企業の経営陣の納得感を獲得しながら進めて行くというスタンスなどが、クライアント企業に安心感を持っていただける源泉ではないでしょうか。差別化というよりは他社とはポジショニングが少し違うということかと思います。 また、我々は、必ずしも単独で投資したいと思っているわけではありません。例えば外資のPEがマジョリティを取り、我々がマイノリティを取ることが、クライアント企業にとって意味がある、または、企業価値を最大化しうる場合があります。政府系ファンドを参画させることによって、業界再編を進めながらも機微技術を日本から出さないとか、現場から納得感が出るような実効性あるリストラクチャリングを進められるとか、そこに我々の存在意義があるのではないかと考えます。 ーー 投資後のオペレーションへの関与の仕方に、何か特徴的なスタイルはありますか。 池内 JICキャピタルは、まだPEとしては歴史が浅く、2020年の9月に立ち上がったばかりで、どんなファンドなのかというバリュー・プロポジションがこの数年で問われると思っています。 リクルート時代に、会社や事業を買収後にどうやって現実解として価値創造していくかが圧倒的に重要だと学びました。バリューアップ実現の道筋をつけるために、自分自身の経験やノウハウを何とかこのファンドの中で生かし、組織知にしていけるかが今のチャレンジです。 自分たちの価値は、本来、経営陣のみならず、現場の中堅クラス、部長や執行役員といったリーダーの方々と徹底的に議論をし、適切なソリューションを見付けて、それをやり切ることにあると考えています。やり切る「覚悟」とか「胆力」のようなものを強く持ち、もしこれをやって駄目ならすぐ修正する、そしてまたチャレンジするというPlan-Do-Seeのサイクルを、高いエネルギーとコミットメントで続けていく。言うのは簡単ですが難易度は極めて高いと実感しています。こういう実行困難なエグゼキューションを提供価値のど真ん中に据えるファンドでありたいですし、お客様に価値貢献ができるような組織に自社を成長させていくということが自分の責務です。 ーー PEはアドオン買収が成長戦略の一つの鍵になるかと思います。アドオンも当然ケースバイケースでやられると思いますがいかがでしょうか。 池内 アドオンをするにしても、絶対的に事業軸が重要ですね。そもそもスタンドアローンで成長させられない会社が、ロールアップで簡単に成長するとは考えていません。まずは、買収した会社を単独で成長させられなければ、PEとして買収する意味はあまりないと思います。再生・再成長を実現してこそ、PEとして価値を認めていただけると思います。「リターンが取れるかどうか」は、投資家サイドの論理であり、事業会社から見れば、自社が成長できるかどうかが全てです。成長を実現できなければ、自分自身も結果責任を取らなければいけないと考えています。 ーー 他の政府系の方と違う点があるとすれば、どのような点でしょうか。 池内 基本的にはDBJ様でもJBIC様でも、協業できる部分はあると思っています。出資は分担しても、自分たちの重要な役割はやはりPMIでバリューアップを実現することだと考えています。そのためには、バリューアップの重要プロジェクトには、PMIチームを派遣し、現場の責任者の方々と一緒に価値向上の実現を果たしたいと考えています。片道切符というと大げさですが、そういう強い覚悟で買収した会社に入り、現場の中間管理職の方々と一緒に汗をかく経験を通して、初めてPMIの本質的な難しさとか勘所が分かっていくと思っています。 政府系の各社は、そもそも成り立ちや特性が違うので、夫々の役割やミッションに応じて、産業再編などの大きな目的を達成するために、お互いの強みを有機的に組み合わせる事は十分出来ると思います。 皆さまへのメッセージ ーー 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。 池内 自分の経験上、関連会社の売却やカーブアウト、大規模な資本業務提携といった社運を賭けるようなディールを現実に意志決定することの難しさはとてもよく理解できますし、企業価値ベースで結果を出すことは、本当に容易ではないと思います。しかし、10年ぐらいの長期的な時間軸で、自分自身の会社の企業価値をどれくらいの水準まで、どのように成長させていくかのグランドデザインを描こうとする際、多くの企業にとって、事業ポートフォリオを再編することは、直面している最大の課題なのではないでしょうか。つまり、長期的にここは絶対成長させるという領域を決めて、経営としてリスクを取って、他社の買収も含め、相応の規模の事業投資を行い、10年くらいかけて、国際競争力を圧倒的に高めていく。その一方で、残念ながら競争力が構造的に劣後していく事業は、他社へ売却したり、資本業務提携などを含めた再編を実現していくことが、市場から求められている経営のアジェンダになっています。こういった再編を実現していかないと、日本の産業や企業のグローバル競争力は向上しないという実感があります。 長期的継続的な成長と発展について悩まれている経営者の方々は多いと思います。まずはお声掛けいただいて、長い目線でディスカッションさせて頂き、そのうえで我々の活用を一つの選択肢としてお考えいただけるとありがたいです。 以上 JICキャピタル株式会社https://www.jiccapital.co.jp/
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- 2022.02.25
M&A Trend in Asia ~アジアのM&A動向~|2021年第4四半期版
東南アジア 2021年、東南アジアでは新たに19社のスタートアップが「ユニコーン」となった。結果として、東南アジア域内では現在35社がユニコーンとなっており、主な国別内訳はシンガポール15社、インドネシア11社となっている 東南アジアのインターネット経済圏は、更に多くの人々がオンラインショッピングやフードデリバリーの利用することで2030年までに1兆ドルに達すると予想されている。COVID以降、域内では60百万人のインターネット新規ユーザーが出現しており、現在は4.4億人のユーザーを擁している。また、域内のオンライン事業者のGMVは、2021年の1,740億ドルから2025年には3,600億ドルに増加すると見込まれている 2021年9月シンガポール金融庁(MAS)は、世界最大級の仮想通貨取引所運営事業者のBianance社に対し、シンガポールでのサービス提供を停止するよう求めた。その後Binance社は、シンガポールの利用者に対し仮想通貨交換サービスを停止すると発表した。仮想通貨事業の起業者は、シンガポールで合法的に事業を行おうとする場合の当局のライセンスの発行に不透明感があると感じている模様。現在、DBSの一部門を含め3社しかライセンスを取得できておらず、免除規定が適用される会社の数も減少している インド 2021年はインドスタートアップ躍進の年であり、44社ものユニコーン企業が誕生。政府により上場基準が緩和されたことで、国内における大型IPOが相次いだことに加え、SPACを活用してインド企業が米国市場に上場する動きも見られた。今後、成長するインドのスタートアップ企業に対する戦略的投資を通じて、オープンイノベーションを図る流れが更に加速するものと思料 コロナ第2波が去り景気回復で電力需要が急増する中、2021年半ばから石炭不足が深刻化。一方、大気汚染を考慮し、首都圏ではディーゼル自家発電機の使用禁止となった。インド政府は、脱炭素に関する欧米からの強いプレッシャー、中国政府の方針表明も踏まえ、再エネやLNG活用によるエネルギートランジションを迫られている。かかる状況下、2021年12月、大阪ガス・静岡ガスがガス供給事業に参入すると相次ぎ発表。大気汚染の改善や低炭素化に向けて天然ガスの利用拡大を推進するインドの政策に、日系企業が歩調を合わせた格好 その他にも、コロナ感染者が激減した第3四半期を中心に、日本企業によるM&Aの動きが活発化 王子ホールディングス、インド北部にある段ボール製造販売会社エンパイア・パッケージズの発行済株式80%を取得したと発表(10/4) 三井物産、インドでコールドチェーン事業に参入、地場物流大手トランスポート・コーポレーション・オブ・インディア(TCI)の子会社で、冷凍や冷蔵など低温物流を手掛けるTCI・コールド・チェーン・ソリューションズ(TCI CCS)に出資(11/4) クボタ、インド首都圏にある農業機械大手エスコーツへの出資比率を53.5%まで引き上げ、子会社化すると発表(11/18) 中国 伊藤忠商事は2021年11月16日、コーヒー製品の加工・生産などを手掛ける中国の上海威銘食品(上海市)と資本業務提携したと発表した。出資額は数億円。伊藤忠商事が中国のコーヒー製造業者と資本業務提携するのは初めて。地場企業との連携を強めることで、中国で急拡大するコーヒー需要を取り込む 総合免税店のラオックスは2021年12月、同社筆頭株主について、家電量販中国大手で電子商取引も手掛ける蘇寧易購集団(江蘇省南京市)からシンガポールの投資会社に変わったと発表した。蘇寧のグループ会社が保有するラオックスの株式がシンガポール投資会社に譲渡され、出資比率は約65%から約30%に引き下がった 半導体関連製品を手掛けるフェローテックホールディングス(東京都)は2021年12月9日、安徽省の半導体企業蕪湖啓迪半導体(安徽省蕪湖市)に2億元(約35億8,000万円)を出資し、議決権の9.52%を取得すると発表した。次世代半導体事業を強化することなどが狙い
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- 2022.02.07
メルケル引退 ~ドイツはどこに向かうか~|欧州M&Aブログ(第32回)
2022年最初のブログとなります(また前回から少し期間が開いてしまいました)。オミクロン株が猛威を振るっていますが、今年こそは世界の状況が落ち着くことを切に願うばかりです。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。 最初にお知らせをさせてください。世の中に膨大な情報が溢れるなか、正しいM&A戦略の立案・実行をするためには、常にハイクオリティのM&A関連情報に触れていることが不可欠です。そういったニーズに対してGCAとして何ができるだろうかと考えたのですが、その一つの答えとして、この度日本最大級のM&Aコンテンツサイト、COMPASS(https://japan.hl.com/compass/ )を立ち上げさせて頂きました。無料会員登録頂くことで、様々なM&A関連コンテンツをお楽しみ頂けます。本ブログも次回以降はこのコンテンツサイトを通して発信させて頂く予定ですので、これを機に是非会員登録頂ければと思います! さて今回のブログは、フランクフルトに駐在経験のある私としては思い入れの深い、ドイツのメルケル首相引退について取り上げます。シャルル・ミシェルEU大統領は、メルケルが抜ける首脳会議を「バチカン(ローマ教皇庁)のないローマ、エッフェル塔のないパリのようなものだ」と例えました。4期16年という長きにわたって首相を務めたメルケルが残したものを振り返り、そしてこれからドイツはどこに向かうのか考えてみましょう。 1. Who is Merkel? メルケルは第8代ドイツ連邦共和国首相です。2005年に最年少(当時51歳)で、初の女性首相として選出されました。いきなり脱線しますが、まずドイツについて少し整理をしましょう。ドイツの人口は約8,300万人(日本の約66%)、面積は日本の約94%、そして16の連邦州から構成される連邦共和国です。各州が独自の憲法、財源を持ち、広範な権限を有しているのが特徴です。ドイツには大統領もいますが、それはあくまで国の象徴であり、儀礼的な目的のため存在しています(ちなみにイタリアも同様です)。大統領に大きな権限が与えられている米国、ロシア、フランスなどとは政治構造が大きく異なります。 メルケルは西ドイツのハンブルクでプロテスタントの牧師の家庭に生まれ、生後数週間後に旧ドイツ民主共和国、つまり東ドイツに移住しました。ある意味東ドイツ出身と言ってもよいかと思います。ソ連軍が東ドイツに駐留していたことからロシア語を学ぶ機会があり、流ちょうにロシア語を操ることができます。そのレベルは東ドイツのロシア語コンテストで3度も全国大会で優勝を飾るくらいに高いようです。必ずしも語学面のみが理由ではないとは思いますが、メルケルはロシアのプーチン大統領が最も敬意を払う指導者です(ちなみにプーチンは旧ソ連諜報機関KGBの中佐時代にドイツのドレスデンに派遣されていたことがあり、流ちょうにドイツ語を話すことができます)。また、メルケルは実は科学者(物理学者)でもあり、そのバックグラウンドがコロナ対策で発揮されたのはよく知られるところです。 第二次世界大戦後に旧連合国との和解に強力な指導力を発揮しドイツを再び西ヨーロッパに仲間入りさせたコンラート・アデナウアー、ドイツ再統一とユーロによる通貨統合を成し遂げたヘルムート・コール、労働改革により「ヨーロッパの病人」と言われるほど停滞していたドイツ経済に復興をもたらしたゲアハルト・シュレーダー。ではメルケルは何か記憶すべきものを残したでしょうか?何らかの大規模な改革を行ったのでしょうか? 何かといえば必ずノーと言うことから「ミセス・ノー」と呼ばれ、常に熟考し、急を要することを理解しない、日和見主義的、後出し的、緊急財政を押し付けるなど、ネガティブな評価があるのも事実です。一方で、強い理念を掲げて人々を引っ張るタイプの指導者ではないものの、状況の変化を慎重に見極め、現実的な判断をする人という評価は良く聞かれます。その冷静さは有名で、権力は彼女の心情や人格に全く影響を及ぼさなかったと言われます。しかし、冷静なだけでは長期政権を維持できません。メルケルは欧州債務危機(2009~13年)、欧州難民危機(2015~16年)、そしてパンデミック危機(2020~21年現在)に代表される数々の危機をハンドルしてきましたが、その高い調整力こそがメルケルの真骨頂であり、調整力をいかんなく発揮してドイツ国内および欧州を取りまとめ、そしてドイツのグローバルにおけるポジションを確固たるものにしたことこそが、最大の功績だったと思います。 2. グローバル・ムッティ(お母さん) メルケルはドイツ国内では愛着を込めてMutti(ムッティ:お母さん)と呼ばれ、支持率は実に75%にのぼりました。「単純な解決はない」「結末に思いを馳せよ」「力は静寂に宿る」といった発言をし、国際社会でも安定した調整力を発揮したメルケルは、ドイツに留まらない、まさにグローバル・ムッティといえる存在でしょう。 メルケルは「EUの将来のほうがBrexitよりも大事です」と言い切り、欧州を一枚岩にすることに大きなエネルギーを注ぎました。欧州をまとめるうえでは、ドイツは第二次世界大戦の苦い経験から「ドイツ一強」と見られることに極めて慎重です。それもあって、メルケルは隣の大国・フランスとバランスを取ることに腐心し、シラク、サルコジ、オランド、マクロンという4人のフランス大統領と共に、欧州統一、グローバルにおける欧州のポジション確保、ロシアの牽制、米国・中国とのバランス確保に力を注ぎました。蛇足ですが、とある書籍にはメルケルはシラクとマクロンが好きだったと言われています。サルコジは血の気盛んな典型的なラテンですし、片やオランドは静かすぎるフランス人だったのかもしれません。 マクロンはメルケルを、「ドイツの経済力・政治力からはそう見えるかもしれないが、メルケルの念頭にあるのはドイツの覇権の追求ではない。メルケルはバランスにこだわる。彼女が後世に引き継ぐ功績はヨーロッパ統合計画にドイツを根付かせたこと」と評しています。メルケルの調整力の高さがなければ、ヨーロッパはとうに崩壊していたかもしれません。 メルケルは米国との関係にもこだわりました。オバマ元大統領がメルケルを賞賛していたのは有名な話で、“現実的だが信念のためには賭けに出る”メルケルは、まさにオバマが手本とするタイプの指導者だったようです(原発廃止や移民政策などはまさに賭けでしたね)。事実、オバマはホワイトハウスを去る前にベルリンに表敬訪問をするほど、メルケルのことを信頼していました。一方、トランプは貿易をめぐって一貫してドイツを攻撃し、ドイツが予算面でNATOに十分な貢献をしていないと主張。ドイツと米国の関係は一気に冷え込みました。バイデンが大統領になった現在は、その関係は改善に向かっています。バイデンは執務室にメルケルを迎えた際、「米国の友人であると同時に、個人的な友人でもある」と歓迎しました。 3. ポスト・メルケルのドイツの向かう先 「ドイツのお母さん」「世界で最も影響力のある女性」「自由民主主義の最後の守り手」のメルケルが去った後のショルツ首相率いるドイツはどこに向かうのでしょうか? まずドイツ国内について考えてみるに、メルケル政権は「福祉から就労へ」を合言葉にシュレーダー政権が実施した労働改革(特に失業保険給付の削減、短期雇用等の雇用形態の多様化)の果実を享受してきましたが、ショルツ政権についても、その恩恵を受けつつ、目指すところの気候変動対策を重視する政権運営をすることで当面大きな問題は生じなさそうです。 一方で、EU諸国そして米国、中国とのバランスには相当難しいかじ取りが求められそうです。まずEUについて、メルケル時代には①南欧諸国との対立、②東欧諸国との対立、③西欧諸国との対立が生じました。①について、09年10月のギリシャ発欧州債務危機以降、ドイツと南欧諸国の経済格差は広がりました。ドイツが厳しい緊縮財政を要求したことで生じた軋轢は残っています。②について、15年9月のドイツによる無制限難民受入政策に伴う東欧諸国の移民受入負担(ドイツに到着する前に東欧諸国を通過することになるため)や東欧諸国の中国の一帯一路政策に対する姿勢をトリガーに、ドイツと東欧諸国の間には溝ができています。③については、英国離脱に伴い権力がドイツとフランスに集中しそうになったところ、西欧小国8か国(オランダ、アイルランド、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、エストニア、ラトビア、リトアニア)が新ハンザ同盟として対抗軸を打ち出しています(ちなみにEU域内のGDP比率でみればドイツは全体の24.8%、フランスは17.4%、新ハンザ同盟は16.4%となり、フランスに近い規模になります)。 難民受入については既に大きく軌道修正がされていること、ドイツは第二次世界大戦の反省からできる限り目立つことを避け、パートナーの意見を尊重する傾向が強いことを考えれば、②と③についてはそれなりに対応可能でしょう。しかし、①の経済問題については、国内世論を意識しつつ、域内の経済格差を抑えながらEU深化を目指すという難しい舵取りが求められそうです。 経済格差の調整が難しい主な理由は、ドイツにとって永遠の割安通貨であるユーロに原因があります。言ってしまえば、ドイツの国力に比して、ユーロという通貨の価値は低すぎるのです。具体的には、割安通貨のおかげでドイツ製品の価格競争力は高く維持され、製品力も相まってどんどん売れる状況が続いています。事実として、2000年以降の世界における経常収支黒字額のトップ国を振り返るに、2000~2004年は日本の時代、2004年~2009年は中国の時代、そして2010年以降はドイツの時代と言われます(パンデミック特需などで中国のほうが若干上回った年が数年ありましたが)。中国とドイツの経済規模のサイズの違いを考えれば、絶対額としてドイツの経常収支黒字が中国を上回っているということは、相当な規模の黒字を生み出しているということになります。もっとも、割安なユーロの恩恵に預かれるのはフランスなどその他西側諸国も同様じゃないかという話もあります。この点については、もともとの強い製品力に加え、シュレーダー改革で労働コストを下げたドイツの地力が、他の西欧諸国を圧倒しているということに他なりません。ユーロ安の恩恵を特定の国が受けている状況は、国力からしてユーロが割高通貨になっている国からすれば、極端な話、搾取の構図のように映ります。ショルツ政権のチャレンジは、いかにドイツの黒字経常収支をEUに還元する筋道をつけられるかということになります。「人権」や「環境」という欧州共通の価値観で勝負するドイツにとって、EU崩壊は必ず避けなければなりません。従ってショルツ政権は、ドイツユーロ圏共同債発行含め、財政統一の点でかなり踏み込んだ提案をしてくるのではと考えています。 欧州域外の国との関係、米国と中国との関係についても考えてみましょう。まず米国については、トランプのような露骨な攻撃はないにせよ、バイデン政権としてもドイツの対米国貿易黒字が大きすぎることは問題視しています。とはいうものの、先述のように永遠の割安通貨ユーロが存在する以上、この点は解決が容易ではありません。そうなると米国としては、貿易黒字についてある程度目をつむるのならば、ドイツの対中国、対ロシア対応については、自分の利益に資するようなものにしてくれるのかという話になります。 実はメルケルは、就任期間中に中国をかなり贔屓にしてきました(例えば在任期間中、訪日はサミットを除けば3回のみだった一方、訪中は12回も実施)。ドイツ貿易に占める各国割合を見ると、メルケルが就任した2005年に中国は4.4%、当時割合として最大だったフランスは9.4%、続く英国は7.0%でしたが、2020年にはトップ外交の効果あってか中国が9.5%と躍進し、フランスと英国は6.6%と4.6%に大きく減少しています。今では、ドイツ車3台に1台は中国向けと言われます。このようにドイツは経済的に中国に相当依存するに至ったわけですが、米国との関係を考えれば、またショルツ政権が「人権」や「環境」という価値観を軸に据えていることからすれば、経済重視の中国外交は修正がなされる可能性は高いと考えられます。ロシアについても、ロシア‐ドイツ間のガスパイプラインプロジェクトのノルドストリーム2により両国の距離はぐっと縮まっていますが、現在過熱しているウクライナ問題の行方次第では、ドイツは米国やその他西欧諸国との関係を重視し、ロシアとの距離を大きく取ることになると思われます。 国内のみならずEU域内、そして米国と中国・・・ 複雑なパズルを壊さずドイツの成長を実現したメルケルは、やはり偉大な政治家でした。「50年後の歴史書にどのように描かれたいですか?」という質問に対して、メルケルは「彼女は労を厭わなかった」と書かれたいと答えたというエピソードもあります。数年後、メルケル時代を懐かしく振り返る日が来ることでしょう。
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- 2022.02.03
誰にでもチャンスがある時代だからこそ、今こそ真剣勝負を|渡辺章博インタビューVol.4
M&Aは単にまとめるものではなく、クライアント企業を成功に導くもの ーー 今後いろいろなことで変化が起こると思うんですけれど、GCAにとっても激動の時代だとは思います。GCAの役割であったり、今後のGCAが目指すものはどうでしょうか? 渡辺 グローバル化を進めるということで、私どもも上場した以上、上場企業としての責任もやっぱりあるわけです。かつ、創業のときの「For Client's Best Interest」という理念を貫くためには、グローバル化を進めることによって成長していくことが必要です。そこで株主価値をつくりながら、日本企業の役に立っていくというモデルをやってきたわけです。 けれど、今は欧米がデジタル化の流れというか、これからのGX、つまりグリーントランスフォーメーションの流れを先取りしているような気がします。ですから、欧米が先取りしているものを、日本企業のために上手く活用していく。今までは、日本企業が海外に打って出ていくためのM&Aをサポートするということが大事な役割だったと思うんです。これはこれからも重要な役割であることには変わらないんですけれど、これからやらなくてはいけないことは、やはりそうやって先取りしている欧米のビジネスといったものを、いかに見極めて日本企業に取り込んでいくか。そういうことをサポートしていかなくてはいけない。 そのためには、我々は世界一のテックグローバルフランチャイズを持っているので、そこからいかに学ぶか。そして、その人達にとっても、日本の企業と組むことで、自分達のクライアントの価値を高めるという意識をつくっていく。それが私に課せられた経営の課題だというふうに思っています。 M&Aはまとめればいいというものではないんです。もちろん、私達はM&Aをまとめて成功報酬をもらいます。まとめることもすごく大事な仕事です。最近の日本では事業承継の仲介モデルが流行っています。M&Aの規模が小さければ仲介でもいいんですが、規模が大きくなると、いろいろな関係者の利害が絡んできます。この関係者の利害を調整するために必死で価格交渉をする。これはFA型と呼ばれる代理人モデルでないとできません。売り手にとっても買い手にとっても話をまとめて欲しい。それぞれの利益を代表したアドバイザーが真剣な価格交渉が行われて合意された案件は双方の利害関係者も納得するわけです。やはりまとめるということはとても大事なことなので、まとめることによって成功報酬をもらうというビジネスモデルは変わらないと思います。 金融機関だったら他にたくさんの金融ビジネスがあります。M&Aでは成功報酬狙いの案件をまとめて儲けるというそれだけでもいいのでしょう。でも私達が目指す独立系世界一というのはそれでは駄目なんです。お客さんが成長してくれて、またM&Aをやってくれないと、リピートクライアントにはならないんです。要するに、一発もので終わってしまってはサステナブルではないわけです。独立系M&A助言会社にとってはよいM&Aをまとめることによって、お客さんが繁栄することが大切です。 結局、日本企業が海外のM&A、あるいはベンチャーのM&Aが成功するポイントは、先ほどの話に戻りますが、学ぼうという姿勢が大事です。一方で、取り込んだビジネスの仲間達にハッピーになってもらわなければいけないんです。日本企業にM&Aをしてもらって、という表現がいいかどうかはわかりませんけれど、M&Aをしてパートナー企業になったことによってこんないいことがあった、という世界をつくらなければ、M&Aは成功しないんです。 GCAの強みであるグローバルネットワーク 私達が海外のM&Aで成功したのは、やはりそこが上手くいったということなんです。これは自分でも誇りに思っています。M&Aを繰り返す中で、グローバルなネットワークをいかしながらローカルなビジネスを伸ばすことをやってきたんですが、それが非常に上手くいった。 ローカルなブティックはグローバルネットワークを持っていないんです。こういった時代になると、たとえばヨーロッパでEコマースのビジネスを売却しますといったM&Aをアドバイスするときには、アメリカの会社にもリーチができるし、アジアの会社にもリーチができる。そういうことが、仕事をもらうための非常に大きなポイントになってきます。GCAのグローバルネットワークの中に入ることでM&A対象のブティック企業がどんどん成長するという成功の方程式ができました。言ってみれば、私の経営力ではなくて、グローバルプラットフォームがあるということだけで、私達のM&Aは成功してきたんです。 本当は、これが日本企業にも当てはまるんです。それはグローバルネットワークかもしれないし、日本の技術かもしれないし、日本人の優しさかもしれない。それはわかりません。やはり投資してもらってよかったな、というふうにM&A対象企業の社員に思われない限りM&Aは成功しないのです。そういう成功の方程式みたいなものを日本企業に認識してもらう。そのやり方だと上手くいくんだということのネットワーク化というか、ナレッジシェアリングしていくということが、次にGCAに課せられている使命のような気がします。 GCAを使っていただいているお客様は皆成長していますが、私はこれをとても誇りに思っています。クライアントが成長しているというのは、我々がちゃんとしたM&Aのアドバイスをしている証拠だと思いますし、そういった良いお客さんがつくことが我々のビジネスの信用にも繋がってきて、非常に良い循環になるということなんです。 ーー なるほど。グローバルのネットワークがあるという強みを今後もしっかりといかしていくことで、自社のお客さんに対する価値も上がるし、ひいてはお客様が成功に向かっていくことのお手伝いになるというところですよね。 渡辺 そうです。もう1つ、日本の会社のために本当に役に立とうと思うと、実は次の段階でやらなくてはいけないことがあるんです。GCAの欧米のネットワークはやはりテックに偏りすぎているんです。これはいいんですが、日本の会社にとっては、バリュエーションがとても高いテックの会社をいきなりM&Aするということが、本当にハードルが高いということがよくわかったんです。これからは成熟型のビジネス。たとえばコテコテの製造業もいいですし、なんでもいいです。そういう海外企業をM&Aをする。海外とくに欧米はデジタル化が進んでいるので、そういった成熟型の会社でもすでにDX化に取り組んでいて、ベンチャーをたくさん買収していますし、ベンチャーの活かし方を知っているマネジメントの人がいるんです。そういうM&Aをすることで日本のDXとかGXというものは進めていくのも一つの手段だと思います。 コロナになってGCAはBIZITというオンラインプラットフォームの会社をM&Aしました。ここは海外のM&A案件を紹介するプラットフォームです。このプラットフォームを通じて、小規模・中規模程度のM&Aを日本企業に紹介していきます。 M&Aしていない地域では海外のブティックと提携しながらやっていますので、それをさらにBIZITと上手く組み合わせることが第一段階です。次に我々自身がグローバルの今までのテックに加えて成熟産業、ノンテックのM&Aネットワークをつくります。そうでないと日本のお客様の役には立てないと思っています。特に10年スキップしてしまったので、ここのスピード感を取り戻すためには、やはりもう一段M&Aをしなくてはいけないのかなと思っています。 誰にでもチャンスがある時代だからこそ、今こそ真剣勝負を ーー このメディアの読者さんである経営者の皆様にメッセージをお願いします。 渡辺 私達も含めて、いままさに本当に真剣勝負で経営をしないといけない。来年は今年から続いているんだ、という意識ではいけない。このパンデミックで冷や汗をかいたわけじゃないですか。おそらく景気は急速に回復すると思うんですけれど、そこで冷や汗をかいたものが乾かない内にアクションをとらなくてはいけないということは、本当に強く申し上げたいです。 リモートワークが進んだり、郊外に行ってワーケーションということをやったりとか、そういうこともどんどんやられていると思いますが、日本の大企業のおじさん達というのは、ちょっと気を緩めると、すぐに元に戻ると思うんです。「景気が戻ってよかったな」「パンデミック怖かったな」ということで、過去のものにしておしまい、ということであってはいけないんです。 日本の経営者の皆さんは、パンデミックのあいだ会食もなく、私も含めてですけれど、お家時間の中で本当に真剣に経営をしたと思います。経営者の仕事は、やはり頭を使うことなんです。けれど、頭を使うとお腹がすくんですよね。食事の時間が楽しみになるくらい、動いていないのにお腹がすくくらい頭を使うということを、皆さんされたと思うんです。そのときに、やはり進むべき道はこうだ、ということがあったはずなので、それをしっかりとやっていく。それは、いろいろな手段を使ってやっていくべきだと思うんです。 その際、我々のようなアドバイザーも活用していただきたいし、アクティビストみたいな人達の中にも、バリューアクトなど非常に評価の高いエンゲージメントファンドがありますから、ああいう人達の手を借りるとか。あるいは、ファンドの手を借りて一度非公開化して、ビジネスのトランスフォーメーションをしていくとか。今はもう、いろいろな手段というのがあるわけです。そこで、いやいや、自分にはもう成長しかないんだというのであれば、インフレが本格化する前に、まだ低金利ですから、今の内にレバレッジをかけてM&Aをするという手段もあるでしょう。そういったことで、とにかくアクションをする。景気が回復して、もう大丈夫だというふうに思わないでやっていただきたいということが、私が今一番お伝えしたい事です。 今の日本の状況で私がすごく危機意識を持つのは、大企業のサラリーマン経営者の方々が、短期思考に陥っているということです。いわゆる、短期での成果を出さなきゃという思考です。言ってみれば、四半期の決算至上主義。今はマイクロIPOみたいなことが本当に多いじゃないですか。本当に必要なリソースがないうちに、クリティカル・マスというか、そういったものがないうちにIPOしてしまって、結局四半期報告に追われてしまう。 日本のベンチャーコミュニティは歪んでいますよね。ちょっと上手くいくと、金融の人達がすぐによってたかってIPOさせたがる。日本では上場しているということが偉いように思うところがある。上場しておいてお前がそんなことを言うなよ、と思っているかもしれないけれど、私自身、早く上場したことのデメリットをすごく感じている人間なので、そういったこともすごく大事だと思います。マイクロIPOじゃなくて、ベンチャーが必要なリソースというのは、実は今やお金ではなくて、人材です。企業の成長のステージに合わせた人材が適時適材適所で入らないと、ベンチャーは本当に育たないんです。 アメリカのイノベーション/スタートアップソサエティのいいところは、それができているというところです。最近はSPACが出てきて、皆眉をひそめていますけれど、あれだけ資金があると、あれもありだなと。SPACスポンサーの人達が適時適材適所のタイミングをわかっているスポンサーであれば、SPACとの合併による上場もありですよね。日本のベンチャーからもそういう取組みが出てきています。日本では何かというとすぐにユニコーンが少ないという議論になってしまうんですけれど、ユニコーンでなくても革新的なベンチャーはたくさんあります。 皆チャンスは等しくある。これからとんでもない変革が起きるかもしれない。別にGAFAが未来永劫、10年20年あのままで行くというのはあり得ないんです。そういう意味では、皆さんにチャンスがある。その中で、そういったソサエティの人達にも、上手く大企業の経営資源なり何なりを上手く使っていただくということをやるのも、我々の役割だと思っています。等しくある。これからとんでもない変革が起きるかもしれない。別にGAFAが未来永劫、10年20年あのままで行くというのはあり得ないんです。そういう意味では、皆さんにチャンスがある。その中で、そういったソサエティの人達にも、上手く大企業の経営資源なり何なりを上手く使っていただくということをやるのも、我々の役割だと思っています。 GCA株式会社 代表取締役 渡辺 章博|1982年、米国に渡りKPMGニューヨークにてM&A業務に従事。2004年にGCAを創業。2006年に最短で上場させ、その後、欧米でM&Aブティックを次々に買収。GCAをグローバル24拠点、500人のプロフェッショナルを有する日本発のグローバルM&A助言会社に育てあげた。米国・日本公認会計士。
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- 2022.01.25
欧米におけるM&Aトレンドの違いから見る日本企業生き残る道筋|渡辺章博インタビューVol.3
欧米と比べ日本では極端に少ないテック系案件 渡辺 GCAは2006年に上場しました。上場の狙いというものはクリアで、グローバルネットワークを自分達が構築するためのM&A資金の調達でした。日本の市場が少子高齢化でどんどん小さくなっていくので、企業はM&Aで海外に進出する必要がある。そのためにはGCA自身がM&Aを通じてグローバルプレイヤーにならないと日本企業のお役に立てないということでした。同時に上場企業の成長プランとして海外で成長するという戦略も掲げました。非常に単純な発想だったと思います。 けれど、今は変わってきた部分があります。それはあとでお話しますが、上場時点では我々自身がグローバル化しなければ、いいM&A案件をご紹介することもできないし、M&Aをしっかりと現地でサポートするということもできない。そういう思いがあったんです。上場をすることによって、そこで資金調達をして、グローバルなブティックをどんどん仲間に入れていくということがもともとの戦略だったんです。 それで2008年に、シリコンバレーのテックベンチャーをサポートするM&Aアドバイザリー会社をM&Aしたのを皮切りに、インド、中国、シンガポールでは現地法人を設立し、数年前はヨーロッパ、直近ではスウェーデンのESGに強いM&A会社をM&Aしてきました。そうやってグローバルネットワークを築いてきたんです。ですから、今の売上の8割は海外関連のM&Aです。欧米企業同士のM&AいわゆるOut-OutのM&A助言が売上の7割、日本企業による海外企業の買収いわゆるIn-OutのM&Aが1割で合計8割は海外のM&A助言からの手数料収入が占めている。そういうグローバルな会社です。ただ、私は日本人で、日本でビジネスを始めて、日本企業のために、という視点で申し上げると、8割の売上でどんどん伸びていることは、私としては、上場企業の経営者としてはたいへんハッピーではある一方で非常に複雑な気分になってしまいます。 私がつくろうと思った世界というのは、テックで、いろんなかたちで物事が繋がっていく世界。つまり、伝統的な日本の成熟産業も、必ず「〇〇テック」という世界につながっていくということをイメージして、もともとテックにフォーカスしたグローバルフランチャイズをつくろうと思っていたわけです。それは上手くいったわけですけれど、この1年のパンデミックが起きてから驚くべき事態になりました。欧米のテックのM&Aが火を噴いたのです。欧米でどんどんテックM&Aの案件が成約しています。パンデミックでデジタル化が急速に進む中で、欧米の経営者はそれはもう物凄い勢いでM&Aでデジタルの人材を取り込んでいます。素晴らしいアルゴリズムを書ける人達をどんどん取り込むM&A。大企業だけでなく中堅の事業会社や投資ファンド、さまざまな買い手がパンデミックで恐怖を味わったテックベンチャーを呑み込む、そういった案件が爆発しているわけです。その中で日本を振り返って見ると、全然その手のテック案件が出てきません。GCAにはテックベンチャーを大企業に売却するGCAテクノベーションという会社があります。この会社はベンチャーコミュニティの中でもそれなりの存在感があります。にも関わらず、日本では本当にテックのM&Aが少ないためにGCAのグローバルテックフランチャイズでは存在感がなくこのプラットフォームを活かせない。これには本当に問題意識を持っています。 売上至上主義からの脱却と企業の真の価値への注目 ーー 5年10年を見据えたときに、今後のM&Aはどう変わっていくと思われますか? 渡辺 日本企業のためにお役に立つためには、テック系の案件が少ないというトレンドの背景に潜む日本企業の意識を変えていかなくてはいけない。日本人というのは売上規模を重視する傾向があるんです。それから、企業の格というものもすごく気にします。 たとえば、1兆円の売上の会社というのは、10億円の会社を馬鹿にするわけです。これでは駄目なんです。皆さんもそうだと思いますけれど、ベンチャー企業は皆小さいわけです。だけれども、大企業にとっては、自分達がデジタル人材を持っていないんだから、その貴重な人材を取り込まなくてはいけない。そのリソースを取り込むときは、大企業もベンチャーも対等なんです。むしろ、ベンチャーのほうが偉いんです。けれど、ハッキリ言うと、この意識がないわけです。それはなぜかというと、大きな規模の会社が偉いとか、売上のあるところが安心できる、みたいな価値観があるからです。 ところが、世界の市場はもはやそうなってはいないわけです。売上が0でも、何兆円というバリュエーションがつくようなベンチャーがあるわけです。それはどういうことかというと、今の社会は、どういう価値をうむのか、ということが重要なんです。つまり、過去の売上ではないわけです。この感覚がまだまだ日本の経営者というか、日本のソサエティがそこを認めていないというところが、すごく大きいような気がします。 M&Aをやるにしても、少しガッカリしてしまうのは、売上を増やすとか、トップラインを増やすとか、成長をしているかのような演出をするためのM&Aみたいなことをしているわけです。これも否定はしませんし、大事なことです。ただ、それがM&Aだと思っている人が結構多いのは、ちょっと問題だと思っています。 最近私達がJSRという会社さんの合成ゴム部門を売却したという案件をお手伝いしたんですが、これは、ビジネスをされている方々からはたいへん衝撃的に見られているんです。どこが衝撃的かというと、それで売上の3分の1が減るわけです。日本の会社さんは買うのが好きで、売るのは嫌いだったわけですけれど、それはなぜかというと、売ることも大事だとわかっているけれどできないのは、売上至上主義があったからだと思います。JSRは3分の1の売上を失ったわけですけれど、その結果、ライフサイエンスとか、半導体とか、そういった付加価値の高いビジネスに特化するということが評価されて、株価が倍くらいになったんです。これはもう、株式市場の価値、株主の価値をうみ、年金の価値をうみ、我々もソサエティの価値をうみ、JSRという会社のグローバルの信頼関係というか、評価というものを高め、そこに優秀な人材が集まり、非常にいいサイクルができるわけです。 こういったようなM&Aを私どもがサポートしていくことによって、日本人の意識を変えていかないと、結局ベンチャーというものはいつまでたっても胡散臭いものに見られたままになってしまいます。 ーー そのような例で言うと、Googleが名もないベンチャーであったりとか、数人のスタートアップを買収していますよね。 渡辺 GoogleのM&Aは素晴らしいですよね。GAFAの人達のM&Aは本当に上手く考えています。昔はそういった経営者も日本にたくさんいたんです。代表的な人は松下幸之助さんです。松下幸之助さんは、実はM&Aの天才だと思っています。その当時は我々のようなM&Aアドバイザーがいなかったんですけれど、日本興業銀行の中山素平さんという人が、倒れ掛かっている会社をなんとか再生してくれないかということで、松下幸之助さんに会社の買収を頼んだんだそうです。その会社が全国津々浦々にあって、それをコングロマリット経営で成長させてきた。 一方でJVC日本ビクターのようにブランドを残して、そこに新しい価値をつくらせるというPMIもやった。たとえばVHS。皆さんはそういう世代ではないかもしれないですけれど、それを開発したのはビクターじゃないですか。日本ビクターという会社はそういう会社なんだということを松下幸之助さんはPMIの手法を使い分けてイノベーションの火が消えないようにした。PMI手法を本当に上手く使い分けてM&A経営をやってきたのだと思います。Googleもそうじゃないですか。YouTubeのマネジメントに独立性を尊重する一方で、競争相手になる前にスタートアップを買ってしまうとか、ケースバイケースでM&Aを本当に戦略的にやっていますよね。 「人から謙虚に学ぶ姿勢」と「共感をうむ企業姿勢」 ーー 今後の日本企業の話でいうと、そういった優秀なベンチャーを売上で評価せずに、しっかりと技術を見たり、人を見たりする。今後の日本がそうなると思われますか?逆に、なるのであれば何が必要だと思われますか? 渡辺 人から学ぼうという謙虚な姿勢が大切だと思います。今はダイバーシティとかいろいろなことが言われていますけれど、ダイバーシティとかESGを押しつけのように感じているようでは、企業の成長というものはないと思うんです。ダイバーシティも結局、女性であったり、外国人であったり、そういった人達が、自分が持っていないものを持っているから、そこから学びたいという謙虚な姿勢がないと形だけになってしまいます。自分が持っていないものを持っている異質の人と力を合わせるということで価値がうまれる。私がGCAを立ち上げたときに、その大切さをすごく学んだんです。 大きくなってしまった会社というのは、人から学ぼうとか、違うものから学んでいくという謙虚な姿勢がなくなっているような気がします。80年代の、アメリカが本当にドツボだった時代に私はアメリカにいたんですけれど、その後のアメリカの成長を見ていると、単純にITが情報化社会になったとか、そんなことではなく、当時の日本企業から学ぼうとか、そういったことを本当に皆さん真剣にやっていたことが今日に結びついたんだと強く信じます。アップルだって、大企業から技術を盗んで、学んで、それを大きくしていくということをやってきたじゃないですか。 だから、やっぱり人から学ぶ謙虚な姿勢というものが、私は本当に大切だと思います。やはり、それがない会社が駄目になっていくんだと思うんです。謙虚に学ぼうと思ったらM&Aにたどり着くわけです。自分に持っていないものを、ぜひ分けてくれ、と。そのM&Aした対象企業をの社員をリスペクトして、その人達の能力をいかにして引き出すか、ということですよね。 ーー そもそものスタート地点から、そういった姿勢が一番大事だろうということですね。 渡辺 もう1つ、やはりこれからの経営で必要になってくるのは、共感ということだと思います。今の姿勢の問題と少し近いところもあるかもしれませんが、共感をうむような企業姿勢なり、そういうことを持っていないところには人材が集まらないわけです。先ほど申し上げた株主資本主義ではなくこれだけ格差が広がってしまった地球環境の問題やいろいろなことに関して、儲けるだけではなくて、どう社会の課題解決に貢献していくか。貢献しながら儲けることもちゃんとやっていく。そういう両利きの経営といいますか、そういったことが必要とされるわけです。そこのポイントが共感性なんじゃないかと思います。 GCA株式会社 代表取締役 渡辺 章博|1982年、米国に渡りKPMGニューヨークにてM&A業務に従事。2004年にGCAを創業。2006年に最短で上場させ、その後、欧米でM&Aブティックを次々に買収。GCAをグローバル24拠点、500人のプロフェッショナルを有する日本発のグローバルM&A助言会社に育てあげた。米国・日本公認会計士。
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- 2022.01.12
日本型投資で「いい会社」を共につくる
インテグラル株式会社パートナー 山崎 壯 2000年代前半よりプライベート・エクイティ投資に一貫して従事。投資実務に加え、投資先企業の経営陣に参画しての常駐での企業価値向上、機関投資家からのファンドレイズについても豊富な経験を持つ。産業再生機構にて、中堅製造業等の事業再生案件を担当。デューデリジェンス、事業再生計画の策定、投資の実行、投資先へのハンズオンでの経営支援、投資のEXIT実行等の一連の業務を担当した。産業再生機構以前は、デロイトトーマツコンサルティング(現・アビームコンサルティング)戦略ビジネス事業部等にて、主に自動車/小売/専門商社/銀行のコスト削減、在庫削減、業務プロセス改善等の業務改革プロジェクトを担当した。 パートナー 早瀬 真紀子 国内大手銀行のM&Aアドバイザリーのクロスボーダーチームにて、重機・ハイテク業界の国内外のクライアントの子会社売却、事業部買収、会社再生などを手がけた。その後、米系コンサルティング会社の国内・海外オフィスで消費財、金融、ハイテク、自動車業界の戦略立案、新規事業開発、業務効率化プロジェクトなどに携わる。創業後まもないインテグラルに参画。 ディレクター 池田 篤穗 2008年より新日本監査法人において、主に大手物流グループ、自動車・建機部品メーカー及び商社等に対する法定監査業務・内部統制監査業務に従事するとともに、管理体制強化や予算管理・原価計算の精緻化等のアドバイザリー業務を担当。 ダイバーシティ溢れる日本発のプロフェッショナルチーム (写真左から池田篤穗氏、山崎壯氏、早瀬真紀子氏) ーー 皆さまの自己紹介と貴社に参画された経緯についてお聞かせください。 山崎 2009年7月にインテグラルに入社しました。新卒ではデロイトトーマツコンサルティング(現アビームコンサルティング)でBPRなどに従事し、2004年に産業再生機構に転職しました。地方の中小企業さんに再生のための投資などを進めていましたが、2007年に再生機構は解散し、その後ハーバード・ビジネス・スクールに留学しました。機構で経験した「投資をして企業の価値を上げる」という仕事に非常にやりがいを感じていたため、ビジネススクール卒業後にそのような業界や外資系ファンドなどの門を叩きましたが、リーマンショックと重なり採用が凍結になってしまいました。そんな折、ちょうど1号ファンドの立ち上げ最中だったインテグラルの紹介を受けました。現パートナーの山本や佐山はユニゾン・キャピタルやGCAといったM&A関連で非常に有名でしたし、辺見の講演も聞いたことがあり知っていたので、このメンバーだったら面白そうだなと思い、参画しました。 早瀬 インテグラルの創業直後の2007年12月に入社しました。新卒ではさくら銀行(現三井住友銀行)での支店配属から始まり、その後M&A関連の部署に異動した際の直属の上司が、現パートナーの山本でした。彼は一年足らずでユニゾン・キャピタルへ移ってしまいましたが、そのときの縁が今日に繋がっています。私は元々、事業会社で働きたかったため、銀行でM&Aに従事していた時も、PMIなどディールの後はどうなっているのだろうという事にとても興味がありました。私も山崎と同じくハーバードへ留学し、その後マッキンゼーで2年ほど働いた後、インテグラルに参画しました。やっと今、投資先の様々な事業会社と一緒に仕事ができるようになり、やりたかったことができていて、14年近くになります。 池田 前職は新日本監査法人で、会計監査とIPOのアドバイザリー等を担当しておりました。当時から事業再生に興味を持っていたのですが、その前に一度MBAに行ってみたいと思いスペインへ留学しました。そこでコンサルティング会社と投資銀行とインテグラルとでインターンシップに参加しました。その中でもインテグラルは当時、スカイマークに投資した直後で熱気があり、とても充実した時間を過ごしました。投資先の事業に非常に近く、経営の第一線でやれるなと感じました。また、他と比べると、インテグラルでの仕事は本当に重要な局面にいるという臨場感があり、自分がグリップしている感覚が強くあったので、ここでチャレンジしてみたいなと思い入社を決めました。 ーー 現状運営されているファンドの概要とチーム体制についてご説明ください。 山崎 日系の日本に特化した投資のファンドとしては最大級となる、1,000億円を超えている数少ないファンドの一つです。大きめの案件にも対応することができますし、案件規模が小さくても成長力の高い企業に投資させていただいていますので、ストライクゾーンは広いかと思います。 陣容は拡大してきており、パートナーが8名、ディレクター、ヴァイスプレジデント、そして投資プロフェッショナルが続きます。加えて、公認会計士資格を持ってファンドのアドミニストレーションを執りつつ投資先企業の管理部門や経理をサポートする部隊もあり、総勢60名強となっています。最近は毎月のように入社があります。 ーー 色々なキャリアの方がいらっしゃいますね。多様性なども意識して人員構築されているのですか。 山崎 いわゆる金太郎飴的なプロフェッショナルファーム出身者だけではなく、事業会社や官庁出身者、さらには元サッカー選手などもおります。また、パートナーの二井矢と早瀬も含めて、いわゆるダイバーシティの観点からも、女性のシニアマネジメントもいる数少ないファンドの一つかなと思います。 インテグラル流を支える「i-Engine」と「ハイブリッド型投資」 ーー 御社で大事にされている理念や価値観を教えてください。 山崎 日本の独立系ファンドであり、創業パートナーの4人含む8名のパートナーと職員で自社株をすべて持っております。基本的に8人で全ての意思決定ができるため、自由に経営できる体制になっていると言えます。 社名の由来にもなっていますが、インテグラルには「積分」や「積み重ねる」という意味があり、「ハートのある信頼関係」と「最高の英知」を積み重ねていきたいという願いを込めております。投資先の企業様の信頼を得て、それを積み重ねていくことで「信頼される資本家 Trusted Investor」になりたいという想いを経営理念として持っております。 当社のスタイルは日本型バイアウト、日本型投資です。私たちが掲げる日本型の目標は、「共にいい会社を作る」ということです。投資先企業の経営陣や社員の方と一緒にいい会社を作った結果として、当社に出資約束をいただいている投資家様にリターンを還元できる、ということをコンセプトとしています。例えば、個別の案件では必ずしも最大のリターンを目指していません。1円でも高いエグジットを目指すことにフォーカスするのではなく、結果として良い形で投資先企業を送り出したいと考えています。投資先企業が嫌がるようなエグジットはしないと明確に言っておりますので、例えば某国の企業には売却されたくないというご希望が投資先にある場合、たとえそちらの選択の方がリターンは出るかもしれない場合でも、お約束は守ります。このように、「投資先が望むゴールに向けて同じ目線に立ち全力でコミットする姿勢」を投資先企業や業界の方などにご理解いただき、その結果としてまた良い案件が巡って来るという形で事業が回っております。 具体的な施策として行っているのは「i-Engine」という事業アプローチと、超長期の投資のアプローチである「ハイブリット型投資」です。 「i-Engine」というのは、投資家と働く人という二分的なスタンスではなく、株主、経営者、従業員が三位一体となり、共に設定した長期的なゴールに向かって積み重ねていくという考え方をベースに、必要に応じて当社からも人材を派遣し、投資先で深く長く一緒に働くというアプローチです。管理部門だけではなく、経営企画や事業開発など、事業にどっぷり漬り、お客様に同行して他社と交渉するような機会もあります。 「ハイブリッド型投資」というのは、投資家から集めたファンド資金に加え、自己資金を使った当社独自の投資モデルです。当社のバランスシートを使って投資させていただくということで、大きいポーションではないのですが、安定的に残ってほしいというご希望があれば、長期的に投資を継続させていただくこともできます。 いい会社をつくるために、他のファンドとは違う観点を持ち、自分たちが骨身を惜しまず働きますよ、エグジットまでの短期目線ではなく、長期的な関係という選択もできますよということを仕組みとして持ち、社会インフラとして信頼を勝ち得ていきたいという想いがあります。 ご要望にお応えして、ハンズオン型の経営支援「i- Engine」で事業価値を向上させる ーー 実際の投資先における「i-Engine」 機能を用いた経営支援の事例があればご紹介ください 早瀬 「i-Engine」というのは決して押し付けではなく、投資先企業にとって必要なことをサポートしましょうというスタンスです。ですので、例えばAPAMAN株式会社のように、常駐者を派遣しなかったケースももちろんあります。現在サポートしている日東エフシーの場合は、「必要なこと」が代表のポジションでした。常駐する場合は1名を派遣することが多いのですが、日東エフシーでは私ともう1名の2名で常駐しています。投資のテーマは「事業承継と事業の再成長」で、鋭意取り組んでいるのは「会社のカルチャーをもっとチャレンジする姿勢に変えていく」ことです。300人ほどの全社員にインタビューをさせてもらい、いま何が面白いか、どこを変えどこは守りたいかという現場の声を拾って、経営陣で議論しました。攻めの組織に変えようと、2年目にはマーケティング専任チームを作るなど色々と進めています。 日東エフシーへの投資直後は、「ファンドが初めて肥料業界に来た」と言われ、お取引先が戦々恐々とされていたので、社内の改善活動など内科的なことに集中して支援しました。お取引先や競合他社さんからも「肥料事業をちゃんとやろうとしている」と認識いただき、日東エフシーの社員も自信を持って色々なことに挑戦できるようになってきたかなと感じています。 今、農業業界にはベンチャーの参入も多く、肥料以外にも様々な農業資材が出てきています。日東エフシーは昔ながらの肥料で戦ってきましたが、今はドローン向けの肥料や新しい資材なども研究開発してみよう、農家さんに積極的に紹介していこうといった発想が社内に生まれていて、徐々に変わってきています。カルチャーというものは、5年後ぐらいに振り返って、変わって良かったね、と気づくものだと思います。近い未来に日東エフシーの社員にそういう気持ちを持ってもらえたら嬉しいです。 「i- Engine」とは怖れず濃密な時間を積み重ねること ーー ファンドから人を長期に派遣することに対し、乗っ取られるとか、人を送り込まれるというように、構えられる会社さんがまだ多いと思います。当初はディフェンシブであったけれども、後に変化があったエピソードがあればお聞かせください。 早瀬 我々も最初にディフェンシブな反応があるということは理解しているため、当社では、人として魅力的な人、新しい環境にも溶け込める人を採用し育てて派遣しています。それでも、株主が人を派遣するということに精神的ストレスを感じる方はいらっしゃるので、事業については投資先の方々が大先輩であって、たまたまこの投資期間にご縁があって我々はご一緒しているだけであること、投資先企業をお手伝いする立場であることを社内で共有しています。謙虚な心を忘れない人が当社には揃っていると考えています。 池田 経営陣は課題を抱えていらっしゃいます。必要な人材を社内異動や採用で充てるのでは6カ月程度かかってしまうため、インテグラルのメンバーを活用したいというニーズが発せられます。その際に常駐者を派遣します。上手く活用できて経営陣からもっと長くいて欲しいと希望されることも多く、3年以上もご一緒することもあります。インテグラルから人を受け入れて良かったと思ってもらえる点は、やはり他の事業会社や業界を知っているということや、MBA的な知見、すなわちフレームワークや物事の整理の仕方を知っている、課題の発見が早いということかと思います。埋もれた問題をきちんと課題として経営陣に提示ができて、経営課題としてソリューションへ繋げていく、そこが一番「インテグラルから来た人は役に立つね」と思ってもらえている点だと思いますし、問題を解決してくれる人たちだと分かれば、ディフェンシブな姿勢は和らいでいきます。 また、やはり人と人なので、毎日一緒に過ごすというのも結構大事なことだと思っています。一緒に考えて、一緒に事業を進める中で、日常の中に課題解決の仕組みが入っていき、お互いに成長できます。 一番の財産として我々が投資先に残せるものは、投資先で育った人であり、彼らがその後も自分たちで課題解決を続けながら会社がよくなっていきます。そして、我々も学んだことをインテグラルに持ち帰り、色々な切り口や経験知を身につけて次の投資検討に活かしていくことができていると思います。 山崎 私たちのスタイルは、これしてあれしてというような指示めいた言葉は全然言わないんです。投資先の望むことを手伝うパートナーのような形で使っていただいて、信頼関係を築けた段階で初めて、変えていくべき改革のポイントを柔らかくお伝えしていくというのが弊社の特徴的なスタイルです。 ーー 近年、御社の投資先でIPOをされる会社がとても多いという理解をしております。今ご説明いただいたようなスタイルで会社が良くなり、IPOを成し遂げたというケースをご紹介いただけますか。 池田 ダイレクトマーケティングミックスという会社に2017年の9月から常駐をしています。投資させていただいた直後から、上場したいという意向を伺いましたが、以前支援していたファンド傘下では、IPOに至らなかった過去がありました。そこで再度当社で検討し、難所も多くありましたが、3年ぐらいかけて上場準備をしてきました。会社のカルチャーから改善を行ったり、労務管理を整えたり、一つ一つ会社の制度改革を行っていきました。今では東証一部に上場を果たし、上場企業としての責任を社長も役員陣も感じながら経営してくれています。上場するという共通の目標が持てたことで、改革も力強く進みました。 「ハイブリッド型投資」で投資先と同じ船に乗る ーー ハイブリッド投資についてお伺いします。ファンド資金がある一方で自己資金もあるとのことですが、どのように使い分けをされているのでしょうか。 山崎 ハイブリッド投資は当社が日本型バイアウトとして提供できる特徴的な価値の一つで、投資先企業、特に経営陣の皆さまからリクエストをいただいて実行するというのが基本的な流れです。経営者から見たらプリンシパル投資は自己資金なので、仲間としてコミットしてくれて、本当にこの会社に懸けてくれているんだと感じていただけます。経営者自身は自分の会社に懸けていますので、名実ともに同じ船に乗るという意味合いがあると思います。ファンドは最終的には上場後に保有株式を全て売却しなければならないのですが、プリンシパル投資であれば、長期的に持ち続けることができます。例えば上場したQBハウスでは、ファンドとしての持分は全部売却が終わっているものの、プリンシパル投資の部分は継続して保有しています。安定株主として長期に亘って会社をサポートできる株主が求められる場合には、プリンシパル投資部分の資金を増やして欲しいとリクエスト頂くこともあります。 間口は広く、キラリと光る企業の成長を支援する ーー 今後、注力していきたいセクターや案件のタイプなどの戦略を御聞かせください。 山崎 弊社ではテーマを絞って投資先を決めるわけではなく、幅広くカバーしています。事業承継もありますし、もっと成長していきたい企業においては事業資金のニーズ、一度非公開化して事業の構造改革をしたいというニーズもあります。カーブアウトにおいては、大企業からすればコアに集中するためのノンコア部門の売却のニーズ、独立する企業側からすると、独立・起業・専業として成長していきたいというニーズがあります。例えばサンデン・リテールシステムというサンデンホールディングスからのカーブアウト案件はこれに該当しますし、足元でも同様の案件のパイプラインを多く抱えています。また、先ほど池田から説明させて頂いたダイレクトマーケティングミックスのように、非常にユニークで強みのあるビジネスモデルで進化し続けている企業に継続して資金を投じるということはテーマとしてあります。 早瀬 キラリと光る企業にも注目しています。 山崎 そうですね。後は非公開化MBO、これもすごく大きなテーマとしてあって、1年に一度は投資しています。過去にはアデランスや豆蔵K2TOPホールディングス、今年はオリバーの非公開化をサポートさせていただきました。 皆さまへのメッセージ~相性のよいファンド探しの秘訣は会って話すことです ーー 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。 山崎 私自身、色々なファンドの方とも会う機会もあり、過去に採用面接で他のファンドを受けたこともありますが、本当にそれぞれ全然違うと感じます。そこにいる人の価値観、雰囲気、スタイルや話し方、そういうことを含めて各々に個性がありますので、是非、直接お会いして、色んなファンドと交流されることをおすすめしたいなと思います。そうすると自分たちにとって合うか合わないか、肌で感じることができると思います。 池田 当社のメンバーは経営理念を大事にしていて、投資先との信頼関係を考えながら仕事をしているメンバーが多いように思います。 山崎 確かにそうですね。例えばチームでプレゼンテーションをして、その後、山本や佐山を紹介したりするんですけど、言っていることがみんな同じで一貫性があるということを、とても評価いただきます。 早瀬 会社が今後こういうことをやりたいのだけれども、社内の人では間に合わないという時に、気軽に声を掛けていただきたいと思っています。株とセットになるところがハードルになるかもしれませんが、逆に株がセットだからこそ、我々も本当に真剣にご一緒できるので、そういう観点も是非持っていただければと思います。 以上 インテグラル株式会社https://www.integralkk.com/